第七話 常人には向かない職業 case1
盾冬怜理の葬儀はしめやかに執り行われた。
ひっそりとした会場の、小さな花祭壇に、飾られた笑顔の遺影。運ばれるべき棺は存在しない。
そこに、翠と椿姫と茶花が参列した。まだ正式なメンバーとして数えられていない白翅は今、不破と共に外で待っている。不破は後で参列してくれるらしい。
『彼女は、私のような人間にとってはありがたい、数少ない友人だった。だからこそ、一人で悼ませてほしい』
白翅の警備という意図もあるのだろうが、不破は確かにそう言ったのだ。
遺言状には簡単に、葬儀には身内を呼ぶ事なく、仲間内だけで済ませて欲しいと記してあった。
奇妙な弔いだった。
「後は来たいものだけ。ただし、大人数は不可」と。
彼女は本当の家族にも、警察内の身内にも葬儀の場で出会いたくはなかったのだろう。
気さくな人だったけど、大勢の人に構われるのは苦手な人。翠はそう感じていた。
彼女は本当に楽しくなれる人とだけ一緒にいたかったのだ。
自分がそのうちの一人であるという事実が嬉しかった。けれど、喜びは感じなかった。
師の意外に閉鎖的な面が顔を覗かせた事への感慨よりも、自分や椿姫、茶花を家族も同然とみなしてくれていた事への喜びの方が優っていた。
当然だ。彼女はその家族を残していってしまったのだから。
怜理にとっては縁がある人達であることには間違いが無いのだから、連絡だけでもと、身内として怜理の実家に電話もしたが、相手はひどく気が進まない様子だった。
しわがれた声の男性だった。怜理の実兄。長野県の地方銀行の頭取だった。悲しんでいる様子は全く感じられず、ただ自分は妹と違って忙しいと何度も繰り返していた。翠はいたたまれなくなって電話を切った。
怜理を悼む気持ちが更に強くなった。彼女は以前から実家で、身内との関係が悪かったことはたまに話してくれていた。そのたびに怜理は大したじゃない、と笑っていたけれど、翠はそんな怜理にもの寂しさを感じていた。そして、同時に逞しさを感じてもいたのだ。自分であれば、きっと笑い飛ばせなかっただろうからだ。
終わりなんて感じさせない、自分がこの世を去ることなんて考えもしていない、そんな人だった。
だからこそ、彼女が神妙な面持ちで遺言状に書くべき長文や残していくメッセージをしたためている様子は想像することもできなかったし、それは 本人が一番考えの及ばないことだったはずだ。
が、遺言状に書く文言を決めあぐねた挙句、困り顔になっている様子だけは不思議と目に浮かんだ。
翠はくすり、と笑みを浮かべようとした。代わりに浮かんだのは瞳の涙だった。目を袖で拭い、声を飲み込んだ。
「死んだ人の視点はどこまで広がるのでしょうか」
普段は何があってもカエルの面に水と言った様子の茶花も、声音は消沈の色に染まっている。
どういうことよ?と側に立つ椿姫が応える。声が少し掠れていた。
「よくお空から見守っています、と言いますよね。あの死んでしまった人達はどこまで見通せるのでしょう。空、つまり天からだから、太陽と同じくらい?」
太陽は出ていなかった。分厚い雲に覆い隠されてしまっている。
「あの人達……今回の事件で亡くなった隊員さん達は気づいたでしょうか。茶花達がいない事に。それとも、参列してもしなくても大して変わらないのでしょうか?」
翠達の存在は、『非公開職員』として警察の中では存在を認められていない。したがって、今回の事件で殉職した警官達の葬儀の場へ参列する事は許可されていなかった。
「分からないわ。けれど、分からなくていいの。そんなこと。ずっと後でいいでしょう」
もし天へと昇って行ってしまったのなら、怜理さんは私達の姿が見えているだろうと、翠は思った。それとも、もう空に昇っていってしまってるから見えない?高すぎる場所から私達の姿は見えているのだろうか。
「お葬式の場に、知り合いが沢山いればいるほど死んだ人は嬉しいのなら、私達はひどいことをしたことになりますね。隊員さん達に」
「あまり変わらないんじゃないかしら」
なんとか口を開いた翠に、椿姫そう答え、案じるような視線を翠にくれた。
「どちらかというと、私達の方が必要としてるから。お別れなら」
殉職した警察官はSATを含めて四十一名に昇った。
検問の所轄署の警官達。増援のSAT隊員達。そして、翠達分室のメンバー達を援護してくれるはずだった同じくSATの狙撃班。彼らはグレネードの攻撃を受けて死亡していた。
本来見る必要の無い死亡者の写真が付いたリストを、翠達は見せてもらっていた。
生き残った者としての戒めのためだ。
守るべき人々を守ることが出来なかったことに対しての。
リストの中には、翠が顔を見たことのある者が複数いた。
言葉を交わした事はなかったが。それでも、たしかに存在していたのだ。
空の彼方で雲が群れを成しはじめ、辺りはどんどん暗くなる。やがて降り出した驟雨が、地上の全てを水で覆い始めた。
それはまるで、翠たちの無力さを責めるかのように降り注いでいた。
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