第七話 常人には向かない職業 case6

「確実に相手に弾を当てるには、握り方が重要です。狙いをつける方法もだけど、姿勢自体が間違っていると、やっぱり当たるものも当たらないからね。まずはこんなふうにできるだけ高い位置を持ってね」


 そう言って、手元に持ったK100を、白翅にかざして見せる。

 天井に取り付けられた照明が、黒色こくしょくの銃身を静かに輝かせた。翠の親指と人差し指の間が、グリップの上部を強く掴んでいる。翠が持っているのは、以前使ったという他のK100なのだという。白翅が使う筈の銃の予備スペアでもあるようだ。


「はい。白翅さんは……さっきのこれを使ってね」


 白翅はそっと自分のK100を受け取り、両手で持った。銃身の冷たさが両のてのひらに伝わってくる。その冷たさは、奇妙に心地良く、白翅の未知の体験に対する緊張感を和らげてくれるようでもあった。


 最初に、銃の各部位と作動サイクルの説明などの基本を学び、それが終われば、グリップ銃把の握り方と、弾倉の装填の練習を行った。

 何度もスチール製の弾倉の出し入れを行い、最後に素早く装填して、スライドを引いて、薬室チャンバーに初弾を送り込むといった、発射前のシュミレーションを繰り返す。


 K100スライドの後部を、グリップを握るのとは反対の手でしっかりと掴み、後ろに向かって引く。手を離すと、スプリングの反発力を受けて、スライドは小気味良い音と共に前進した。これで発射可能な状態になった。

 すぐに銃を右側に傾けると、またスライドを後ろに引いて、実弾を排莢口からはじき出す。そして、再び、初弾を送り込む。弾倉が空になれば、また詰め直してまた装填する──。


「だいぶ良くなってきたよ。それじゃあ、次だね」


 一連の動作を三十分ほど繰り返した頃だろうか。すぐ横で、白翅の様子を眺めていた翠が、パチンパチンと両手を軽く鳴らした。

 うん、と軽く頷いて白翅はその場から立ち上がる。

 手ごろな椅子が無かったので、その場で腰を下ろして、膝を抱えるようにして説明を聞いていたため、ショートパンツのヒップのあたりが少し痛い。

 二人で、射撃レーンの前に置かれたブースの中に入ると、早速さっそく翠が解説を始めた。


「それじゃあ、一番大切な、銃の撃ち方を説明するね」


 白翅は頷いた。そして、両耳に翠から受け取ったイヤープロテクターを装着する。

 翠曰く、これが射撃練習には必須らしい。訓練とはいえ、銃撃音を聞き続けることはやはり耳に悪影響を及ぼすのだという。その防止のためだそうだ。


「よく見ててね……あ、ちょっと後ろに下がって」

「……うん」


 翠は、太腿に括り付けたホルスターから、自分の拳銃ハンドガンを取り出した。

  SIG P226自動拳銃オートマチック


 白翅はそれに見覚えがあった。廃工場の事件の時、彼女が使っていた銃だ。

 小柄な先輩は、流れるような動きで、翠が弾倉を装填し、スライドを引いて発射可能な状態に持っていく。そして、右手でグリップを保持したまま、反対の手で、右手の親指以外を包むようにしっかりと握った。


「こうやって持って……。ちょうど、地面と平行に伸ばした左手の親指に、右手の親指が乗るように添えるといいよ。後は、腕を伸ばします」


 隙間なく、しっかりと掌が添えられた銃は、安定した状態で真っ直ぐに前方へ向いていく。


「これが握り方の基本です。他にもあるけど、基本的には私達はこう習っています」

「うん」

「次は、射撃姿勢をとるよ。私がやるから、見て真似してね。まず、腕を上げます」


 こう、と言いながら、銃を持った両手を右目の高さに持ち上げ、銃口を標的ターゲットに向けて突き伸ばしてみせた。

 そうして、僅かに肩の力を抜いて、両の腕を緩める。


「次に、両脚を開きます。前に片足を出して……」


 翠の華奢で、細くも優美な左右の脚が、肩幅よりやや広めに開かれた。左脚が僅かに前に進み出て、地面を靴底で強く踏むと同時に、軽く膝のあたりで曲げられる。そして、右脚を少し下げて、踏ん張るようにしてバランスをとった。


「この体勢のまま、お腹に力を入れて、お尻を後ろに引くようにすると……」


 翠は、腰から上をやや前に向けて傾けた。

 ターゲットに正面からしっかりと向けられた銃身は、空中で見えない何かに挟まれて固定されているかのように微動だにしない。


「これで完成です」


 やってみて、と促され、白翅は頷く。両腕を突き出して構えてみたものの、なかなか力の抜き方が難しい。


「腕を前に突き出す時の力と、だいたい同じ力かけてみるといいよ。ちょっと触るね?」

「うん」


 翠が白翅の肘に触れ、小さな掌から、温かい体温が伝わる。手を腕に添えてもらいながら、何度か試しているうちに、翠の見本に殆ど同じ曲げ方ができるようになった。


「うん。構えの基本はこれで大丈夫。あと何回かやります」


 形を覚えるまで何回も。

 繰り返すうちに、翠自身も何度か同じフォームをとってみせ、白翅の姿勢と比較していた。


「……何してるの?」

「自分で教えてると、自分でやるのとは勝手が違うから、合ってるかな、って確かめてるの。でもこの分だと心配ないみたい」

「……良かった」

「それにしても。白翅さん、上手だねえ。ナイフもすごいけど、銃のフォームも安定が早いし……。すっごく器用なんだね」


 感心したような口調で、翠が生徒白翅を誉めた。

……白翅としては、翠の滑らかな銃の扱い方の方が、もっとうまく感じられるのだが。


「……そんなわけじゃないよ」


 格別自分を器用だと思ったことはない。

 何か精巧な工作が作れるわけでもないし、絵が上手なわけでもなかった。どちらの成績も標準レベルで、取り立てて褒められたことは一度もなかった。


「よし。姿勢と構え方はこれで大丈夫。次は撃ち方です。いったん構えを解いてもいいよ」


 白翅が言葉に従い、銃口を下げた。


「では、照準を合わせます」


 銃を持った腕を上げて、目線に照星を合わせた。


「こんな風にしてください。これは少し離れた所から、正確に相手を狙い撃つ時の撃ち方です。ただ、いざ戦闘に突入すると、いちいちこんな風に構えてる暇は無くなっちゃうから、その時はまた違うポイント射撃っていう撃ち方に切り替えるんだけど……これは後からまた教えるね。白翅さん、今持ってる銃を標的に向けてもらえる?」

「……うん」


 白翅は、翠が見せた見本と同じ動きで銃を構え、二十五メートル先の人型のターゲットに銃口を向ける。

 横目で白翅の動きを確認しつつ、ちなみに、と翠が補足する。


「これ大事な事だけど、訓練と実戦以外の時には、絶対に銃口を他人に向けないこと。何のはずみで暴発するかわからないし、弾が残ってるかもしれないから」


 大事なマナーだよ。と翠は人差し指を立てる。白翅は頷いた。そもそもふざけて実銃の銃口を人に向けるという感覚がよく理解できなかったが、それで事故が起こったケースがあるのかもしれない。


 いずれにしろ、仲間内で銃を向ける事なんて無い方が良いに決まっていた。

 実際に銃口を突きつけられた身として、白翅は強くそう思う。あの悪意を持った、銃口。

 自分達が使う拳銃よりも、もっと殺傷力の高いもの。

 そしてそれで傷つけられないためにも。やはり撃つすべは必要だ。自分達は、もっと危険なもの達と戦おうとしているのだから。

 眼の高さに合わせた照星の彼方に、人型の中央に描かれた黒い円を、同心円が何重にも取り囲んだようなデザインの標的ターゲットが設置されていた。


「いま、はっきり標的が見えてる?」

「うん……?そうだね」

「それなら、照星の方を見つめてみて。視線を移し替えるみたいに、注意を集中させて」

「あ……」


 言われたとおりに、目線の集中する先を変えると、右目効き目の視界の中で、標的の姿がぼやけて見えるようになった。


「……はっきりと、見えない」

「一応、これで照準が合った形になってるの。照星サイトの真っ直ぐ先にちゃんと銃弾は当たるようになってるから。標的がはっきり見えていても、ちゃんと照星で狙えてるか確認できないの」

「……そうなんだ」


 やはり、はっきりと見えているよりも心許ない気がする。


「照準を合わせる前に、できるだけ正確に銃口を向けないと、上手く当たらないから、とりあえずこうしてね」

「ふうん……」


 ただ、ぼやけていても、見えなくなるわけではない。その状態でもしっかり狙えるように訓練すれば、出来ないことはないかもしれない。視力はかなり良い方だ。


「最後に、引鉄トリガーの扱いだけど……。撃つ時に、思いっきり絞ったらダメ。りきむと狙いがブレるからね。銃身がブレないように撃つ。力を入れすぎないように、最初に弱く指をかけて、真っ直ぐ後ろに押すように引っ張ります。そして、撃つ時は躰を動かさないように、なるべく呼吸を止めること」

「……わかった」


 やってみるね、と言いながら翠が的に目を向けた。


 そして、一瞬後いっしゅんごに動いた。

 立射姿勢をとり、的めがけて、ゆっくりと白翅は見やすいように速度を落として構える。

 綺麗な構えだった。幼い外見に似合わないくらい、熟練された無駄のない動き。翠が、軽く息を吸う。

 静かに呼吸を止める気配が伝わってくる。白魚のようなしなやかな指が引鉄にかかった。

 激しい炸裂音が轟き、イヤーマフに突き刺さった。二発ずつ撃っては、ほんのわずかに間隔を開けながら、引鉄を引き続ける。次々と飛び出した薬莢が、地面に転がり落ちた。連射を受けたブルズアイターゲットが、みるみる穿たれていく。


 空になった弾倉が排出され、それを翠の左手が受けとめた。

 銃身を下げ、翠がふうっと息を吸い込む。

 全弾命中。弾丸が集中したのか、その標的の中央部分には大穴が空いていた。


「こんな感じだよ」

「……さっき、二発ずつ撃ってた?ああしたほうが、いいの?」

「うん。一発だけ撃つより、確実に相手を止められるから。あと、連続で撃つことで、銃身の跳ね上がりを抑えることができるんだよ」

「わかった……次はわたしの番だね」

「がんばって!それと!息を止めた後は、苦しくなる前に撃ってね!」


 翠の話を思い出して、先ほどじっくり見ていた動きを思い出す。それを自分の身体にトレースするように、少しずつ身体を動かして構えて、狙いをつける。

 照星に目線を合わせた。銃身をまっすぐ標的に向ける。息を止めた。

 そしてその瞬間、引鉄を引き絞り、撃った。


 鋭利な炸裂音が重く、激しく鳴り響き、銃弾が撃ち出された。

 白翅の手の中でわずかに銃身が跳ね上がるが、反動に臆すること無く、狙いたい箇所に照準が合った刹那、引鉄に力を乗せる。

 人型の両手両足、胸、頭に二発ずつ、順番にできるだけ素早く狙いをつけ、確実に撃ち込んでいく。二十五メートルの虚空を裂いた銃弾が、間断なく標的を貫いていった。

 つん、と濃い火薬の匂いが鼻を突き、薬莢が先を競おうとするかのように飛び出し、床に跳ね返って音を鳴らす。

  K100の四十口径モデルは、全弾十二発。残弾は、あと四発。


 白翅は指を休めることなく、同心円上に記されたサイティングスポットを、余った弾丸で狙い撃つ。

 ついに全弾を撃ち尽くしたK100が、轟音を吐き出すのを止め、スライドを後退させて休止状態になる。

 排出された弾倉を、そっと手を添えて握る。


「……!」


 翠が息を呑み、つぶらな大きな眼に、驚きを浮かべて標的を見つめている。

 放たれた銃弾は、狙い通りの場所に、二発ずつめり込んでいた。

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