第十三話 西部戦線異誕アリ case10

 銃声があちこちから響いてきて、頭の中で跳ねまわっているかのようだった。

銃撃の音は自分が今持っている銃からも、外からも聞こえてくる。

 自動小銃の弾倉を交換した翠は、再び発砲を開始した。狙いが定まらず、また相手も自分も常に動き回っているため弾が一発も当たっていない。

 パナマ帽の殺し屋は、見事な身のこなしで、翠の攻撃をかわし続けている。


「いい腕だ!銃すら自由に持てないこの国で、この実力!あんたは誇っていい!」

「嬉しくない!」


 相手の動きを捉えるため、距離を詰め、発砲を続ける。時々、拳銃に武器を切り替えるが、結果は同じだった。相手に少しも傷を負わせることが出来ていない。

敵は余裕な態度を崩さない。翠の頬を汗が伝った。何かがおかしい。

相手は翠がいるせいで、撤退する事が出来ない。簡単に達成できる仕事のはずが、足止めを食っている。

警察に取り囲まれ、予期しない妨害を受けているはずなのに。

むしろこの状況を楽しんですらいるようだった。


 翠達は、会議室の壁から外へ飛び出して、戦いの場を広い廊下へ移した。

さっきまでいた会議室は、まるで巨大な芋虫が食い荒らしたかのように穴だらけになり、溶解液の残滓がひどい刺激臭を放っていた。

相手が後退しながら、体の向きをずらし、前に進み出た。そのまま、溶解液を両手を前に強く押し出すようにして大きな球体として発射する。フルオートで吹き飛ばす?無理だ。


 大きく横に跳び、壁を蹴り、次に自動小銃で頭を庇いながら、天井に足をつける。そのまま加速し、銃弾を放ちながら、相手に接近した。逆さになった翠の攻撃を、身を低くしてやりすごしし、前に身を投げ出し、転がって移動。

天井に向かって溶解液に包まれた手を振り、飛沫をばら撒いた。天井の建材がじゅうじゅうと音を立てて焦げ、穴が空いていく。


 一瞬早く翠は着地し、銃身ごとターンしながら弾丸を再び放った。

 相手は跳ね起きると、翠が壁を蹴ると同時に近くの壁を蹴り、空中で加速する。

 翠は自動小銃の引金に力をこめる。激しい銃音が轟いた。相手は走り出しながら、両手を交差させ、溶解液に覆われた掌を使って、弾丸をかたっぱしから弾き始めた。


「なっ!」


 手の表面の液体が削られ、あちこちに飛び散る。

 飛沫を浴びることを恐れ、後ろに下がった所で弾が切れた。

その機を逃さず、敵が走り出した。手を覆うゼラチン状の溶解液が照明の光を浴びてぬらぬらと光る。

振り下ろされた手刀を銃を頭上にかかげて横にして受け止め、相手の体勢を崩すため、横に受け流そうとする。


酸化し、脆くなった自動小銃の表面が割れ、手刀が空を切って振り下ろされた。

横向きに回転して避けつつ、拳銃を抜き、発砲した。

相手が反対の手で攻撃を弾いた。

使い物にならなくなった自動小銃を捨て、左手で軍用ナイフを抜いて反撃を開始する。

巧みな体捌きで手刀の連続攻撃をかわし、直撃を避けながら、上半身の急所に攻撃を集中させていく。利き手で顔を狙い、引金を引く。

目元に飛んできた弾丸を相手が素手で上に弾き上げた。固まった溶解液が衝撃を吸収し、弾丸の威力を弱めているらしい。

相手が気を取られた所で、足を刈るように蹴るが、それをあえてかわさず、足でそれを横に払って攻撃を反らしてきた。


「このっ!」

「おっと!怖い怖い」


 ナイフによる刺突を後退してかわし、バク転しながら殺し屋は溶解液を乱射。

 翠は天井近くまで跳躍してかわし、空中で回転しつつ、伏せるような姿勢で、廊下の液体を浴びていない場所に着地した。

 同時にジグザグに走行して、溶解液を食らわないように走り続けた。拳銃の弾倉を交換し、銃撃を続ける。


 やがて、肉薄した二人がぶつかる寸前でお互いが身を低くして横にずれた。紙一重でお互いが攻撃をかわした。そして、同時に次の一手を放つ。


「ぐっ!あっ!」

「イヤーーーーーーーーーーーーフウーーーーーーーーーー!」


 翠が放った弾丸は外れ、敵の手の先から飛び散った溶解液が翠の脇腹を直撃した。飛沫が直撃した箇所の服が猛烈に熱くなる。刺すような痛みが襲ってきた。たまらず叫び声が出る。脇腹が炎であぶられているようだ。刺激臭と自分の血の匂いが入り混じった。脚が自然に止まり、膝から崩れ落ちそうになる。


「あっ!ああああ!……ああああ!」

「実に素晴らしい!今日はいい日だ!お前の感想もそうだろ!さあ、約束を守ってくれ!」


 手刀を脇のあたりまで引き、殺し屋が地を蹴る。

 ぎらぎらとした目と興奮の色に染まった顔が男の長身と共に、目の前に現れた。


「次は脳を溶かされた感想を、全力で俺に伝えるんだ!全力でだ!」

「誰が、あなたなんかに!」


 手刀が突き出され、空気が震える。翠は後退し、ナイフを顔の前にかざして、攻撃を防御する。溶解液の粒が刃に当たり、つや消しの塗装が剥がれた。手刀から飛び散る飛沫が、カーディガンにかかり、穴が開いていく。跳ねた複数の飛沫が肩口の服を破り、その下の皮膚を焼いた。


「ああっ……!」


あまりの痛みに目に涙が浮かぶ。奥歯を噛みしめて、懸命に堪えた。敵の顔を正面から睨みつけると、男の表情が一気に緩み、二枚目の顔がこれ以上にないほどご機嫌な顔つきになる。


放たれた肘打ちに自分の肘をぶつけて攻撃をそらす。相手が手を振り、飛沫を飛ばすのをしゃがんで避け、ナイフを素早く振り回して反撃する。殺し屋が再び地を蹴ると、手刀が突き出された。

ナイフを構え、攻撃をギリギリまで近づけて、鋭い先端を相手に向けて前に突き出した。相手が拳を握って向きを変え、ナイフの腹を叩こうとする。

 その瞬間に翠は銃身を下げ、腰のあたりで構えながら、引金を何度も引いた。飛び出した弾丸が相手の右脚の肉を削り取る。虚を突かれた殺し屋が驚きの声を上げた。

 血が噴き出し、床に飛び散る。翠はバク転を繰り返して距離をとった。


「おおっとお!なんだよやるじゃん!」


 笑みを浮かべた殺し屋は、からかうよな称賛と共に帽子の位置を整えた。

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