第八話 常人には向かない職業 case13
「降りられそうか!」
ヘリのパイロットがブレードの回転音が鳴り響く中で叫んだ。
「いつでも!」
「こちらもです」
扉が全開になったキャビンに吹き込む強風の中、茶花は、椿姫とほぼ同時に返答した。
急に災害が発生した時、警察や自衛隊は現場付近で、被災者を助けるため、救難ヘリを飛ばす。
ただ、状況によってはそれ以外のケースでも活動することがある。
それは、街中で無差別に異誕生物が暴れた場合だ。特に今回のように活動範囲が広いと、まだ息がある被害者を救うために、安全が確保された地点を順番に飛び回っていることが多々ある。
分室のブラックホークは、機内の極秘性を保つために、余程のことが無いと部外者を内部に乗せることが無い。
それに、どちらかとえば、戦闘向きのカスタマイズがなされており、救助活動には不向きだ。そのため、警戒任務をサポートするため、封鎖地点ギリギリの場所を飛んでいた。そこからヘリが茶花達を迎えに行けば、敵が異変に気が付くかもしれない。
それなら、使えるものを使うだけだ。
そう考えた椿姫は、不破に飛行地点を確認してもらい、最も近くにいた機体に拾ってもらったのだ。
出せる限界の速度で、なんとか逃げた敵より先に封鎖地点近くまで来ることができた。ざわりと、茶花の全身の毛が逆立つ。
「目標、
その言葉通り、遥か下方の街路を、二時方向から毛に覆われた巨体が四つん這いで走り抜けていく。
やつが逃げる方向はだいたい分かっていたから、付近を迂回して先回りするのは簡単だった。
仮に進行方向を変えても、人外の気配を感知する椿姫の並外れた直感を元に追尾することが出来た。
地上から敵による妨害が無いことを確認すると、茶花達は近くのビルの屋上にファストロープを投下して降り立つ。
ここからであれば、現場となった駅の惨状が嫌でも目に入る。
人を食べ散らかすのは、この世で最も下品な行為だ。茶花は常々そう考えている。
すぐに感情が顔に出る茶花の表情は、不満の意を露わにしていた。
「派手に暴れてくれたじゃない」
「こちらも負けじと派手にいきましょう」
「なんでよ。私達にできることはこれ以上人も建物も泣かせないことよ」
自分の所有者の同意は得られなかった。しかし、テンポよく応酬してくれるのは嬉しい。
椿姫が片手を前に出し、息を軽く吸って魔力を込める。
赤い光の粒が椿姫の左腕に集中し、やがてそれは
魔力を物質化し、形状を自在に操ることで自身のサポートアイテムを作り出す。
強靭な拘束具にもなる、椿姫の魔術の一つだ。
「それでは」
茶花は、椿姫の細い腰に手を回し、右手を振り、自身の分身である大鎌を召還した。
走り出すや否や、ビルからビルに飛び移り、距離を詰めつつ降下する。椿姫が、命綱がわりにワイヤーを屋上の手すりや、電柱に結び付け、空中を飛び回るようにして索敵を続行する。
ヘリからの報告で、おおよその移動ルートは掴めている。後は、椿姫と茶花の異誕を感知する直感次第だ。
「来た!」
「むっ」
強い気配を感じた。同類の気配を。異誕は同類を嗅ぎ分ける力を持つ。
自分と似ている。しかし、なにかが異なっている。そういう不思議な感覚が、違和感のようにして
五階建てのビルの看板の上に降り立ったところで、茶花はものすごい勢いでこちらに向かってくる獣の姿を認識した。
そいつは、二人の姿を認めた途端、背中に背負うように置いていた何かを身体を振ってこちらに投げつけてくる。
「おっと」
回転しながら飛んできた瓦礫を茶花が鎌を回転させて防ぐ。吹き飛んだコンクリートの瓦礫が彼方に吹き飛び、二人の視界から消え失せた。建物を破壊した時に躰に降りかかった破片をあえて乗せたままにして武器にしたらしい。
「縮んでいるようですね。小細工ばかり上手になって困ったものです」
「もっと細かくしてやるわ」
「もちろんです」
急に発生した異誕なのだろうが、それなら先輩として食事の作法というものを教えてやらねばならない。茶花は内心意気込んだ。
二人は空中で身体を離し、左右に分かれる。茶花の目線の先に、椿姫の放った大型の炎弾が激突する。化物が回り込もうとしたビルの外壁ごと燃やし尽くす勢いで、火柱が吹き上がった。
飛び散る火の粉と、砕け散るコンクリート片が、異誕を足止めする。
『ウギッ』
降り散る破片に身を隠すように、建物の壁を次々に蹴りつけて、茶花は鎌を振りかざしながら地面に降下する。着地と同時に、ジグザグに走り、相手に向かって接近した。
振り回された爪を急に体の向きを変えて回避。
大鎌ごと回転し、跳躍して離れた街灯の後ろに飛び込み、その周りを一周しながらHK416Cを片手で発砲する。
茶花の反撃に気をとられた隙に、足元を狙って飛んでくる炎弾を飛び上がって回避した異誕は、爪を振りかざしてこちらに空中で向きを変えながら迫ってくる。
茶花は怯むことなく、スリング付きの銃を手放すと、両手に再び鎌を召還し、正面からそれを受け止める。
「むうううううううう!」
「ギギぎギギギ!」
空を切ったお互いの武器が、宙で競り合う。腰に力を入れ、渾身の力で大鎌を敵に向かって突き出し、ごり押しの威力を叩きつけた。小柄な躰から噴出した桁外れの膂力が、空中で異誕の身体をよろめかせる。
バランスを崩し、地面に向かって斜めに異誕が転落した。が、空中で身を捻り、手をついて地面に着地しようとしたのか、手を地面に向けて身体を前に倒した。
その指先に、真紅のワイヤーロープが巻きつけられた。
『ガ?』
「えええええええい!」
椿姫が体内に循環させた魔力により、向上した筋力で異誕の身体の向きを強引に変更させた。
異誕は、大の字になって頭から地面に叩きつけられた。
足元のコンクリートが割れ、砂塵が舞った。頭部を強打した異誕は怒りの叫びを上げながら、闇雲に手足を振り回し、咆哮しながら首を振り回している。
「多少は賢いと思ったのですが」
がむしゃらに振り回された両の腕を頭を下げて避け、しゃがみながら軍用ブーツで力一杯地を蹴りつけ、自らの躰を異誕の足元に飛びこませた。
真上から打ち下ろされる拳を横に倒した鎌で防ぎ、斜めに持ち上げて弾き飛ばす。
相手の足元が衝撃でおぼつかなくなった隙を突いて、回転させた刃で足首から先を切断した。
赤黒い血が地面に向けて滝のように流れ落ち、自重で腰を落とした異誕は、そのまま自分自身の血で地面を滑ってバランスを崩す。
「先輩の顔を立てないからこうなるのです」
「あたし達を倒そうと思ったら、多少賢い程度じゃダメなのよ」
椿姫の頭上、解読不能の文字が刻まれた魔力の砲門が十数個浮き上がった。
真紅の方陣が、死刑宣告の代わりに赫き光を迸らせた。
「仕上げよ」
「ほい」
吹き荒れる魔力弾とフルオートの嵐が、足首の千切れた異誕の肉体を容赦なく粉砕した。
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