第六話 名も無き末裔 case28

「組織に入る以上、適材適所は世の常だからね。あとは本人の希望。で、一応聞き直すけど……」

「翠ちゃん、分室ウチに入りたいんだって?なんで?」


 それは、両親が亡くなって行く場所が無くて、しばらく面倒を見てあげていた頃のことだった。


「私を、あなた達と同じところで働かせてください」


 そう懇願する翠は、眼にうっすらと涙を溜めて、小さな躰に悲壮感すら漂わせていた。

 自分のように苦しんでいる人を減らしたい。化物と戦う手数が増えれば、少しでも役に立つかもしれない。少しでも負担が減ればいい。翠はそう言ってアタシにお願いした。


「なに、恩返しならしていらないよ」

「……それだけじゃないんです。」

「……言ってみな」

「私……化物に苦しめられる人を少しでも減らしたいと思ってるんです。私みたいに、奪われる人を」


 取り返しのつかないものを奪われる人がいることも。

 同じような苦しみを味わって挙句の果てに命までも奪われる人がいるということも。彼女は許容できなかったのだ。被害に遭った人達も、今の翠の心中も、かぎりなく同じなのだから。


「それなら、それから先にその化け物が奪うはずの命だって救えます」


 早く倒せば倒すほど、未来の命を救う事ができる。自分と同じ苦しみを味わう人を見て見ぬふりすることはできない。


 もし自分がもっと強ければ、両親が殺されることもなかったはずだ。

 パパとママより先に、あの化物を倒せていれば。


 「私がなんとかできなかったせいで、両親は殺されたんです」


 翠はただ、化物共が、のうのうと犠牲者達の苦しみを踏みつけにして生き続ける事が許せなかった。 


 「私は運良く助かったけど、助からない人だって、いますよね…………?」

 

 そして、自分と同じように、いやそれ以上に苦しむ人を減らしたい。自分が戦えたら、少しは不幸も減るだろう。そう思ったのだという。

 あどけない女の子があどけない声で、青いことを懸命に訴えてきていた。そして、それに共感してしまう自分がいた。


「あのまま殺されていたらきっと、きっとそれ以上に辛いことなんてないと思います。そして殆どの人がそう、ですよね?私はただ運が良かっただけ」


 命を奪われる事以上に辛い事なんてないはずだから。何もかも取り上げられるのだから。

 死んでしまったら、立ち上がる事もできないはずだから。


 「ほとんどの人がただ殺されていく。私よりももっと辛く。

 それを考えると……すごく辛いんです。少しでも、なんとかしてあげたいんです」


 そして、この時にもうすでに翠は泣き出してしまっていた。

 アタシは手を差し伸べて、思わず抱き寄せた。親でもないのに。アタシみたいな人間、いやアタシみたいな存在は親に向いていないはずなのに。泣きじゃくる翠をなだめて、頭を撫でた。


「分かったよ。上層部に掛け合ってみる」


 そう答えるのがやっとだった。私とは違う動機。違う存在だから当たり前か。でも、私よりかはずっと立派な動機だった。羨ましいくらい眩しくて、綺麗だった。憎悪や復讐とも違う何か。それを翠は持っていた。


「あたしたちが戦うのがただの泥棒や人殺しじゃあオーバーキルでしょう?化物には同類が対抗しやすいのは確かだねえ」


 どうせならこんな自分にしかできないことをやってやろう、この仕事を始めた時、そんなことを思っていた。化物が化物らしく大人おとなしく縮こまって生きるなんてとんでもない。


 活躍するたびに、誇らしげな気持ちを、遠く彼方の故郷の人々へと向けた。

 どうだ、こんなにおまえ達が疎んできたモノを。私は役に立てている。お前達が必要ないといったモノをだ。アタシの氷を操る能力。これに感謝する人たちがいる。警察が、今にも化物に傷つけられそうな人々が、アタシを必要としている。

 こんなアタシでも役立てれる。誰かを助けれるんだ。

 だからお前達になんか、必要とされなくたっていいんだ。アタシがおまえ達をもう必要としないように。

 アタシは必要のないものなんかじゃないんだ。


(もっとずっと、先の事だと思ってたのにな……)


 気が遠くなっていく。目の前が真っ白だ。アタシの視界には何も映っていない。

 昔ふと、いくつか考えた事があった。子供の時から浮かんでは沈んでを繰り返した自問。そして頭の中を血流に乗って漂い続ける自答。


 この仕事は化物自分達に関わる仕事だ。それならいずれ、化物として生まれてしまったがゆえに、何も悪くないのに一人ぼっちになってしまった化物に出会うときが来るかもしれないと。そんなケースがどれだけあるかはわからないけれど。 


 ただ一つ言えるのは、そいつなりその子なりその人なりとは、きっと気が合いそうだという事。


 そしてもう一つは願望。もし、その相手が、どうしようもなく苦しんでいたり、傷つけられようとしていたらきっとアタシは、アタシはきっと。


 その子のことを、助けずにはいられなくなってしまうのだろう。


(そうだ……アタシはずっと昔から私みたいな人を助けたかったんだ。アタシがアタシを助けたかったんだ)


 だけど、結局、こんなことになってしまった。

 ごめんね、アタシはダメな師匠だったよ。翠を悲しませないことが出来なかったよ。

 分室の一員として生きて。最初の椿鬼つばきが逝って、次の椿貴つばきを見送って。その次の椿姫つばきの面倒を見た。そして、翠と出会った。そして、そして。今度はもう自分がお別れしなくちゃいけなくなっている。出会ってきた全ての人と。



  翠、椿姫、茶花、みんな。ごめんね。




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