第十二話 在りし日の花 case14
攻撃が交錯する中、椿姫は肉薄する蛇の頭を炎弾で吹き飛ばした。
突如として、激しい破砕音と共に、窓を割った黒い塊が空を切り裂きながら、飛び込んでくる。
こちらを威嚇していたリサの眼が驚愕に見開かれる。
突然の乱入者の存在と共に、背中とこめかみに冷気のような感覚で伝わるその気配は、異誕そのものだった。
『ソレ』は組み合った二人に猛スピードで突っ込んでくると、大きく跳躍する。そのまま、空中で両手を振り上げた。何か大きく長い物を頭上に振り上げている。闇の中で巨大な凶器と『ソレ』の両目がぎらり、光った。
椿姫はとっさに後方に跳び退り、そのままバックステップで距離を空ける。事態の意味を考えるよりも先に行動していた。
この期に及んで、新しい異誕?どうして?床に足から着地しながら、ようやく椿姫の頭に疑問が浮かんできた。その答えを得るために、椿姫は決然と顔を上げる。
「……!こいつ……どこから……!」
激しい衝突音がして、先ほどまで自分がいた場所で黒い影が二つ、組み合っていた。リサと乱入者だ。片方が大きな武器を振り上げ、リサの爪にひたすらぶつけている。火花が散り、リサが怒号を上げた。
どうやら乱入者の目的は椿姫ではないらしい。代わりにリサを攻撃している。
……同じ異誕であるはずのリサを。
「ふ──────!」
「く、なんなのよ!」
大声で唸りながら、新たに乱入した異誕がリサの攻撃を両手の武器で受け止め、後方に大きく飛び退った。油断なく凶器を前に突き出して、中腰になって構えながらリサ達を威嚇している。
咄嗟に椿姫は右手を前に出し、その先に魔術の炎を灯す。
闇に閉ざされた室内に光が生まれ、乱入者の姿が照らし出された。
小柄な少女だった。鳶色の髪に、同色の瞳。白く細い顎を持つ、端正な顔には似つかわしくない凶悪なほどの怒りの表情が浮かべられている。鳶色の瞳は怒りで燃えるようで、ともすれば充血して、赤色にも見えかねなかった。艶やかな鳶色の髪もぼさぼさで、ところどころ白い素肌が露出した胴体には、闇に紛れるようなぼろぼろの黒衣が巻き付いている。黒衣は、風も無いのに揺れていた。まるで女の怒りのオーラが、周囲の空気を強引に動かしているかのようだ。
何よりも、少女にミスマッチなのは、両手に握られた巨大な鎌だ。炎の光を浴びて獰猛に輝くそれは、全長が少女の身の丈ほどもある。その組み合わせは一種、凄惨にも感じられた。大鎌の先端は鋭く尖り、刃も長年にわたって使い込まれた形跡がありながらも、まるで生きているかのように独特の存在感を放っていた。
少女の全身から漂うのは、紛れもなく異誕の気配だ。そして。彼女が放つ殺意は、まっすぐにリサ達に向けられていた。両の眼に浮かぶ表情は、今にもリサの父親の異誕とリサを睨み殺さんばかりだ。
「むうううう!」
少女が激高しながら、近い距離に立つリサに鎌を振り上げながら突進していく。
荒れ狂う嵐のように連続する斬撃が周囲の空気を大きく震わせた。リサが爪、尻尾、翼でそれを弾こうと、反撃を繰り返す。鎌を持った少女はそれを手首に巧みにスナップを効かせながら、全て弾き、休むことなく攻撃を繰り返した。二十を超える交錯が生み出す火花が、辺りを赤く照らし出した。瞬間、椿姫は腹を決めて駆け出した。
この異誕の少女の目的がなんなのかは分からない。ただ、どうやら自分たちが狙いではないらしい。リサ達にこの異誕の少女が敵意を向けている間は、少なくとも自分は無事のはずだ。それなら……
「なんなのよ!あんたも異誕ならあの魔術士を食いなさい!なぜ私なのよ!イカれてるわ!」
「ふ?む──────!」
「言葉を喋りなさいよ!この出来損ないが!」
こちらに気づいたリサが放つ尻尾の攻撃を、椿姫はとっさに精製した盾で受け止める。
激しく動く両者の動きを正確に見極め、魔力でブーストした視力を最大限に使い、正確にリサだけを狙って攻撃を放つ。リサが避けても、次の瞬間には鎌の少女の斬撃が迫り、隙を見せた手足に刃が迫る。
リサのフォローに回ろうとした父親に氷柱で作られた弾幕が迫り、動きが牽制される。その隙を突いて、怜理が氷の剣と槍を持って、飛び掛かっていく。大きな一撃を受けて父親の身体が傾く。追撃のために放たれた氷の剣を、地面に尻尾を突き刺して、倒れこむのを防ぎながら、翼で打って刃を防いだ。
リサが翼を広げながらも、後方に跳び退る、少女が大鎌を振りかぶり、思い切り投げつけた。まるでブーメランのように鎌が回転しながら飛んでいく。リサが頭を後ろに倒して、翼で身体ごと下に移動して、攻撃を避ける。大鎌が後ろの壁に突き刺さった。椿姫は前進しながら片手を構えて魔力を体内で編んだ。火炎放射が放たれ、リサは空中でジグザグに動いてそれを避けようとする。
椿姫は懸命に追いすがった。それに合わせて、武器を持たない異誕の少女がその後からついてくる。
リサが翼をはためかせて急降下する。再び放たれた火炎放射をギリギリまで椿姫に近づいてから大きく翼で飛び上がって回避し、上から垂直に突っ込んでくる。両手の獣の鋭い爪が、獰猛に光った。リサが奇声を上げて歯を剥きだしにする。
「まずは一人!死……ね?」
空中に血の飛沫が舞い、リサが身体のバランスを大きく崩した。
リサの右の翼がちぎれ、宙を舞っていた。さっきまで翼が有った場所を大きな鎌が通り過ぎていく。いつの間にかさっき少女が投げたはずの鎌が。壁に突き刺さっていたはずの鎌が、少女の手元にまるでワープでもしたかのように戻ってきていたのだ。完全に少女が丸腰になり、攻撃が届かないと考えていたリサは完全に虚を突かれた。
そして、回転しながら飛んでいく鎌が再び空中で消え、少女の手の中に再び音も無く現われた。椿姫は後ろに跳び、右腕の関節を左手で抑えると、バランスを崩したリサに照準を合わせる。チャンスは今しかない。
「燃えなさい!」
最大限に魔力を込めて編んだ、魔力の集中砲火。この機会を逃すわけにはいかない。こいつらを逃がすわけにはいかない。今の状況がどうなっているのかは分からない。なら、分かっていることだけに自分は集中すればいい。分かっていること、そうそれは、自分は魔術士であり、犯罪を犯した異誕を殺す存在であるということ。
そして、自分がリサ達を許せないと思っていること。そして……
周囲に浮かんだ真紅の魔力の砲門が休みなく、フルオートで放たれたライフル弾のように正確にリサに集中する。
リサの回避が追い付かず、四肢の一部が魔力弾によって千切り取られ、苦痛の叫びを上げる。異誕の少女がリサの注意をそらし、攻撃をかく乱するように不規則なステップを踏みながら、異誕の少女が鎌を振り回しながら、リサに接近。頭上に構えながら、大きく跳躍した。
落下しつつあるリサのすぐ前に、少女の
「なんで……なんでよ!この私が……このわたしともあろうものが!こんなところで、こんなわけのわからない奴が急に現れたせいで!私は、まだ……死にたくない!私がどれだけ今まで好きに生きるために年月を積み重ねて来たと……!」
「知らないわ」
冷たく椿姫は言い放つ。
「好きに生きるにはあなたは人の命を奪い過ぎた。だからこうして奪われる」
魔力弾を四発、指先から放つ。それはまっすぐに空間を突き抜け、困惑するリサの頭を吹き飛ばした。
「ただ、それだけのことよ」
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