第十三話 西部戦線異誕アリ case5

 兵庫県D市の山林の中に作られた深夜のトンネルに、二つの影が立つ。

車通りは全くない。公共事業を提供するためにとある政治家が地元の業者に便宜を図って作らせた高速道路だ。時間帯に関係なく、普段から通る車や人は少ない。

 中性的な顔立ちの気の強そうな長身の少女が後ろを振り返って、わずかに首を傾けた。隣の黒髪をポニーテールに括った少女が大きな目を怪訝そうに細めながら小声で言った。


「気にしすぎやろ。プロではないにしろ、訓練は受けとる」

「違うって。距離を気にしてたんだよ。飛び道具使われたら面倒だろ」

「その時はうちらがなんとかするんで。ほな、なんかあったらよろしくお願いします」

「よろしくな、小夜香の……えーと」

「又従姉や。……行くで」


 二人はトンネルに入る直前で素早く中を片目で覗いてから、ライトも点けずにどんどんと中に入っていく。なるべく足音を殺しているせいか、その動きは速くはないが、無駄が全くない。


 トンネルを六割ほど進んだところで、突如として低い音が鳴り響き、それに素早く反応した叶が小夜香を制した。小夜香の大振りなポニーテールがふわりと揺れ、瞬時にボクサーのような構えを二人がとった。


『グぐぐぐっぐ』


 トンネルの通路の真ん中に天井に届くほど巨大な影が、闇の中にそびえるように立っていた。赤い頑丈そうな皮膚に覆われた巨体に、鉤爪を生やした両手。鋭い赤色の瞳を持つヒキガエルのような異形が二人を見下ろしている。闇の中で瞳が爛々と勝ち誇ったように燃えていた。猛獣並みの知能しか持たない種類の異誕には、活きのいい獲物が現れたとしか思えないのだろう。


「聞いた通りの見た目しとるわ」

「っていうか、腹減ったから暴れますとかガキかよ。こいついくつなんだ」

「ガキやろうな。このあたりじゃ、人を襲う異誕どもは長生きできひんから」

「だろうなあ。ちなみに、アタシは歳下に対する配慮は一切しない派なんだ」

「おとなげないだけやろ……身に染みてわかるわ」

「うるせー!」


『グぐぐッ』


 呻き声にも聞こえる不快な鳴き声とともに、異誕の口から勢いよく何かが飛び出し、二人目掛けて襲いかかった。激しい音と共にアスファルトが砕け、破片が宙を舞う。それは長い長い舌だった。先端が三又に別れ、嘴のような形の器官が取り付けられている。

 戸惑ったように異誕が呻いた。二人の姿はどこにもない。地面の上から一瞬で消え失せていた。異誕が頭上に目を向ける。


「人が……喋っとるやろ。アホが」


 異誕が大きく目を見開く。まるでそこが地面の上であるかのように自然に。


『……』


 異誕の既存の生物を超える視力が、事実をとらえたかどうかは分からない。そんな事実にはお構いなく、二人は同時に空中で二手に分かれた。咄嗟に放たれた舌の先端による攻撃が、叶にぶつかる寸前で弾かれ、大きく空中で揺れた。

 叶が、天井近くから宙返りしつつ、トンネル内の壁めがけて斜めに飛び降りながら、両手を構える。そのすぐ前の空間が歪み、二つの透明な楔形の衝撃波がヒキガエルのような異誕に襲いかかった。


叶の魔術は風を操る。風というのは空気の動きである。彼女は自分の魔力を使って「空気を自在に操る」という現象を起こしていた。地面の上を地響きを立てながら跳躍してかわし、つかずはなれず、攻撃を避けながら叶に近づいていく。叶は巧みに敵の舌の直撃を避け、反復横跳びのような動きで翻弄し、時に勢いよく伏せながら、衝撃波を放ち、舌先に横から風をぶつけ、その軌道をそらしている。

空中を自在に飛びまわる小夜香が時おり、なにかを手の中から投げつけて、ヒキガエルの叶に対する攻撃を妨害している。

 叶が両手から再び、衝撃波を放った。異誕は攻撃のために伸ばしていた長い舌を巻き戻して、一発目を防ぐ。すかさず右横に勢いよく飛んで二発目を避けようとする。


『グガッ』


 避けられかった。飛び跳ねようと横に動いた体が、急に反対から何かに引っ張られたかのように動きを止め、殺しきれなかった勢いで巨大な脚が火花を立てて、アスファルトを削った。それと同時に、異誕の身体の右側から、血飛沫がいくつも上がった。


「やっぱり見えてへんやんか」


 トンネルの壁近くの空間に直立した小夜香は両手を交差させて、戦闘態勢のまま、静かに始末すべき化物を睨みつけている。


「らあ!」


 爆発するような勢いで衝撃波を拳を介してぶつけ、叶が異誕を後方に吹き飛ばした。四メートルほど吹き飛ばされた身体は、途中で急に止まり、今度はその背中から血が噴き出した。苦痛の呻きと共に襲いかかる舌が途中で停止し、そこに球状の衝撃波が空気を揺らしながら激しくぶつかる。身体が傾いた方向に、空中で身を屈めた小夜香が素早く何かを投げつけた。

空気を鋭く切り裂くそれは、細い糸だった。ピアノ線のように表面が研ぎ澄まされた、魔力で編まれたワイヤー。

小夜香が体内で魔力を操ることで作り出し、指を介して体外で操ることができる。叶のサポートをしながら、トンネルのあちこちにワイヤーを張り巡らせていたのだ。叶も、わざとワイヤーの近くに誘い出すようにして、戦闘を続けていた。

 やがて、怒り狂い、暴れ回っていた異誕が見えない手に止められたかのように動きを止める。手足を使って必死に抵抗することで、少しは動き出しているようだが、多くの糸に拘束され、がんじがらめになってしまっていた。それでも自棄になったかのように、口を大きくこじ開け、舌先を勢いよく伸ばしてくる。

「駄々っ子に負けてたまるかい!」


 小夜香が叫ぶ。


「よしきた!あとは任せろ」

「なんでやねん!ウチもや!」


 小夜香が両手から投げつけた糸が舌を捉える。それと同時にその先端にグローブをつけた叶の拳が衝突した。殴った瞬間に空気を操り、注がれた魔力による現象の操作により、ものすごい衝撃が生まれ、舌先が二人の攻撃によって引きちぎられる。

 噴水のように血が噴き出す。


「らああああああああああああああ!」

「とどめや!」


 魔力の糸が無理にヒキガエルの首を捩じり、それ以上の攻撃を無理やり中断させる。その首めがけて、波打った何かが音速を超えるスピードで叩きつけられた。

 加速した空気の動きによる斬撃。大型のかまいたちだ。

 重い音と共に、斜めに首がずれ、そのまま、コンクリート上に落ち、そのまま巨体が崩れ落ちた。トンネル全体が大きく揺れた。暗闇の中に、光の粒が舞う。その光を浴びて、闇の中で透明の魔力糸がきらりと光った。






「どうだ?初見のみんな」


 警察署の備品のテレビに映し出された録画映像を見せながら、叶がやや得意げに筋肉質な腕で胸を叩いた。

 翠は軽く拍手する。映像だと迫力に欠けるが、臨場感が伝わってきた。

なぜか映像を見る前に部屋の中の電気を消されたが、雰囲気が出るからということらしい。それが逆に、いつも映画を見るときに似た雰囲気を作り出したせいか、現実味が少し薄れてしまった。きっとこの映像を予備知識無しで見た人はよくできた映画だと思うだろう。

隣に座る白翅も無言で拍手している。まったく音が聞こえない。おお、と茶花が少し遅れて返事する。

 今回の事件で共同戦線を張る以上で、お互いの技を知っておく必要がある。

 以前叶と小夜香が連携の見直しのために、それぞれの家の者が録画した映像を見せてもらっていたのだ。叶が言うには、お互いの動きをこれで見直し、復習するのだと言う。トンネルの入り口近くでカメラを構えて家の者が録画していたらしい。


「やるわね。やっぱり格段にうまくなってる。驚いたわ」


 椿姫が感心して何度も頷いていた。事実、二人の連携はとても優れていた。息の合い方といい、熟練された動き。椿姫からの情報によれば、二人は物心ついた時から魔術を習っている。当然戦闘も。


「でもできたらリアルタイムで見たかったわ」

「無茶いうたらあかんよ。そう都合よくバケモンが現れたら困るわ」




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