第七話 常人には向かない職業 case5

 無人販売所で買ったジュースを翠と飲み終えて、少し語らった後、主要な教室がある棟を離れて、少し離れた別の棟に向かって歩いていく。


 森林に囲まれた訓練施設の中は驚くほど静かだった。

 時刻も午後五時を過ぎている。おそらく、ほとんどの人員は帰ってしまったのだろう。

 外見以上に広い建物らしく、他の棟の建物に隠れて見えないものの、訓練施設の敷地にはまだまだ奥行があった。

 しばらく歩き続け、目的の棟にたどり着くと、翠は正面の扉を開けて入っていく。

 幅広い廊下を抜けて、その先へ。

 やがて二人の目の前に、重厚な雰囲気の大きな鉄の扉が現れた。


「ここだよ。ちょっと待ってね」


 言いながら、翠が扉のすぐ横に取り付けられた機器に、セキュリティコードを素早く打ち込んでいく。ピー、という音がして、ロックが解除された。

 先に入室した翠が電灯を点ける。後を追って、白翅も中に入った。

 建物の構造ゆえか、あるいは緊張のためか、一段と空気が冷たく感じられた。


 内部に足を踏み入れると同時に、闇に覆われていた部屋の様子が明らかになった。

 そこは、広々とした屋内射撃場だった。

 幅一メートルほどのブースが、パーテーションで仕切られ、全部で十二個。

 見上げると、吹き抜けのフロアの高い天井近くに、こちらを見下ろせる小さな部屋のようなスペースが作られていた。窓の代わりに、分厚い防弾ガラスが取りつけられている。そこに、見覚えのある姿を見つけた。黒い背広にパンツスーツの百七十センチを超える背丈の女性。こちらの姿を見つけた不破が、無言でガラスの向こうへ姿を消した。


 翠が、真ん中のブースに白翅をいざない、並ぶように立った。

 視界の先に直線の射撃レーンが設置されており、その最奥に人型を描いた標的が、天井近くのハンガーから、ぶら下がるようにして設置されていた。距離にして二十五メートル。

 そして、目の前に置いてある木製のデスクの上にはヘッドフォンのような形のイヤーマフが置かれていた。


「それじゃあ」


 翠がやや大きめに声を張った。


「今から白翅さんには、銃の使い方を覚えてもらいます」


 甘さを含んだ声で告げられた内容は、硝煙の匂いを孕んでいた。


「……わかった」


 なんとなく予感はしていた。以前、廃工場の戦闘の時に、翠達は銃で武装していた。それに、非公式とはいえ、警察の組織に属するのだから、当然、装備として銃は支給されるだろう。そして、翠達がそれを使いこなしているということは、どこかで訓練を受けたということだ。そして、今がその時、ということなのだろう。


 翠曰く、どのような攻撃に出てくるか分からない異誕を相手にする際は、なるべき距離をこちらから詰めずに戦うに越したことは無い。その際に必要とされるのが飛び道具だった。

 そのため、特務分室に所属するメンバーにとって、銃火器を使いこなすことは必須となっているのだという。

 やがて、不破が白翅達が入ってきたのとは別の出入り口から現れた。


「私も立ち会おう。といっても大したことはしないが」


 不破が言うには、正式な職員とはいえ、子供である翠に一人で銃器の訓練を投げっぱなしにするのは色々と問題があるらしい。そのため、形だけでも様子見をすることになっているようだ。


「とはいえ、安心してほしい。翠の腕前は相当なものだ。なにしろ、彼女の射撃成績に叶うSAT隊員は今のところ現れていない。分室の部隊の中でも、彼女がトップだ」

「……すごい」


 警察組織には全然詳しくない白翅だが、椿姫の講義の一部で、ちらっと解説されていた。SATは、正式には特殊急襲部隊と言って、ハイジャックや立てこもり事件などの凶悪犯罪に対処するために設立された特殊部隊なのだという。

 しかし、それだけでなく、秘匿性の高い事件に戦力としての役割を期待され、対応することもあるのだという。


『異誕事件』もそのうちの一つだ。主に、分室をバックアップしてくれる存在なのだと椿姫は言っていた。

 現時点で警察が保有する最強の部隊であり、当然、高度な訓練を受けているのだろう。それを超える成績を持つということは、銃を扱ったことのない白翅にはレベルが高く、想像し辛いものがあった。照れた翠が、恥ずかしそうに微笑んだ。


「ほめ過ぎですよ。不破さんだってすごいのに」

「事実だよ。それに、私の技術はSAT隊員には劣る。というわけでだ。お手並みを拝見するぞ、翠先生」


 不破が部屋の奥の壁際に向かってヒールを鳴らして歩き出した。

 任せてください、と答え、翠がその後ろを付いていく。二人が歩いていく先には、両開きのドアがあり、固く施錠されていた。

 不破が鍵を開け、三人は同時に中に入る。


 そこにはいくつものロッカー状の背の高いケースが設置されており、沢山の拳銃や、ライフル銃、そして機関銃のようなものまでが飾るようにして並べられていた。

 不破が付いて来たのはこのためでもあったらしく、翠一人だけだとこの銃器置き場には立ち入らせてもらえないのだという。

 そのうちの一つ、拳銃とホルスターがいくつも並べられているガンロッカーに、翠が歩み寄る。


「四十口径はこっちだよね……白翅さん」

「?」


 翠の指差した先────並んだ拳銃ハンドガンに瞳を向ける。いろんな形に、サイズの拳銃。あまり見ないテレビでも、ちらっとしか見たことの無い拳銃。


「ここにあるのは、操作がそんなに難しくない銃なの。好きなのを選んでみて」


 何かを誘うような視線をこちらに翠が向けてきた。鮮やかな緑の瞳が自分の視線とぶつかる。


「…………」


 無心で、銃たちに視線を向けてみる。素人目には違いがよくわからない。


「君が選んであげた方がいいんじゃないか」


 何気ない調子で、不破が口をはさむ。


「やっぱり、こういうのは自分が気に入ったのを選ぶ方がいいと思うんです。私も、この子は自分で選びましたから」


 そう言って、翠が自分のスカートから覗いている太腿のホルスターに手を当てた。

 二人の話を小耳にはさみながらも、白翅は視線で銃を吟味していく。なんとなく気に入ったもの。一体どれがいいのだろう。ふと、並ぶ銃の一つに注意を惹かれ、ラックに近づいていった。


「…………これがいい」


 そっと、その拳銃を両手に取る。あまり重くなく、手触りも固すぎず、銃自体は二十センチ近くと大きいものの、白翅の感覚ではなんとなく手軽そうな印象の銃だった。   

 濃いグレーのような色をしており、銃身には二重丸のようなマークと、K100という文字が刻まれている。

 不破がほう、と声を漏らす。


「変わったのを選んだな。そいつは、いい銃らしいがあまりメジャーじゃないんだ。私も使ったことが無い。このロッカーの中で、誰にも使われたことがないものだろう」

「あ、K100だ。これと同じのを使った事あります。使い方覚えてるから、これなら教えれるかも」


 ちょっと貸して、と言って翠が手触りを確かめてから、白翅に逆手に持ってそれを返した。

 グランド・パワーモデルK100。それがこの銃の名前だった。

不破によると、主にスロバキアのあたりで警察の特殊部隊が使用するのだという。口径は四十口径。

 軽く感じたのは、フレームが強化されたプラスチックで作られているかららしい。


「よし、じゃあ急ごう!」


 翠達は来た道を戻り始めた。


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