第十二話 在りし日の花 case22
白翅は自室に戻ると、ほっと一息ついた。
椿姫達が、今度は無事に犯人を捕まえた。犯人はやはり、白翅達が追っている認識票使用していたらしい。これで、少しは手がかりがつかめるだろうか。
今回は事件現場付近で犯人が逃げないように追跡していくだけでよかった。もちろん、逃げ出した時のために警戒している必要はあったが。
暗い室内の電灯を点ける。新しく整えられた自分の部屋が照らし出された。あまりものは置かれていない。前暮らしていた家の自室と同じくらいものが少ない。ベッドのすぐ近くのテーブルには、初任給で買ったノートパソコンが置かれている。
以前は、パソコンを使うことが無かったし、さわったこともほとんどなかったが、やはりそれだけでは不便だろうと考え、わざわざ購入したのだ。
「……」
ふと、あることを思い出す。ほんの数日前に聞いた、椿姫と茶花のなれそめ。あの話を聞いた時、茶花に対してある疑念が湧いたのだ。別に彼女が嘘をついているというわけではない。ただ、気になっただけだ。
パソコンを起動し、検索エンジンに「椿 山茶花」と入力する。
すぐに結果が出てきた。白翅はそのまま、画像検索の結果に軽く目を通した。
「……やっぱり。なんで、かな」
答えは出なかった。よく似た赤い花がモニターの上に並んでいる。
『そんな恥ずかしいこと、教えてなんかあげないのです』
茶花の声が耳に蘇る。白翅はもう一度首を傾げた。
螢陽の屋敷に戻り、茶花は自室に戻った。十畳以上ある、広すぎる寝室。室内は、人形や、西洋菓子のカタログが転がり、やや散らかっている。
クローゼットの隣にある戸棚の中には茶花がまだ言葉を話せなかった頃から遊んでいたおもちゃなどがたくさん眠っていた。その一番下の引き出しを開ける。中には、おもちゃの宝箱が入っている。金色のめっきがされた、とてもきれいな見た目。その蓋をゆっくりと開けると、その中には赤い花のコサージュがしまわれていた。
茶花は胸元の赤い花のコサージュを外した。そう、ツバキのコサージュを。その宝箱にいっしょに入れる。二つの花が横に並んだ。
はじめて椿姫を見た時、同じ熱を感じた。自分が生まれるときに感じた、胸を焦がした熱い熱と同じものを。だからこそ、その熱が恋しくて、体をくっつけた。この人に触れたいと思った。この仄かな熱と同じ温もりを感じたいと。
やがて、自我が成長していくにつれ、異誕生物は生物の意志のエネルギーによって誕生してくるということを知った。怜理達にそう教えてもらったからだ。
今なら分かる、それなら、自分の自我を目覚めさせたのは椿姫の意志だ。
『あんた達にくれてやる血肉なんて一片たりともありはしないわ。分をわきまえなさい!』
自分が生まれた時、闇の中で聞こえた声は、椿姫のものだった。
自分が親しみや恋しさを椿姫に感じたのは、自分を産みだすきっかけになった意志のエネルギーを持っていたのが椿姫だったからだ。
自分は道具だから、もともとそうだったから、誰かに使用されたいという気持ちがあるのかもしれない。でもそれだけではないはずだった。
自分と唯一繋がりがあるのが椿姫だと、新しく生まれた生命は本能的に悟っていたのだ。椿姫は自分の面倒を一番見てくれた人だから。自分を、放って置けないと言ってくれたのも嬉しかった。
成長するにつれて、螢陽家がどんな家なのかもわかってきた。
一生戦っていこうとする椿姫が眩しくて、同時に不安にもなった。取り越し苦労かもしれない。それでも不安な気持ちは変わらなかった。
自分と繋がりがある椿姫が、他の化け物に蹂躙されていくのはたまらなく嫌だった。自分が一緒にいればこの熱は守れる。私は武器なのだから。自由な武器なのだから。
自分は生きていくこともよくわからない。目的も指針も何も。だからとりあえずしたい事に従ってみることにする。最初は本能に従い、本質を貫き通してみせる。その果てに何かを見つけるかもしれない。どう生きていいかわからない自分は、とりあえず歩いてみよう。それから先のことは後で考えればいい。茶花には親がいない。生まれた理由もきっと何もない。だからまず自分がしたい事を自由にする。
最初に仕事を手伝いたいと言った時、椿姫は驚きながらも、最後にこう言った。
「そのかわり条件があるわ」
「なんでしょう」
「辛くなったらすぐに言うこと。やめたくなったらちゃんと言うこと。続けない方がいい事ってあるから」
結果として、思ったほど辛くなかった。椿姫と一緒にいるおかげかもしれない。自分の本質のおかげだろうか。自分は戦うための武器なのだから。毎日、食事を取ることだけでなく、椿姫に自分を役立てることもまた喜びだった。
自分はただ、どうしても異誕と戦うことをやめられない椿姫を奪われたくなかっただけなのだ。自分以外の異誕に。自分が親しみを感じる人を、自分が初めて感じた温かい熱を、誰にも奪わせない。自分が初めて得た繋がりを、絶対に途中で断ち切らせたりしない。熱が失われてしまうのは耐えられなかった。誰かにとられてしまうのが嫌だった。
山茶花の高価なコサージュは、生まれてから一年経った時に受け取ったものだった。一生で最初の誕生日プレゼント。
『食べ物でもいいと思ったんだけど、それじゃやっぱり食べたら無くなるでしょ。無くならないもの方が、大事にできると思ったの』
物珍しげに両手で皿を作り、その中央にコサージュを置く。
食卓のご馳走を見つめるのとは、また違った感慨が茶花の胸に産まれる。
『これ……付けてもいいでしょうか?』
『鑑賞するもよし。しまって時々触るのもよし。捨てると食べる以外ならなんとでも。あ、壊すのもね』
『このお花は……』
『山茶花。あんたの誕生花よ』
それから、しばらく考えて、コサージュはずっとしまっておくことにした。
こうすれば、いつまでもいつまでも大切なものは傷つかない。繋がりは永遠に守っていられる。代わりに、少し安い別のツバキのコサージュを購入し、外出するときは唯一のおしゃれにすることにした。自分が最も綺麗な花だと思ったからだ。そして、万が一にでも、山茶花のコサージュに傷がつくことは避けたかった。
だからこれからも、自分はこの誕生日プレゼントを身につけて歩くことは無いのだろう。茶花はなんとなくそう感じていた。
茶花は大事なものは傷つけないようにずっとしまっておく。茶花はそんな鎌だからだ。
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