第十三話 西部戦線異誕アリ case7

 銃声が耳を突き刺す。

翠の斜め前に立った女性が胸から血を噴き出して崩れ落ち、その手に握られた拳銃が歩道にぶつかった。

 それが開戦の合図であったかのように、フランネルの青年が動いた。

 危険を感じた翠はとっさに頭を下げて姿勢を低くすると、銃撃を開始する。四発の弾丸が青年の胴体へと向かって放たれた。

 青年は人間離れしたスピードで横に動き、前転すると、右手を素早くこちらに向かって殴りつけるような動きで振る。


 発砲しながらそれを避け、引金を引きながら距離を詰めていく。

青年の背後に立っていたライダースーツの男と野球帽の男が、いつの間にか拳銃を構えて援護を開始した。

翠の動きを捉えられず、野球帽の男が頭を腹部を撃ち抜かれて後方に吹き飛んだ。ライダースーツの男が銃を構えたまま、歩道に転がって伏せる。


次の瞬間、男が顔の左横から血を噴き出して動かなくなった。

 白翅が街灯の陰から陰へと移動しながら、猛スピードでこちらに走ってくる。

 その手には硝煙の立ち昇る拳銃が。


『日本野郎の殺し屋か!』


 おそらく、中国語だった。サングラスにコートの女性がそちらに銃を向けた。

 同時に、何かが空を切ってこちらに向かってくる。首を素早く傾けてそれをかわすと、耳元の空気が震えた。

片手をついて素早く側転すると、さっきまで立っていた歩道の表面が砕ける。破片が飛ぶ中、もう一丁の銃を抜き、七階建てのビルを背にするようにして二丁拳銃で銃弾を浴びせた。

振り返った女性の眉間を撃ち抜き、援護を続けようとしたもう一人が後ろから飛んできた白翅の銃撃を食らって、顔から地面に倒れる。


「翠、追いついた」


 歩道に向けて前転すると、滑るように移動して白翅が銃を構えたまま翠のすぐ横に並んで立つ。


「置いてっちゃってごめんね」

「……大丈夫。追いついたからいいの」


 二人は敵となる青年にそれぞれの武器を向ける。青年は背中に拳銃を構えて立つ三人の男女を庇うようにして立ち塞がっていた。鷲鼻で精悍そうな顔つきだった。目つきはそう凶悪そうには見えない。歯の白い、スポーツマン風の中肉中背。


「……お前ら、海野会の殺し屋か?」


 青年が日本語で尋ねてくる。ひどい勘違いをされているらしい。発音はネイティブに近い。長く日本にいたのだろうか?


「ヤクザに見える?」

「……」

「見えない。この国のヤクザどもは分かりやすすぎる。そう思うだろ?お前らも」

「それじゃあ、あなたもヤクザなんだ?」

「同じにするな。浅い歴史しか持たないやつらと同類にされるのは迷惑だ」


 青年は間違いなく、星未幇の関係者だ。集まってきた連中はその構成員。一般人に紛争して警察と同じように張り込んでいたのだ。

 急に、パシャ、パシャと奇妙に慣れ親しんだ音が聞こえてきた。


「なんやあれ」「バンバン言うとるで」「ドラマかなんかか?」

「動画配信のイベントやろ?」「ドラマ?映画?ピストルと女の子?」

「なんか焦げ臭ない?」「あの子、さっきめっちゃ走っとった子やん」


 遠巻きにスマートフォンで写真を撮られていた。血の気が引いた。ここは繁華街の一角。人通りもまばらとはいえ、周りには人の眼がある。今の翠達は確実に目立っていた。少なくとも、ビルの外壁をよじ登っていた異誕よりかは。


「やめて!撮らないで!」


 思わず叫ぶが、周りの人々は意にも介さない。どうにかして制止したいが、視線を敵から外すことができない。外すととんでもないことになる。なぜかそんな気がした。青年が大きくため息をつく。警戒しているのか、背後の三人は動かない。


 ババババババババババババババ!と激しい物音がいきなり翠の耳に届いた。立ち止まっていた通行人たちがどよめく。

 白翅が素早く、上を向き、翠は二丁の銃を構えたまま、前に進み出た。


「銃声が……」


 白翅が小さく呟いた。翠は顎を引き、状況を理解した。先ほどビルに突入した異誕とビル内にいた構成員が戦闘を開始したのだ。


 突然、足元に振動が走った。本能が危険を感じ取る。

 咄嗟に翠と白翅は後ろに飛び退いた。


 足元のコンクリートが割れ、濃い緑色の触手のようなものが回転しながら、翠の顔を狙って伸びてくる。とっさに拳銃で弾幕を張って攻撃を弾いた。

 白翅が青年めがけて拳銃を撃ち続ける。鈍い衝突音と共に、弾丸の威力に押し負けた触手が地面に叩きつけれられ、素早く青年の近くに巻き戻った。

 青年の脚の周りの歩道があちこちひび割れ、そこから伸びた太い触手が彼の目の前で絡み合って銃弾を防いでいた。相手の右手にも鞭のような蔓が握られている。


「植物……」


 目の前の男からは異誕の気配は全く感じられない。ということは、それ以外の特殊能力?


「京都で事件を起こしたのもあなたなの?」

「だとしたら、どうなんだ?」

「投降して。そうじゃないと、あなたを殺すことになる」


翠ははっきりと口にする。自分がどういう存在かを伝えるために。


「よく言ってくれるな。……それにしても……邪魔だ。この国の奴らはすぐに写真を撮りたがる」


憎々しげに青年が吐き捨てた。


「俺は仲間を殺られた。こっちも何人か殺しておくか」


 青年がかっと目を見開く。

翠が引金に再び力を込めた瞬間、翠の背後で、ドオン、と激しい音が響き渡った。


「なっ」


 思わず振り返った翠は目を見開いた。何人もの驚愕の叫びが上がる。翠達の背後から数メートル離れた路面が割れ、赤黒い蕾を持つ、巨大な花が姿を現していた。花は集まった通行人たちの方向に蕾の先端を向けると、その先端がバッと素早く開いた。翠は迷った末、拳銃を目の高さに合わせ、花の茎に狙いをつけて銃弾を叩きこんだ。花は衝撃をうけながらも、蕾の先から大量の飛来物がまき散らされ、高速で人ごみに向かっていく。


「うああアアアアアアッ!」


 耳をつんざく悲鳴が響き渡る。通行人たちの身体に飛来物が突き刺さり、攻撃を受けた者から順に将棋倒しになり、路面を転げ回った。噴き出した血が歩道に向かって流れてくる。


「このっ!」


 叩きこまれた銃弾の威力で、ついに茎が千切れ、大きな花が血の海の中に落ちた。

 歩道に転がった人々が大きな呻き声を漏らしている。血の気が引き、翠の全身に焦燥感が絡みついた。注意を引かれた白翅がとっさに振り返り、息を飲む。


『今だ!行け!』


 翠は弾倉を交換しながら、いきなり振り返り、白翅と共に次々に発砲する。青年が目の前に先ほど潰したのと同じ花を出現させ、銃弾を防いだ。

 いつの間にか、その背後にいた男女がいなくなっている。通行人たちを攻撃し、その隙をついて大江クリーニングの中に突入させたのだろう。ここまで計算に入れていたのだろうか。


 断続的にかすかに銃声が聞こえてくる。戦闘はまだ終わっていないのだろうか。

 ようやく事態を把握した通行人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 車から咄嗟に降りた男性が構成員に銃で頭を撃たれて転がった。撃った構成員が口笛を吹く。頭に血が上り、翠は引金を引くが、魔術士が植物の蔓を振るって、銃弾を防いだ。


『聞こえるか。翠、白翅』

「はい」

「不破さん?聞こえてます!民間人がっ、民間人が巻き込まれました!」

『……そのようだな。救急はもう手配してある!我々はこれから負傷者を救助しつつ、敵を制圧する』


力強く不破が応じ、指示を飛ばす。


『翠、白翅。先にビルの中に侵入した異誕を仕留めろ。援護する。今すぐ行け』


 次の瞬間、目の前に空き缶のようななにかが勢いよく飛んできて地面にぶつかる。


「白翅さん、フラッシュバン!」


 身を低くして、二人同時に後方に飛び退る。大きな光と轟音が目の前で弾けた。

 遅れて激しい連射音が響いて来る。

 ものすごい走行音と共に現れた覆面車両が路肩に停車する。運転席の窓からは煙の出た短機関銃MP5Kを構えた不破が。こちらに向かって走りながらフラッシュバンを投げつけたのだ。


 後ろに複数台の別の車両が同時に現れた。救急車のサイレンも聞こえてくる。

 いつの間にか距離を空けた魔術士の青年が舌打ちする。弾痕の残る路面を隔てて彼は翠達から距離をとっていた。不破の銃弾をかわすために後ろに飛び退いたのだろう。

覆面車両から、防弾ベストを身に付けた黒い背広の男達が一斉に素早く降りて来た、手に手に不破と同じ銃を構えている。ヤクザよりもヤクザらしい人相の男達には見覚えがあった。捜査本部にいた、暴力団対策課の刑事たちだ。


 『翠!白翅!どちらでもいい!異誕の殺し屋を先に倒してくるんだ!あいつの目的は海野会の支援者たちを殺すことだ。仕事が終われば、殺し屋は撤退するぞ!当然こいつらも。決して逃がすな!』


 イヤホン越しに不破が指示を飛ばし、次の瞬間他の刑事たちと共に青年に三点バーストで銃撃を浴びせた。青年が走り出しながら、街灯から路上駐車された車の陰に飛び込んだ。


 そうだ。仕事を終えれば、殺し屋はふたたび逃げ出すだろう。そうなったら捕まえるチャンスが無くなる!

 白翅に視線を送る。目の前の魔術士を倒すのと、殺し屋が全ての標的を殺し終えるのは、どちらが早いだろうか。


「……私が、行く」


 唇を引き結んだ白翅が銃弾を続けて放ちながら大きめの声で提案した。


「ううん。行くのは私だよ」

「どうして」

「上の殺し屋がどんな技を使うか分からない」


 今の魔術士なら、だいたいのスペックは見切れている。それに、警察の援護もある。未知の敵と戦うなら、経験値の高い自分の方がいい。


「……でも」

「大丈夫。絶対すぐにやっつけて、また戻ってくる。それで、」


 空を切って向かってきた蔓の鞭を銃弾で撃ち落とした。


「こいつも一緒に倒そう」


 二人で、覆面車両の陰に飛び込みながら銃撃する。

 にこりと安心させるように笑って見せた。白翅の眉が少し下がった。


『よし、翠。合図するぞ。ゼロで行け』

「はい。私が、行きます」

『三、二、一……』


 不破と捜査班の班長が車の陰から銃口を突き出し、フルオートで弾丸を放った。


「ゼロ!」


 翠は歩道を一気に走り抜けると、大きく飛び上がって、ビルの壁面に靴裏をかける。そのまま細い腰に力を入れた。視界が大きく動く。壁面を蹴り続け、自分の身体を持ち上げていく。翠は重力に逆らって、一気に壁面を駆け上がった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る