第五話 名も無き末裔 case23

 東京都内の国道を走るカーキ色のピックアップトラックの中。

 助手席の『リヨン』は、フロントガラスの先に広がる闇を見つめていた。

 運転席にはアーマーで武装した男がヘルメットを装着したまま、無言でハンドルを握っている。

 バックミラーには、後続にもう一台同じ車両が付いて来ているのが映し出されていた。

 

 ゴールテープのように我が物顔に貼られた規制線が目に入った。そこに書かれた英語の文字を見て、この国は確か大国の属国同然だと聞いたことがあったのを思い出した。

 自分がかつていた国の警官は、いつも妙な匂いのする噛みタバコをくわえていて、何かと罰金をとりたがっていた。

 トラックが急停止すると、青い制服の男達の訝し気な視線が向けられた。

 この国の警官らしい。装備のことには詳しくないが、ひどくちゃちなものに思えた。


「そこで止ま……」


 予め開いておいた車窓から、流れるように黒い鎖を放出する。警備の警官達が、首を切り裂かれ、血を垂直に噴き上げながら崩れ落ちた。

 ピックアップトラックの最後尾に乗っていた男が、掛かっていた幌を剝ぐと、間髪入れず銃撃を開始した。

 隙をついて後部座席から降り立った兵士風の三人組がパトカーのフロントウィンドウに自動小銃のバースト射撃を叩き込む。割れ残ったガラスが血に染まり、それを見てリヨンは久しぶりに笑顔を浮かべた。


 気に入らなかった。この国の全てが気に入らないものばかりだ。真面目くさった顔つきの警官達は特に嫌いだ。でも取り乱した時の叫び声は少し好きになれそうだった。病院で楠原を解放する前、殺した警備の警官もそうだった。時間が無かったから、一撃で殺すしかなかった。残念だ。


 気に入らないヤツを、好きにいたぶれるのは気分が良かった。

 鎖を自在に操り、ようやく異常を察した警官達を殺していく。銃弾を避け、一番近くにいた警官を手加減抜きで殴りつける。警官の身体が遥か後方へ吹き飛び、車体に頭からぶつかってドアをへこませて動かなくなる。銃を構えて飛び出して来た警官の腕を掴んだ。


「かはっ」


 笑いながら、両足を蹴り飛ばして骨折させた。警官が絶叫する。

 そのまま銃を片手で無理やり取り上げる。


「俺の銃……!俺の銃が……!あああああ!脚…!」

「返してやろうか?」


必死にそれを取り返そうとする様がおかしくておかしくて、銃を放って様子を見た。慌てて這っていく背中を見つめていると、援護をしている兵士が後頭部を撃ち抜いた。

 警官達に銃をろくに発砲させず、次々に武装した兵士達がバースト射撃で封鎖地点の警官達を倒していく。

 自分を援護した兵士が乱暴に言葉を吐いた。


「リミットだ。手間取らせるな」


 金髪を極限まで刈り込んでいる。兵士達の中ではリーダー格の男だ。

 腹が立った。自分より弱い大人に偉そうな態度を取られるのはたまらなく嫌だ。

 殺してやろうかな、とも思ったが、これ以上自分達の雇主を怒らせるのはさすがに気が進まなかったので、特に異を唱える事はなかった。代わりに足元の死体の頭蓋骨をブーツで踏み砕いた。

 振り返ると武装した兵士達はもう次々に車両に乗り込み始めている。運転席の一人がエンジンをかけた。最後に乗り込もうとする一人が乱暴に腕を振って彼女を促した。

 何も答えず、座席に座り、足を投げ出した。


 四年前までのリヨンはとある国の少年ギャング団に入り、時には人を殺して金品を取り上げていた。子供ばかりのギャングでは、みんなにできない事ができたらヒーローになれた。

 女だからと舐めた態度をとった、対立するギャング団の歳上の子供を、両脚がミンチになるまでナイフで切り刻んで殺したりもした。一目置かれたのもそのためだ。人殺しなんて難しくもなかったから、それからは率先して殺した。


 気に入らないものを、そうと感じた瞬間に叩き潰せるのは、気持ちいい。

 そして、あの頃より、自分はもっと強くなっている。

 思う存分力をふるえる。故郷にいた時よりもずっと。そして、自分は更に優位に立ちたい。

 だからこそ自分にミスをさせたあの日本人の女。あいつが憎い。しかし、まだあいつをぶちのめせない。その前にしなくてはいけないことがあるのだ。


「こっちは終わったぞ」


 通信機越しに状況を連絡する。


『こっちもお。リヨンお疲れえ』


 向こう側から暢気に明るい声とくちゃくちゃと水音が伝わってくる。その音がひどく耳障りで、思わず舌打ちが洩れそうになる。


「ミミ。お前何喰ってる?ちんたらしてんじゃねえ。時間が惜しいんだ。止まってないでさっさと行け。こっちは急いでるんだ。あたしより遅れて来るなよ」


 何を喰ってる?答えは分かっていた。が、こちらの怒りを伝えるために聞いただけだ。


『はいはーい』


 軽く、不満さの混じった返事。無線を切り、再び助手席に身を投げ出した。


 向かう先に、トタン屋根の大きな廃工場が見えてきた。銃声が響いてくる。戦っている。手筈通りに。

 ぞくり、と気配を感じた。化物の気配。それも複数。

 予期した通り、奴らがいる。


『ミシェルだ。総員傾注。これより作戦を開始する。装備の状態を整えておけ』


 気に食わない。現場作業員風情が。あたしを差し置いてリーダー気取りなのが。

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