第十三話 西部戦線異誕アリ case9

 身体のすぐ近くで、激しい音と共に車の窓ガラスが砕け散った。

舞う欠片を避けながら、白翅は弾倉を交換し終えた拳銃を発砲しながら加速すると、路上の車両の陰に身を隠す。


敵が手に持つ蔓の鞭と路面からの植物の触手による攻撃が同時に行われ、白翅はそれを見切って、いち早く回避した。


近くの車の側面を両足で蹴り、三台分先の車の屋根へ。着地と同時に、頭の上から折れ曲がった太い触手が先端を回転させながら襲いかかってくる。車の下に飛び降りて走るか?


いや、相手はそれを予測しているはずだ。

飛び降りた瞬間、他の仲間が一気に銃弾を浴びせるつもりだ。

白翅は、攻撃のプレッシャーに臆することなく、屋根の上で助走をつけ、大きく跳躍する。襲い来る触手の表面を蹴り、駆け登り、触手の折れ曲がった箇所をさらに蹴りつけながら、一気に飛び上がった。

空中で一回転。拳銃を両手で構え、魔術士の青年の顔めがけて発砲した。

青年はそのまま無理な体勢で身体を後ろに倒し、足元から生えた植物の蔓を絡み合わせることで銃弾を防いだ。

飛び降りながら銃弾を撃ち尽くす。急な動きを捉えられなかった構成員たちが遅れて発砲を開始した。見当違いの方向に銃弾を放った一人が慌てて方向転換しようとするが、その瞬間、刑事たちの銃弾を浴びて仰向けに倒れた。


「よく動くな。たしかに殺し屋だ。この国は警察が殺し屋を使うのか?」

『お返しだぜ!日本のポリ公が!』


 路肩の近くに止まったオレンジ色のトラックの荷台に隠れながら、自動小銃を持ったサングラスの構成員が乱射を開始した。それをまだ少年のように若いチンピラが援護する。

 

翠が突入して二分ほど経過した頃、トラックと自動車に乗った敵の増援が駆け付けたのだ。その数は合計六台。近くで待機していたらしく、あわただしく武装した男達が現れ、足早に展開し、魔術士を援護し始めた。


「クソッ。あの魔術を使うやつの顔、思い出したぞ。中国、香港、とでお尋ね者になってるやつだ。いつ入国したんだ」


 近くの横断歩道のスペースに斜めに止められた覆面車両の陰で不破が銃を構えながら舌打ちした。素早く銃身を持ち上げ、車の陰から制圧射撃を始める。拳銃や自動小銃で攻撃を続けていた構成員たちが物陰や車の陰に飛び込んだ。


白翅は陰から顔を出し、飛び込む動きが一番遅れた相手を、向上した視力で捉える。翠が突入したビルと、その隣のビルの間だ。飛び込もうとした建物の壁を弾丸が削り、相手が面食らう。その頭を撃ち抜き、崩れ落ちた所を背中を撃った。乱射されたライフル弾が防弾加工された車両のドアをついに貫通した。


弾が当たった暴力団対策課の刑事が吹き飛ばされ、路面に叩きつけられる。

不破が身を低くして、無線を操作しながら指揮を取り直した。追撃を阻止しようと、捜査員が弾幕を張って敵の動きを妨害している。


「負傷者が一人!手の空いている人員がサポートに回っている!捜査本部へ通達!」


不破と共に車のボンネットの上に銃を乗せた体勢で引金を引き、応戦する。


『どうしたクソポリ……がは⁉』


 身体を傾け、車の陰から銃口を突き出すと、二発発砲して、弾幕を張り続けるサングラスの男の眉間を素早く撃ち抜いた。男がバランスを崩し、トラックの車体に頭をぶつける。戸惑いながらも、隣にいた仲間が身を低くして銃撃しながら、遮蔽に飛び込んだ。


シュウ!』

『体勢を立て直せ!』

「そうはいくかあ!」


 構成員たちの動きに、警官達がドスのきいた声で叫びながら応戦した。

 弾丸を二丁拳銃でばらまいていた女の構成員の顔に二発撃ち込んだ。

倒れこみながら相手が引金を引く。あさっての方向に飛んだ弾丸が、味方の隠れていた車体にぶつかって火花を散らした。倒れていく胴体に更に二発。


『うわ!クソっ!』

シー!』


 注意が逸れ、攻撃を中断した一人の胴体ががら空きになる。角度から一番狙いやすい喉を撃ち抜いた。倒れた場所のすぐ近くから悲鳴が上がる。


『うわあああああ!ちくしょう!この外道!よくも仲間を!』


 叫び声を上げ、自動小銃をフルオートで撃ちながら、大柄な男が突っ込んでくる。覆面車両のエンジン部の近くにしゃがみ込んで、弾丸をやり過ごす。甲高い音が耳の近くで響いた。魔術士の青年が指示を飛ばしている。


チャンを援護しろ!あいつらを皆殺しにすれば、巻き返せる!まずはあのネズミ色の髪の女だ!あいつを真っ先に殺せ!AK持ってるやつは刑事共を牽制しろ!』

『いいぜ!そのまま撃ち続けてろ!』


 連射音が激しくなる。それに連動するように、心臓の鼓動が少しずつ激しくなっていく。


殺気が自分に集中している。

ふう、と白翅は深呼吸した。酸素を取り入れ、体の調子を安定させる。そして耳に神経を集中させた。

連射音が近づいて来る。止まった。

弾切れだ。銃を両手で持ち、陰から片目だけ出し、再び構える。

 弾倉を交換しながら大男が走ってくる。巨大がもう四メートル先まで近づいてきていた。

 その顔は紅潮し、その目には大粒の涙が浮かんでいた。怒りの表情がありありと浮かんでいる。


 不思議な気持ちがした。不破たちの調べでは、彼らの犯罪組織に雇われた殺し屋は、

 大勢殺したはずだ。ヤクザも、そうでない巻き込まれた民間人も。そして、彼らはその片棒を担いでいたはずだ。

それをなんとも思わなかったのに、どうしてここまで態度が違うのだろう。

彼らは自分の仲間が殺されなかった時に、怒りを感じなかったはずだ。大きな違いはあって、どうして一方は何も感じなくて、もう一方ではこんなに怒るのかな。


 男の腹部に三発撃ち込んだ。勢いよく血が噴き出す。大柄な男が血を吐きながら左手に持った弾倉を大きく動かした。そのまま新しい弾倉に交換しようとする。

その隙を逃さず、相手の胸の真ん中を撃った。

ようやく男が崩れ落ちる。それでも相手は引金を引き続けた。足に履いたランニングシューズのすぐそばに銃弾が突き刺さる。


 ふと、頭を上げた。遠くから明確な殺意と敵意が伝わってくる。翠がさっき突入したビル。窓ガラスが二つ割られた真新しいビル。明かりのついていない最上階のフロアの側面の窓が時々光っていた。マズルフラッシュだ。翠が戦っている。殺意を向けられながら。

気がかりで仕方がなかった。どっちが今は優勢なのだろう。でも、自分はまだ助けに行けない。目の前の敵が倒せていないからだ。


 そのとたん、頭の片隅が冷えた。乱雑に路上に止められた車の間を何かが高速で駆け抜けてくる。あの魔術士の青年だ。


(あの人がきっと、リーダー……)


 一番強いから、リーダーなのだろうか。それなら。


「……不破さん。少し援護、お願いしたいです」

『⁉なに?もう一度頼む!よし、こっちの処置は終わりです。クソ、おい!』


 インカムの向こうから、ごそごそとくぐもった音がする。どうやら負傷した警官の応急手当をしているらしい。

もう一度車体から銃身を出して銃弾を五発、六発と放ち、相手の動きを牽制する。

あまりに速く正確な連射に、自動小銃を持った敵は容易に反撃に移れない。

白翅は銃弾をかわしながら、どんどんと距離を詰めていたため、敵の集団からは最も近い場所にいる。不破達はずっと後ろだ。


発砲を再開する。敵が隠れている車のフロントウィンドウが全て割れて、路面に散乱した。


「走るから、援護をお願いします」

『今どこだ⁉』

「……飛び出したらすぐ分かると思います」

『GPSを見る!すみません、準備を……それが。はい。……了解。よし、準備オーケーだ!いつでも行け!』


 殺気が近づいてきた。弾倉を交換して、引金を絞りながら駆け出した。

 一秒後、背後で警官達の三点バーストの銃声が重なって鳴り響いた。


 崩れ落ちた男がふらつきながら、立ち上がろうとしていた。その後方三メートルには、足音を殺して動く魔術士が。身を低くして、さらに加速する。大きな男の両足を撃ち抜いた。男が吠えるような叫び声を上げる。


そのまま前に飛び出すと、男の首根っこを掴み、強引にずるずるとこちら側に引っ張った。背中が路面でこすれ、呻き声が上がった。

その様子を見た魔術士が戸惑ったような様子で動きを止める。


最初に、あのリーダーを倒す。


『あのメスガキ……はぐッ!』


 銃を構えて様子を伺おうとした男を不破が三点バーストで射殺した。その隣で自動小銃を撃ち続けていた男が反撃する直前で、顔に片手で銃を構え、三発撃ち込んで倒した。

 自分がさっきまで隠れていた車の陰にようやく戻ってくる。そして、大男の首を掴んだまま、その頭を車体に激しくぶつけた。


『何しやがる……グッ!』


 相手が呻く。がん。がん。がん。がん。身体が跳ねかえるたびに、車体に向けて手で押してぶつけていく。がん。がん。頭や鼻から飛び散った血が窓ガラスにかかる。無線の奥で、不破が息を飲む音が聞こえて来た。


『やめろーーーー!テメエーーー!』


 怒号を上げて、殺意が近づいて来る。もう少しだ。もう少し。来た。

 顔を上げる。隠れている車の両側から緑色の触手が先端をドリルのように回転させながら迫ってくる。


(違う……)


 男の身体を無理やり、自分の近くに引っ張りながら左右からの攻撃を後退して避けた。 今自分に向けられている攻撃よりも、もっと強い殺意を感じた。


研ぎ澄まされ、向上した危機察知力が、そう警告していた。男の身体を背負うようにして、渾身の力で地面を蹴る。視線の先には、宙を舞うように飛び上がった魔術士が右手を振りかぶる姿があった。

本命は上だ。両側の攻撃に気を取られた隙に頭上から攻撃するつもりだ。


 空を切る音と共に、攻撃が放たれた。白翅はそのまま男を背負い投げする。空中で激しい音と共に、男の顔の肉が弾け、血が飛び散った。

加速した思考の中で蔓の鞭を振るった魔術士が大きく口を開けた。敵の攻撃の軌跡に重なるように、男の身体を投げつけたのだ。


跳躍しながら、白翅はレッグホルスターから抜いた銃剣を渾身の力で振るい、鞭を切り裂いた。切断された鞭の断片が空中を飛んでいく。銃剣を反対の手に持ち替えると、利き手で切れた鞭を掴む。細い腕の筋肉が僅かに盛り上がった。


そのまま下向きに力を入れ、魔術士の身体をさっきまで隠れていた車の屋根に思いっきり叩きつける。大きく車体がひしゃげる音が周囲に響き渡った。


「ぐ……あーーーおお!」


魔術士が、初めて苦痛の叫びを上げた。



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