第十二話 在りし日の花 case12

 椿姫達の連携は完璧だった。広範囲にダメージを与える椿姫の炎と、鋭く闇を斬り裂いて迫る怜理の氷柱と冷気。

並みの人外であればとっくに命を落としている。

しかし、ブラン家と名乗った二体の親子の異誕は、長寿によって得た高い経験値を活かし、巧みな連携で、椿姫たちの攻撃を躱し続け、隙を見ては反撃を繰り返した。


「あら?あらあら?どうしたの、そちらの人間のお嬢さん、あなたに合わせるのにお疲れみたいね?グロッキーじゃない。あなた、本当に相棒を連れて来たの?実はデザートを連れてきたの?」

「 違うよ。あんた達の方があたし達のメシの種になるんだ」

「言ったわね、化物……!」


 悔しかった。人様に迷惑かけて平然としている化物達が、自分をただの獲物として見ているということが。そして同じような目を殺された人たちに向けて、全てを破壊したことが。


「美術館を選んだのはなんで?当ててあげるわ。アンタ達が日陰者だから、楽しく過ごしてる人達が羨ましくて仕方がないんでしょう。人殺しをしながら長生きしてるやつらは大抵そうだわ。自由に暴れて、そのくせ、まずくなったら逃げる。どうせそんなところでしょう。陰気臭いやつらの考えることなんてお見通しよ」

「あーら、あらあら!本当にわかってないのね!」


 リサがけたたましく笑い出した。翼をバタバタとはためかせ、天井近くまで飛び上がる。そのすぐそばに寄り添うようにして空中を飛行した、父親の異誕がため息をつき、哀れむような眼で椿姫を見つめた。


「リサ、よしなさい。あの人間の小娘には我々の思想の格式高さが分からないのだよ。地を這う虫けらに、鳥の歌の意味が分からないのと同じだ。生きる次元が違うのだから」

「へえ。じゃあ、言葉に出してみなさいよ!どんな高尚な思想をお聞かせくださるのかしら」

「いいわ。聞かせてあげる。ここは美術館でしょう」


 暴れるだけ暴れて、とても満足そうにリサは言う。消耗しているとはいえ、まだ余裕がありそうだった。「異誕」は大量に食物を体内に取り入れた時、胃液の濃度が急激に濃くなり、すぐに分解して体内に栄養素を取り入れ、蓄えることができる。椿姫たちが来る前から食事と虐殺を続けていたリサ達のステータスの高さは、簡単に倒す事が出来る、知性の無い猛獣のような異誕とは比べ物にならない。


「ここには様々な作品が飾ってあるわ。ここには下等動物が、下等動物なりに、一生懸命作り上げたものが大事にしまわれている。長い間、本当に長い時間をかけて後生大事にね。それが腹が立つって言ってるのよ」


 演説でもするかのようにリサが両手を振り上げ、腰から突き出した尻尾で、壁からずり落ちそうになった肖像画を貫いた。


「獲物ごときが歴史ですって?積み上げて来たものですって?くだらない。どれもくだらないわ。歴史だか伝統だかなんだか知らないけれど、高等動物でもなんでもない連中が賢いふりをするなって話よ。まるで意味のわからないものや、もう必要の無い古い道具を見せびらかしているのは視界邪魔だわ!だからこそ破壊する!だってこんなに簡単に壊れるんだもの!つまりそれは弱い。弱いものに価値は無い!それを知らしめられる!人間どもを食い、絶望を味合わせることが出来る!それだけよ!」

「完璧だ。リサ、お前は母様に似て立派な思想家だよ。人間どもの社会さえなければ、お前の名を刻んだ著書が広く流布してもおかしくないだろうな。ああ、憎い!人間ごときのためにお前が脚光を浴びられないのかと思うと!」

「大丈夫よ、お父様。今はその時ではないだけよ。私達の偉大さがいつか、この人間達の社会にとどろく日がいつかやってくる。そのために、私達は人を食って力をつけているの。いつか誰もが私達にひれ伏すことになるわ。私達の同胞にも」


 うっとりと夢見るような口調でリサが呟く。

 ……まるで理解不能だった。人間を餌としてしか見ず、理解する気もなければ、人間の社会に溶け込む気も無い。それどころか、いつか秩序を破壊しようと企む姿は椿姫にはまるで、宇宙人エイリアンのように感じられた。舌打ちしながら、体内にため込んでいた魔力を解放する。


 激しい炎の熱が伝わり、椿姫の額に玉の汗が浮かぶ。

 伝統。そうだ、伝統に関してなら椿姫にだって一家言ある。椿姫にだって、受け継いできた伝統があるのだから。

 魔術という名の伝統が。螢陽家の御役目おやくめとしての「化物退治」という名の伝統が。


「伝統ってのはね、後からしゃしゃり出てきた奴らがブッ壊していいもんじゃないのよ。上等、その小娘がアンタ達の歴史そのものをブッ壊してやるわ!来なさいよ!化物コンビ!」


 魔力の解放に呼応して、爆炎が広がる。炎弾がその後に続いた。

 怜理が、氷柱をひとしきりマシンガンのように発射した後、両手に氷柱を構えて、攻撃をかいくぐり、弾きながら距離を詰めていく。


 怜理の攻撃は掠った程度だが、床に突き立つ氷柱が障害物となり、翼で飛行する動きをリサ達は制限され、行動範囲が狭まっていく。椿姫は相手がまごついた機を逃さず、リサ達に既に何度目かの火炎放射を放つ。氷柱ごと燃やし尽くすようにリサ達に炎が襲いかかる。リサ達は大きな黒い翼を回転させ、つむじ風を巻き起こして炎の一部を吹き飛ばし、その空間をすり抜けるようにして回避する。


「ふうん……あなた?ほんとに混血?気配は私達と変わらないようだけど。元気が無いなら、食事してくれば?いいのよ、食べるところを見ててあげるから」

「大きなお世話だよ。先輩ヅラは勘弁してくれロリババア。どのみちお前は、私とこの子を倒さなきゃいけない。そうしなきゃお前らはこれからのメシが食えなくなるぞ」

「いけ好かないわ……」

「こっちのセリフだっての!」


 ……いつの間にか、夜の帳が降りていた。激しい戦闘の末、展示室の様子は、荒涼としてすらいた。天井、壁、床には亀裂や穴が数多く入り、あちこち焼け焦げた跡が残っている。窓ガラスは全て割れてしまってた。展示品も残らず壊滅しているだろう。この建物が頑丈な建材を使ったものでなければ、とっくに崩壊しているはずだ。


 それぞれのペアは今や激しく消耗している。ここでさらに追撃すれば押し切れる。そう信じて、椿姫は激しく披露した体に鞭打ってさらに魔力を編んだ。その時……


 ぐにゃり、と視界が歪んだ。そして、猛烈な眠気とめまいが襲ってくる。


「なに、よ、これ」


 思わず額を抑える。吐き気がする。身体がだるい。リサ達が猛スピードで突っ込んでくる。怜理がとっさに椿姫を支え、氷の盾を作りだし、追撃を防いだ。激しい音がやけに遠くから聞こえてくる。


「椿姫!おい!」


 急な体調不良。いや、もしかしたら今まで少しずつ感じていたのに、気づかなかっただけかもしれない。しかし、疲労がピークに達した時、この症状が出て来た。思い当たるフシはあった。ぼんやりと霞む視界で、止血帯で縛った自分の右腕を見つめる。人質の女の子が殺された時、その身体を食い破って飛び出してきた蛇。そいつに噛まれた。あれが原因ではないだろうか。まともに噛まれてしまった。おそらく、あの牙に毒があったのだ。それが体内に入り、徐々に体を蝕んでいた。


「くそっ!」

「やっと効いたのね!遅いのよ!」


 勝ち誇ったようにリサが笑う。神経を逆なでする笑い声に椿姫の心が怒りで燃え上がった。


「立てます!」

「無茶だ!」

「無茶じゃありません!」


 しっかりと二本の脚で踏ん張って立つ。死んでたまるか。死ぬわけにはいかない。ましてや、人を殺した化物に殺されてやるわけにはいかない。自分は犯罪を犯した化物を昔から始末してきた螢陽家の名のある末裔だ。


 椿姫の祖母は、寿命が尽きるまで化物たちと戦い続けた。椿姫の母は、体が弱くても化物達と戦って殺されることなく、生き延びて最後は病気で亡くなった。そうだ、二人とも化物に殺されずに、生き延びたのだ。化物を殺さなければならない立場の自分が化物に殺されてどうする。そんな惨めな死に方はごめんだった。死ななければならないのは犯罪を犯した異誕達のほうだった。そうでなければならなかったのだ。


「ふっざけんじゃあないわよ!私が何処の馬の骨ともわからない、くだらないバカンス気分でやってきた奴らごときに食われるですって?冗談のセンスは長生きしても身につかなかったようね。みすみす死のうもんなら、うちの祖母と母親が門前払いを食わすでしょうね。あんた達にくれてやる血肉なんて一片たりともありはしないわ。分をわきまえなさい!」


 大声で叫ぶように啖呵を切り、全身にアドレナリンを行き渡らせる。わずかに意識がはっきりした。

 この私がこんなところで倒れるわけにはいかない。私はもっと先に進まなきゃいけない。私の仕事は今ここでこいつらの餌食になることではないはずだ。そんな場合じゃない。進むんだ。こいつらを退けて。


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