第十二話 在りし日の花 case18
「……そう、だったんですね」
椿姫が長い話を締め
異誕の生まれ方や、人間との関係性も、色々なものがあるらしい。
まだまだこの分野には白翅は明るくない。けれど椿姫の語りが巧みだったこともあり、実感が湧きにくいことも、辛うじて理解することができた。
「おおむね、聞いた通りよ。それから怜理さんは……実戦に出た翠のフォローに回ることになったの。で、あたしは茶花と組むことになったってわけ」
「茶花を引き当てるとは、椿姫さんはお目が高いのです」
「だといいわね」
「ラッキーですよね」
「翠もいいこと言います。でも、デザートは分けてあげないのです」
記録によれば、確かに話が通じる異誕と人間がコンビを組んで化物退治を行ったという事もあったらしい。だから、純血の異誕と組むことに、椿姫はさして抵抗は無かったのだという。敵意が無い以上仕方なかった。おまけに何故か懐いている。
「放ったらかしにしておいて、人間でも襲われたら寝覚めが悪すぎるしね。仕方ないから居候させてあげてたの」
「茶花はグルメな鎌なので、そんなことはしませんのです」
「そうね、今のあんたは信じてるわ。けど、街中であんたが急に生まれてたらと思うとゾッとするわね」
「プンプン」
「どうして、茶花は……椿姫さんと……仕事をしようと思ったの?」
ふと疑問に思って、白翅は尋ねた。
おそらく、茶花は、自分とは明確に違う価値観と答えを持っていることのだろう。
どうしても分室に加入しなくてはならない事情は彼女には無かったはずだ。どうして、彼女は戦おうと思ったのだろう。
彼女は、何を支えにしているのだろうか。
「簡単なことです」
茶花は、むふー、と鼻を鳴らしながら得意げに答えた。
「他の異誕にとられてしまうのが嫌だったからです」
「……え?」
きょとんとする白翅に、茶花はなおも続ける。
「茶花がフォローすれば、椿姫さんはそれだけ異誕を倒しやすくなります。そうすれば、椿姫さんが食べられる心配もありません。椿姫さんが食べられるのは想像するだけでも嫌です。腹が立ちます。それだけです。なにより、茶花のフトコロも潤います」
「いっつもこう言うのよ。あんた、最初お金の使い方、全然わかってなかったでしょう。散財して泣きついてきた時にはびっくりしたわ」
「泣きついたのではなく、請求書を見せたのです。ですが、茶花は学びました」
「そう。ちゃんと教訓は活かしなさいよね」
「この世の美食を」
「お金の使い方をじゃないの?」
ゆるい言い合いをする二人は、まるで仲のいい姉妹のようにも見えた。
「……それなら、」
ふと疑問に思った事があった。
「はい?」
結局、椿姫のお好み焼きを分けてもらったらしい茶花が今まさにそれを口に運ぼうとしていた。
「なんで……茶花は……椿姫さんに、懐こうと思ったの?」
自分でも変なことを聞いている自覚はあった。けれど、なぜ怜理ではなく、椿姫に茶花は好意をしめしたのだろうか。まさか生まれたてのひよこのように、刷り込みで初めて目に入った椿姫を親と認識した、というわけではないだろう。いったいどんな理由があったのだろう。怜理が言っていたという言葉が蘇った。
『懐いてるってことは好きってことさ』
どうして、好きになったのだろう。
「…………」
茶花は急に押し黙ってしまった。食べる手が止まっている。やがて、
「むー、そんな恥ずかしいこと、教えてなんかあげないのです」
そう言って、唇を尖らせると、プイッとそっぽを向いてしまった。
胸元につけている赤い花のコサージュが揺れた。きっとあの花はサザンカなのだろう。
「茶花さん、いっつもこうやって照れちゃうの。ちょっと面白いよね」
翠は含み笑いをして、茶花の態度を面白がっていた。
面白くなんかないのです、と茶花がフォークで翠の皿を強襲し、翠が謝りながら、スプーンでそれを防いだ。
***
「……スイはどうしてスイって名前なの」
「え?どうしたの、急に」
「……なんとなく、気になったから、」
食事を終え、四人でしばらく時間を潰した後、白翅は翠と共に帰路についた。
その途中にあるショッピングモールを通りがかった時に、聞いてみたくなったことを口にした。
椿姫と茶花の名前の由来を予期せず知ることになった。だから、翠のことも知りたくなった。
「えっとね。私の眼が、この色だからなんだって。
「……」
こちらを向く翠の瞳を、近づかずにじっと見つめる。ぱっちりとした、意外に睫毛の長い大きな目。目の覚めるような、若葉のような綺麗な緑色。見ていたら、ちょっとだけ元気になれる、明るく鮮やかな虹彩。
翡翠というより、エメラルドグリーンと白翅は形容したかった。
「…………そう」
「おじいちゃんがね、最初に候補を出したらしいよ。私のご先祖さま……異誕の女の人、なんだけど……も、この色だったんだって。だから縁起がいいねって……あ、あの、白翅さん?」
「…………?」
「そんなに見つめられると……少し、恥ずかしいな……」
夕陽の中で、翠は愛らしい顔を赤らめている。街中を橙色に染め上げる夕陽のまぶしさは、彼女の顔色を全然隠しきれていなかった。自分が翠を凝視していたことに気づいて、ちょっと申し訳なくなる。
「そ、そうだ!」
話題を変えるように、翠が切り返した。
「白翅さんはなんで……白翅さんって名前なの?」
聞いてもいい?と、純粋な眼差しで翠は問いかけてくる。
「白翅っていう名前は、戸籍にも登録されていないから、そのまま使ったっていってたよ……」
「そうなんだ……」
「だから、由来はよく知らないんだって……」
「そっかあ……残念だなあ」
「お母さんが言うにはね、冬のシギの羽の色じゃないかって。あの本家があった辺りで、よく見かけたらしいの」
「へえ。そうだったらいいね。だって綺麗な感じがするもん」
「……そう?」
お母さん、とは性格に言えば白翅自身の義母の事だ。実父と実母だけが自分の名前の由来を知っている。しかし、もう二人はいない人だ。顔も知らない。写真を見せられたことも無いからだ。いまはもう誰も知らない、その由来。誰にも知られなかった理由は、どうしたら知れるだろう。
どこに行ってしまったんだろう。
「確か、苗字は架空の戸籍を使ったんだよね?」
「うん。苗字は、いくつか候補があったけど、あまり人と重ならないものにしたって。それで、お母さんもいろいろ考えてたみたい」
「それで、
「……そうかな……」
こういった話は誰かと今まですることが無かった。翠とのお喋りは楽しい。
今まで人と最低限の関係しか築いてこなかった。自分の肉体の特異性に気づかれたくなかったし、親しくなった以上いつか自分の事を話さなくてはいけないと思っていた。
なぜなら自分のことを親しく思っていてくれているのに、都合の悪い事を話さないのは、その人に嘘をついているのと同じだからだ。事実や事情がどうであれ、白翅の中ではそうだった。だから人間関係を避けていた。
親しくなれば、いつか自分の体質の異常性に気がつくかもしれない。
いつか自分の経歴について話さなくてはならなくなるかもしれない。
何も話さないと相手が不審がるかもしれないから話してしまうかもしれない。
うまく誤魔化せずに怪しまれるかもしれない。
全てを知られた結果、嫌われるかもしれない。
わたしはその人達に怖がって欲しくないのに。
騙したくないのに。
翠は、それに椿姫や茶花は、そんな自分のことを受け入れてくれている。それが嬉しかった。自分の一族のことを知っても、自分を拒絶しないでくれているのが嬉しかった。本当のこと全てを話しても親しく接してくれるのが嬉しい。
……あんなことがあった後も。自分が事件に巻き込まれたせいで、怜理という先輩が亡くなってしまった後も。白翅も翠も、今まで大切だった人が、もうどこにもいなくなってしまった。
今までいなかった人と、今はいない人の話をする。おしゃべりは続き、少しずつ、二人は歩いて行く。夕焼け空の下、電線の近くを蝙蝠の群れが羽ばたいていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます