第五話 名も無き末裔 case24

 窓を破って入ってきた男達が一斉に銃を構える。

全員が両目に暗視スコープを装着し、鍛え上げられたがっしりとした身体つきをしていた。

 翠は思考するよりも先に引鉄を絞り、そのままSG552で銃撃しながら後退する。


 同時に、侵入者達の銃から雨あられと銃弾が浴びせられた。

次の瞬間、激しい音を立てながら弾かれた銃弾が工場内のあちこちで跳ね回り、壁や、壁際のラックを粉砕して破片を撒き散らす。

 怜理が氷の盾を生成し、全て防ぎきったのだ。

 近くに立っていた椿姫も、半球状の防壁を魔力で作り上げ、茶花を攻撃から守っていた。


 来る翠は空いた手で、腰の後ろに取りつけたフラッシュバンを取り外し、ピンを口で引き抜くと、敵の隊列の中央へと力一杯投擲した。ほぼ同時に、茶花が追加のフラッシュバンを叩き込む。

 迸る閃光が、闇を白く裂いた。


「散開!」


 怜理の鋭い声が響くと共に、全員がその場退避する。

 総員が、距離を開けつつも矢形の陣形を組み、敵の隊列と真っ向から対峙した。


再び室内が闇に閉ざされると共に、黒い鎖が八本、空を裂いて飛来する。その先端は、まるでさそりの尻尾のように、銛状に尖っていた。鎖は加速しつつも自在に動き、翠達を捕捉せんと迫り来る。

翠達が四方に散って躱すと、外れた鎖が鉄骨にぶつかり、甲高い音を立てて弾き返った。


更なる攻撃を受けまいと横に飛びながら、翠は牽制の銃撃を放つ。向かいくる鎖へ、銃弾と氷柱、炎の反撃が加えられた。

 しばし応酬が続いた後、翠は急速に強まる同族の気配を感じとった。


「みんな、前方に注意!」


 人型の何かが、ものすごい勢いで窓から工場の中に飛び込んでくる。

怜理が正面から襲い来る鎖に氷柱をぶつけて強引に軌道をそらし、攻撃を防ぐ。僅かな隙を逃さず支柱の陰に飛び込んだ翠は、腰を落とし、敵影めがけて銃撃を叩きつけた。

 バースト射撃で放たれた強装弾を、飛び込んできた黒い影は同じく支柱の陰に隠れることでやり過ごした。


「何ガードしてんだよ!」


 どことなくおかしな発音で、柱の陰から相手が吠えるように叫んだ。

 息を殺している翠に焦れたように、敵は物陰から僅かに躰を出すと、鎖を一本、乱暴に投げつけてきた。 

 翠がそれに気を取られた直後、隙をつくように他の七本の鎖が怜理に襲いかかる。


「わたしが嫌いらしいな!」

が嫌いだ。死ね‼︎半端もん共』


 怜理は氷盾を展開し、止むことの無い攻撃をやり過ごしている。翠は向かいくる鎖を銃弾で引きちぎり、追加で放たれた鎖めがけて空間を切り取るように銃弾を浴びせ、それ以上の追撃を許さない。

 仲間の膠着を察知した兵士達が、四人の特殊部隊員に援護射撃を開始する。


「翠。あの兵隊どもから片付けようか?椿姫、茶花は援護を頼む」

「いけます!」

『了解』

『武運を』


 怜理の声に応え、翠は正面に構えた銃から、再びバースト射撃を開始した。

 追加で放たれた幾本もの鎖の刺突を躱しながら、翠は二本目のフラッシュバンを投げつけた。轟音が巻き起こる。兵士たちが次々に遮蔽に飛び込む姿が影となって視界に映し出された。

 不意に、悪寒が背筋を舐めていく。強い気配が、ものすごい速さで接近してくる。


「六時方向!注意!」


 地が割れるが如く破砕音が、翠の警告をかき消した。身の丈が優に三メートル以上はある怪物が、翠達のずっと背後の壁を体当たりで突き破って姿を現した。


『ゴアアア……!』

「なっ!」

「うっ?」


 巨獣はそのまま、椿姫たちに迫って猛然と攻撃を仕掛けてきた。

 顔には四つの眼が横に並んで付いている。獰猛な口からのぞく牙はまるで剣のようだ。


『ゴアああああああああああ!!』


 咆哮と共に爪を振りかざして、椿姫をその先で捉えようとする。茶花が大鎌を構えて迎え撃つ。椿姫の放つ魔術の炎と交錯の火花が飛び交う。

 不意に、白翅から聞いた話を思い出した。彼女の家が襲撃された、あの土砂降りの日に何があったのかを。現れた浅黒い肌の女と四つ目の怪物。まぎれもなく、こいつらがそれなのだ。


「行きます!」


 隙を突くようにして放たれた銃撃を、ジグザグに走て躱す。

 作業場を同心円上に取り囲む柱の陰から陰へと、弾幕を張りつつ全身移動する。高速で三つ先の柱に移動。迎撃のために、倒れたラックの陰から身を乗り出した兵士が、あまりの速さに弾を当てられず、たじろぎながら方向転換する。再び放たれた弾丸は外れ、斜め前の鉄柱に撃ち込まれた。

 攻撃を外したことで隙を見せた兵士の喉元に、速射を叩き込む。血が飛び散り、アーマーを着た身体が床に激しく衝突する。


『ゲハッ……!』


 確かな手ごたえを感じる。さっきまで戦っていた楠原とは違う、生身のヒトを撃った手ごたえ。翠は銃を使って生きている。生物をそれで殺している。異誕も、そうでないものも。今はそうでないものを殺したのだ。そして、それは別にこれが最初というわけではなかった。けれど、やはり、いつもと違う手応えだった。


 翠が来るのを待ち伏せて、弾丸を撃ち込もうとした兵士が素早く引鉄に指を掛けた。

 しかし、その前に飛来した氷槍が銃身を一撃し、銃は吹き飛ばされ、火を噴いた銃口は見当違いの方向に弾を放った。

 間髪入れず二本の氷柱が、防弾アーマーを装着した胸を串刺しにする。

 怜理が鎖を躱し、物陰に移動しながら援護してくれていた。


 続けて柱の陰から撃ってくる敵を、身を隠す直前で、しゃがみながら弾丸を撃ち込む。

 逸れた敵弾が、跳ね返ってあちこちで衝突音を立てた。

 よろめきつつも兵士は銃を構えるが、更にたて続けに弾丸を胸に打ち込んだ。すぐに再び身を隠す。ガシャン、と重い転倒音が聞こえてきた。


「無事⁉」


 怜里がこちらに走りながら、片手を横に突き出し、氷柱を飛ばした。床を這って銃を構え、様子を伺っていた兵士の眉間に氷柱が突き刺さり、ガクンと首が後ろに折れ曲がる。

 一番奥にいた兵士が、弾幕を放ちながら物陰から出ると同時に、何かが空を裂いてこちらに飛んでくる。


「おっと!」


 怜理が顔を飛来してくるグレネードに向け、口から冷気を吹きかける、一瞬で白く凍り付いたグレネードが、空中で舞い、地面に転がった。怜理がSR16による制圧射撃を、手を休めることなく繰り出して畳みかける。

 驚愕する兵士の腹部に弾丸と氷の槍が突き刺さり、吹き飛ばされた男は後ろの柱にぶつかり、そのまま動かなくなる。銃弾をばらまきながら疾走してくる兵士の攻撃を、前方に身を投げ出して一回転して避けると、躰の左横を床に着けたまま応射し、そいつの頭をヘルメットごと吹き飛ばした。


 その死体の横を黒い鎖が通過したかと思うと、翠の身体から一番近い柱に触手のように巻き付いた。そして、それがまるでワイヤーのように巻き取られ、その勢いを利用して、黒い影がこちらに空を切り裂いて突っ込んでくる。翠は銃身を動かし、影めがけて空間ごと狙うように射撃を続けた。


(狙いが付けられない……)


 黒い鎖が何本も同時に投げつけられた。速い。横に跳んで躱す。翠と位置を入れ替えるように、怜理が前に飛び出すと、氷の盾を展開して鎖を弾いた。

 ライフル弾と飛んでくる氷の槍を、野生の猛獣じみた俊敏な動きで、柱を蹴り、時には伏せつつその影は攻撃を続けていた。足元を狙って飛ばされた細い氷柱が、敵が手首を回した途端、吹き飛ばされた。相手の掌には、黒い鎖がそこから生えてきたかのように、いつの間にか握りこまれていた。


「粘るな!」

『お前はしつけえ!』


 大きな舌打ちを漏らして、異国の言葉で罵倒が飛ぶ。

 一瞬、攻撃の合間に相手の動きが止まった瞬間、はっきりと相手の姿を認識することができた。


 浅黒く、ワイルドさを感じる若々しい肌。左右で大きさの違う目。右の二重瞼の方が見開かれ、一重瞼は細くなってこちらを睨んでいる。長い黒髪を後ろ頭で三つ編みにして括っていた。

 無駄のない、凹凸の少ない肉体。それを暗色の迷彩服が覆っていた。他に装備は持っていないようだ。身長は椿姫よりも少し低いくらいだろうか。彫りが深い顔を、やせぎすの頬と、ぎらぎらと欲求不満そうな目つきが鬼気迫るものに仕立てていた。その輝きとは裏腹の闇色の瞳がこちらを油断なく見据えている。


 その背中からは、黒い霧のようなものが噴き出しているのが辛うじて見て取れた。 

 八本の鎖はそこから伸びていた。

 伸縮自在の鎖。それを精製する能力。戦闘の様子を見ていると、自由に取り外して片手に持って武器にすることもできるらしい。


『ウウウウウウウウウウ‼』


 支柱を次々に蹴りながら、大きな影が褐色の肌の女の近くに軽やかな動きで降り立った。

 工場の広いフロアの中央近くに、敵味方共に陣形が集中していく。

 身を切られるような緊迫感に、全身の産毛が逆立った。

 三つ編みの女と四つ目の巨大な獣から、違和感のような不気味な気配が漂ってくる。澱んだそれは、明確な悪意となって分室の特殊部隊を直撃する。


『手こずってんじゃねえよミミ』

『リヨンも防がれたじゃーん』


 おどけた口調で二足歩行の獣が応えた。

 獣の口からざらついた声が出る。性別すらはっきりしない。発声器官はどこに有ってどう働いているのか、翠には見当もつかない。ここまで人外じみた外見の異誕生物が、人語を解するという前例を、翠達は知らなかった。その相手がなおも言葉を紡ぐ。


『怖い?背え向けて逃げたら?』


 エコーがかかったようなその声は、獣の周りの空間から聞こえてくるかのように思われた。


「ふざけないで!」


 翠は尖った声を放つ。目の前の連中の正体がはっきりと分かったからこそ、激情が沸き起こってくる。こいつらが白翅の家を襲った。ただそこで暮らしていただけの女の子を。こいつらにしか分からない理由で。


「どこの動物園の住人だよアンタ。隣の三つ編みは監視員かい?」


 怜理が皮肉を浴びせる。

 空気が凍りつく音がした。緊張が張り詰める。


「不破さん?不破さん?」


 翠が無線で異常を伝えようとする。


『把握した。もうすぐ援軍が到着する!それから、。』


 インカムの向こうから不破の硬い声が聞こえてきた。


「あたしが伝えたわ」


 すぐ後ろから椿姫が応え、右腕を前に出し、関節を左手で抑えて固定した。

 茶花が大鎌を携えて、瞬きもせずに相手を見つめている。


「あの女どこだよ?知ってんだろ?」


 急に三つ編みの女が激昂し吠え叫んだ。


「誰のことか言ってみな。あんたの生き別れのお袋さんとか?」

「ああ?いねえよンなもん。親なら、犬に喰わせちまった奴がいるんだよ」


 吐き捨てるように女が答えた。憎々し気に吐き捨てる、荒んだ目つきの顔はかなり若い。ひょっとしたら翠と同い年くらいなのかもしれない。


「……お子ちゃまが。反抗期のヒステリーかよ。私がやらなくても血管切れるよ」


 怜理が舌打ち混じりに毒づいた。翠があまり聞いたことのない調子の声だった。


「お前の日本語、聞き取りにくいな。当然だ、こっちは一回恥かかされてんだ。分かりやすく言ってやる!アマリシラハ!知らねえなんて言ってみろ!皆殺しにしてやる!」


 間違いない。相手はこちらの存在を知っている。理由は分からないが、自分達が白翅の事件に関与したことを。


「あなた達、やっぱり……」

『聞き分けのないヤツら。死んじゃえばいい』


 獣が呟いた。


「そいつを連れてくるように言われてんだ。邪魔する奴らがいたら皆殺しにしてでも連れてこいとよ。で、私もあんた達を皆殺しにしたい。端的に言うとクソムカついてるからだ!お前らが廃村にポリ公どもと来ていたのも知ってる。そのお前らが街をチョロチョロ調べてたのは確認してるからなァ!」


 バレている。こちらの動きが。

 おそらく、あの壊滅した集落にはバレないように小型カメラでも設置されていたのだろう。そこで警察の介入を知った。それだけではない。翠達が楠原を探し回っていたことも知っている。


 翠は楠原が脱走した病院のメインシステムがダウンしていたことを思い出した。敵はハイテクに通じている。

 警察が、防犯カメラに映っていた楠原の動きを追尾したのと同じで、こちらの動き映像を元に確かめていたのだろうか。そして、現場を調査しているメンバーの中に、廃村に現れた翠達がいることに気づいた。

 そして最後に、翠達が楠原の制圧の際に現れると推測し、楠原で消耗させてから現れた。

 なぜなら、敵は自分たちが異誕という特殊な存在であることを知っている。

 そして、それが犯罪を犯した時に、同じく特殊な存在がそれを討伐しに来ることも。 

 ならば、異誕が暴れれば、その場にその存在が現れることは予測可能だ。


「あたし達……誘い出されたんだわ……」


 椿姫が小さな声で悔しげに呻いた。

 楠原は囮だった。脱走を手引きした黒幕の本当の目的は、翠達分室のメンバーを誘い出すことだった。白翅の居場所を聞き出すために。


「何のことだか」 


 怜理が呆れたように呟いた。


「人違いして他人様ひとさまに迷惑かけるのはやめてもらえる?」

「ウゼえ、てめえらの身体に聞くよ」


 片手を上げてリヨン、と呼ばれた褐色の少女が言った。

 奥から生き残りの兵士が五人。音も無く遮蔽に身を隠しながら近づいて来ていた。

 椿姫達が振り向いた先には、新たに九人。『ミミ』の襲撃に合わせて、いつの間にかこの場所に入り込んでいたのか。二ペアがそれぞれ、反対側の敵を強く見据える。

 チーム全員が一斉に戦闘態勢に入る。


『キシャアアアアアアアアアアアア!』


 ミミ、と呼ばれていた獣が咆哮を上げた。その衝撃は工場内の床や天井を震わせる。

 びりびりと振動が襲いかかってくる。

 全員が一斉に動き出す。工場内を銃声と轟音が支配した。

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