第四話 名も無き末裔 case21

「楠原の潜伏先が絞り込めた」


 席に着くや否や、不破が硬い声で告げた。

 時刻は午後九時。


 特務分室制圧部隊の執務室には、分室のメンバー全員が集まっていた。

 職員ではない白翅は、現在執務室の右側にある応接室で休んでいる。


 午後八時を過ぎたあたりで、ほとんどの職員は帰ってしまうため、庁内にひと気はほぼ無くなっており、酷く閑散としていた。

 ホワイトボードに張られた地図の中央には赤くマーカーで印がつけられており、そのことが否応なしにその場所の重要性を強調していた。

 紅い印で染まる建物こそが、楠原の潜むねぐらだった。その隣には、都内で楠原が犯行を行った場所が記されている。全部で五件。これも赤いマーカーで囲んであった。


「ここは今は廃墟だが、かつては鉛を主に扱う加工工場だった。場所が特定できたのは」


 不破は手元のケースから取り出したカラー写真を、四人から見えるようにデスクの上に置いた。

 そこには、複数の金属片のようなものが、顕微鏡を通して拡大されて写りこんでいた。


「こいつのおかげだ。鑑識課から借りてきた。さらに、科警研にも相当頑張ってもらったよ。四件目と五件目でこれが出た」

「これは……」


 写真を手にとった翠が呟く。

 人間が犯した犯罪と同様、異誕生物の犯行も、科学捜査による解析が行われ、そこから判明した情報をもとに捜査が進展することが多い。今回もどうやらそのようだった。


「これは鉛が溶融したものだ。溶けて固まったんだな。高温の熱を使い、鉛を扱う場所でしかこれは見つからない。楠原はそれが検出される場所にいるということだ。

 地元警察及び捜査一課と合同で血眼になって宿泊施設を当たったが、奴はいなかった。その結果、おそらく、楠原は廃墟なり人目のつかないところで寝泊まりしていると踏んでいたんだ」


 そして、防犯カメラの映像、事件現場付近を探った結果、人目を避けるように存在していた工場地帯内に続く通路と、その付近から、楠原の毛髪が見つかった。

 現地には怜理が同行し、万が一のための警備を行っていた。そして、そこから一キロ近く離れた場所に、該当の精鉛工場があった。

 全員の端末に不破が見取り図の情報を送った。


「現在、現場半径四百メートル以内に、SAT 特殊急襲部隊から人員を借りて、狙撃班を二つ配置している。検問の手配も万全だ。今のところ、現場で動きはない。

 だが、二時間半前、窓に人影が映ったのを狙撃ライフルのスコープカメラが捉えている。以前の事件で、防犯カメラに残されていた楠原の姿と詳しく照合した結果、高確率で楠原芽衣であると推測できた」

「決まりだね。速やかに制圧するよ。そんで、ふんじばって楠原のやつを連れてくる。混血かどうかは分かんないけど、捕まえてから判断すればいい」


 怜理が歯を見せて宣言する。


「ええ、お願いします。工場密集地帯の現場付近は地元警察に包囲させています。私は指揮室モニタールームで、指揮を。念のため、警備一課に話を通して、SATの部隊を待機させておきます」


 現場付近にSATが同行しないのは、できるだけ人目を避けるためだ。

 大型の異誕が出た時以外は、基本的に避難勧告を出すことを特務分室は控える傾向がある。市民の不安を与えないために、少しでも、勧告の数は減らしておきたいからだ。そのため、少人数で犯人の制圧に当たる事になる。


 四人は、隣室に設置してある専用のガンロッカーから装備を取り出し、順番に身に付けていく。

 ベルトキットタイプのガンベルトを、ブレザーの上から巻き、軍用ブーツを履いてから、爪先をとんとん、と床に打ち付けて、履き心地を確かめた。


 翠にとって気がかりなことは二つあった。

 一つは、楠原が何者なのかということ。

 状況から鑑みるに、楠原はある日突然、異誕としての能力が覚醒したと見て間違いない。となれば混血なのだろうか。


 現場の監視カメラが機能停止させられていたのも奇妙だ。

 分室のスタッフと、鑑識課が協議した結果、メインコンピューターにウイルスを流されたのではないか、ということだった。


 それに、病室を警備していた警官達は首を大ぶりな刃物で刺されて殺されていた。

 楠原が殺したのだとすれば、現場になんらかの気配が残るはずだが、なぜか現場から痕跡は出なかった。


 つまり、実行犯は別にいることになる。おそらく、楠原の脱走を手引きしたのもそいつらだ。

だが、協力者がいるのだとすれば、それだけの技術を持った者達が、どうして楠原の味方をするのだろう。


 しかし、楠原の行方を探している間、妨害が入ったことはない。おまけに、楠原が異誕としての力に目覚めた後、犯行現場付近のカメラに、姿が映っていることが度々有った。


 なぜ、協力者は、病院を出て以降の楠原の痕跡を消そうとしないのか。

 熟考しながらも、あらかじめメンテナンスしておいた、銃の点検を終える。

 メインのSG552自動小銃アサルトライフルに、セカンダリ予備武器のP226拳銃ハンドガン。いずれも翠の愛用品で、重要な任務の時は絶対に手放せないものだ。ガンベルトの左にP226を装着し、右の太腿に巻きつけたレッグホルスターにもう一丁。さらに、肩に掛けたスリングに、SG552を取り付けた。


 あと、気がかりはもう一つ残っていた。


「怜理さん、白翅さんに挨拶していっていいですか」

「いいよ、私も行こうかな」

「顔だけでも見せていくわ」

「お供します」


 椿姫と茶花が後に続いた。


「じゃ、四人でテキパキと行こう」


 怜理を先頭に、四人は応接室に入っていく。

 完全武装した四人を見た白翅が少し驚いた様子を見せた。


「それじゃ、行ってくるからさ」


 買い物に行くような気やすさで、怜理が告げる。


「すぐに戻ってくるから、心配しないでね!」

「……うん」


 明るい声をかける翠に、白翅が小声でそう返事した。

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