第十二話 在りし日の花 case9

接敵コンタクト!女の方を確認!現在交戦中!」

『こっちもだ!おい、おじさん、あんたの相手は私だよ!無視すんな‼』


 双方向無線の向こうから怒声と激しい物音が聞こえてくる。怜理もついに敵と衝突したらしい。


『さっきから何を一人で……あら、あらあら。おしゃべりしてるのね?ハイテクは嫌いだわ!』

「インカムっていうのよこのローテク!」


 襲い来る猛獣の爪を、椿姫は魔力を編んだ盾を展開し、弾き飛ばす。魔力を自在に操り、望んだ形で具現化させるのは螢陽家が得意とする魔術の一つだ。

 方向転換し、横から迫ってこようとする異誕リサの顔面目掛けて、椿姫は腕を横薙ぎに動かし、手の先から炎弾を三発放った。


 激しく燃えた空気が膨張し、吹き付ける熱風が口角を釣り上げたリサの顔を歪ませる。繰り出された尻尾による突きを、その場で前転して伏せてやりすごす。右腕を相手に向け、連続で相手に大型の炎弾を至近距離で浴びせた。蝙蝠のような両翼を振り回し、熱を持った空気を払いながら、ジグザグに飛行して、攻撃を避け続ける。

 リサの尻尾が長く伸びる。二の腕からは鱗のびっしりと付いた太い胴体を持つ蛇が三体姿を現し、触手のように椿姫に襲いかかった。


「悪趣味な能力ね!」

『このの高貴さが分からないとは……あなた死んだわ!』


 リサが再び獰猛に微笑む。椿姫は勢いのまま、床をバク転してその場から飛び退いた。蛇たちの牙が硬い床を砕く。

 衝撃でスカートがはためくのもかまわず、椿姫はバク転を繰り返し、飛び退りながら片膝を床につける。手を前に突き出し、放たれた蛇達の追撃を瞬時に作り出した防壁でガードした。


 敵は手数が多い。消耗すれば、先に不利になるのは椿姫の方だ。そろそろ相手に大きなダメージを与えておきたい。

 再び体内で魔力を編み始める。長くすらりとした脚のレッグホルスターから拳銃を引き抜き、迫りくる三匹の蛇の頭に弾丸を連射で叩きこんだ。雷鳴を思わせる銃声が室内に響き渡り、二匹が血をまき散らして床に崩れ落ちる。


 もう一匹が弾丸が掠めるのも意に介さず、そのまま向かってくる。真っ赤な口が開き、そこから、なにかが椿姫の顔目掛けて勢いよく吐き出された。飛来するそれは砕けた床のコンクリート片だった。潰れて砂利のようになったものを、目つぶしに使ったのだ。


「くっ!」


 左手で咄嗟に目をふさぎながら、右手の銃を前方に向け、蛇が放つ僅かな異誕の気配を頼りに、引鉄トリガーを引き続けた。

 血が飛び散る水音を聞きながら、弾丸を撃ち尽くホールドオープンした銃を掴んだまま、尻尾による攻撃を横に転がって躱す。

 

 両目をしっかりと開き、手首を抑え、反動に備える。腰を落として、脚を踏ん張り、構えの姿勢をとると、手の先が急激に熱くなった。今なら撃てる。


「燃え尽きろ!」


 先程の数倍に肥大した炎弾が、掌の先から射出された。再び距離を詰めようとしたリサが、思わぬ高威力の反撃にたじろぎながらも、大きく宙に飛び上がった。


『ああああ!ちくしょう……やってくれたわね!人間のくせに!二十年も生きてない、小娘の分際で……私の美しい肌を燃やすですって!』


 広範囲を焼き尽くす大型の炎弾は、リサの脇腹と爪先の靴を焦がし、傷口から血の混ざった煙が立ち昇らせる。攻撃の威力に耐え兼ね、高く飛翔しかけた躰は、中空までよろよろと下降する。が、流石は人外と呼ぶべきか、その場に留まることなくリサは回避行動を取った。

 

 横向きに中空を飛行する敵影を、左右に手を動かして追跡し、軌道上に照準する。

 四発の特大の炎弾が立て続けに放たれ、爆発。二階のフロアを、衝撃と熱が支配した。

 かろうじて攻撃を回避したリサは、焼け爛れた傷跡を悔しげに一瞥し、大きく舌打ちする。


『センスの合わない服で良かったわ。これが私のお気に入りだったら、一秒で殺してやったのに』

『服燃やされないと魔術士を殺せないのかしら?次があるんなら、もっと厚着できたらどう?そしたら、服ごと骨になるまで燃やしてやるわ!』

『できもしないことを言うんじゃないわよ!人間ごときが!』


 リサは縦横無尽に空間を飛び回る。そのデタラメな動きを魔力で水増しした視力で追い、または予測し、椿姫は炎弾と魔力弾を放ち続けた。

 

 突如、大きく床が揺れ、椿姫の足元に衝撃が走った。

 一階からだ。強い異誕の気配が床を通して伝わってくる。怜理の戦闘も激化しているらしい。階下にいる敵がどの程度の実力の持ち主かは分からないが、もし自分の目の前の敵と互角の実力を持っているなら、いかに場数を踏んだ怜理といえど、簡単に倒して救援に来ることは難しいだろう。


 場数を踏んでいるといえば、この敵もそうだ。本人の口ぶりからして、魔術士と戦ったことも初めてではないのだろう。

 斜め下に向かって飛びながら、獣の爪に蛇の牙、尻尾による連撃が休むことなく椿姫に襲いかかった。腰を落として、前後左右に不規則に動き、時には一気に加速しては立ち止まり、反撃をやり過ごす。


 魔力によるブーストで身体機能を向上させた椿姫と、異誕であるリサのスペックはほぼ互角だ。人型の異誕はそうでないものより敏捷性が高い。俊敏さにかけては野生の猛獣を上回るだろう。

 椿姫は壁や列柱を蹴り、リサの攻防を時に跳んでかわし、時に伏せながらP30で応射を繰り返す。

 お互いにダメージが少しずつ蓄積していく。椿姫も尻尾による攻撃を躱しきれず、肩口や背中を切り裂かれてしまった。時たま走る激痛を、椿姫は奥歯を噛みしめて痛みをこらえる。

 血が噴き出すのも構わず、柱を蹴った椿姫が、別の列柱にワイヤーを巻き付けると、それを巻き取りながら加速し、空中を横切ると、左手で拳銃を発砲しながら、一気にリサに接近する。


「小細工を!」

 

 リサは銃弾を、再生した蛇の胴体を鞭のように振るって盾にしながら身を守り、更に尻尾を長く伸ばし、椿姫の身体を貫こうとする。リサのそばの柱に弾痕が連続で刻まれると同時に、椿姫が通り過ぎた柱が打ち砕かれた。

 階下でまたも轟音が鳴り響く。空中で二人の視線が交錯する。椿姫は、体内に貯めた魔力を駆使し、現象を操る。なるべく大きな炎をこの場に作り出す。

 手の先が発光し、真紅の方陣が姿を現した。

 形成された砲門が、猛烈な熱と共に、火炎放射を放つ。リサは大きく翼をはためかせ、向かい風を巻き起こすことで、それを避けた。熱と炎の光にリサが顔を歪め、片手を顔の前にかざし、火の粉を払う。


『なにッ⁉』


 リサが大きく目を見開き、空中で背後を振り返る。つい先ほど椿姫が銃弾で穴をあけた列柱が、火炎放射が激突した衝撃で、音を立てて倒れつつあった。リサは驚きの声を上げ、頭を下げて横にずれて攻撃をかわす。


「ッ!」

『な……』


 魔力で編まれたワイヤーロープを巻き付けた支柱から離し、近くの別の柱を蹴りつけると、床めがけて椿姫は炎弾を二発発射。着弾した瞬間、起こった爆発の衝撃を利用して空中で方向転換。

 そして、ワイヤーロープを、リサの翼に巻き付けると、全身の体重を思いっきり加える。そのまま、地面に向かって引きずり倒そうとひたすら強化された両の腕に力を込めた。

 ついに力負けし、空中でバランスを崩したリサの腹に、至近距離から魔力弾を二発打ち込む。


『がはっ!』


 相手が涎を撒き散らしてふらつく。間髪入れず、大型の炎弾を右の翼に叩きつけた。蝙蝠のような羽があっという間に炎に包まれる。

 リサが金切り声を上げつつも、口を大きく開けると、無理な体勢でワイヤーロープを噛みちぎった。魔力によって実体化したロープは、現象として完全に具現化している。そのため、物理攻撃が通じてしまうのだ。


 そのまま放たれたキックを、椿姫はとっさにのけぞるようにして回避した。

 片方の翼を燃やされたリサが、地面に降り立つと、何を思ったのか、展示室の奥へものすごい勢いで走り出した。


「待て!」


 人外の速さに追いつこうと椿姫も猛ダッシュで室内を突っ切る。

 どこへ向かうつもりだ。絶対に逃がしてたまるものか。殺し逃げなんて絶対にさせない。


 ふと、一つの懸念が頭に浮かんだ。ここへ突入した時、展示室の奥に到達する前にリサに遭遇した。当然、その奥はまだ確認していない。


(この先に、何かあるの……?)


 翼の突き出した背中を追い、展示室の外へクリアリングを行いながら、銃を正面に向けて威嚇射撃し、素早く飛び出す。

 リサが突っ切った先の廊下の奥から、バタン、と激しい音がした。

 見取り図によれば、この先は職員用の会議室と喫煙室とトイレくらいしかないはずだ。精神を集中させ、敵の居場所を探る。殺気を滾らせた異誕の気配が、もっとも近くて濃い場所。


 場所の検討はすぐについた。喫煙室だ。

 ドアの蝶番をブーツで蹴り壊しながら、室内に飛び込んだ。そして即座に右手を構え炎弾を……。


『止まりなさい。しっかり見るのよ、おめめの良いクソガキ魔術士さん』


 嘲りの声が投げかけられた。勝ち誇ったかのようにリサの赤い目が燃えている。

 リサの腕の中には口にテープが巻かれた小学校低学年くらいの女の子が抱えられていた。目は泣き腫らして真っ赤になっている。

  天井のダクトの蓋が開いていた。おそらくそこに押し込められていたのだろう。  

 口のテープは騒がれて助けを呼ばれないためか。


『……その子は……』

『後でスナックとして持って帰ろうかと思ったの。死んだ誰かさんの鞄にでも詰めてね』

『こいつ!人質のつもり……⁉』

『おばかさんでも分かる解答ありがとう。で?この状況見たら、どう行動すればいいかは予測がつくわね?さあ、魔術士さん、賢い所を見せてちょうだい。見たくてたまらないわ』


 はしゃぐようにリサが笑い出した。


『武器を全部捨てて。そして、手足を全部私に食べさせて。それなら、この子を解放してあげる。あら?それなら外までエスコートは誰がするのかしらね?あなたにやってもらおうかしら。芋虫みたいにハイハイして。血が全部無くなる前に、玄関まで辿り着けたら、命だけは助けてあげてもいいわよ?あはは!いいわね!それ!』

『ふざけるんじゃないわよ……』


 椿姫の罵倒に、くわっとリサが目を見開く。


『いいからさっさと武器捨てなさいよ……!あんたの手足で私の羽を弁償しろって言ってんのよ!あんたは美味そうな餌でしかない!私の腹に入るだけの、下等生物なのよ!さっさとしろ魔術士ーーーーーーーーーーーーー!』



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