第三話 名も無き末裔 case14

 一同は玄関を抜けて、庭を突き進み、芝生に包まれた通路を歩いていく。

 屋敷の裏手に造られた庭園には、満開の花が咲く花壇が、五人の進む通路を挟むように並んでおり、仄かに甘い香りを放っていた。

 やがて、高い塀で囲まれた敷地の端まで移動して立ち止まった。

 周囲は程よい高さの樹木に囲まれており、椿姫の屋敷の中ではもっとも静かな場所と言ってよかった。そよ風で、さらさらと木々の葉が擦れる音が聞こえてきた。


「よし、それじゃあ……」


 そう言って、怜理が急にハイペースでスタスタと移動し始めた。

 追いつこうとする翠を片手で止め、背中をこちら側に向けたまま、怜理が声を掛けた。


「白翅ちゃん!」


 急に声を掛けられ、白翅が少し驚いて顔を上げる。

 返事が遅れる白翅へ向かって、怜理が叫ぶ。


「首を横に倒せ!」


 次の瞬間、怜理が勢いよく振り向いた。

 その手の中に、冷気と共に、長く頑丈な氷柱が出現する。

 白翅が目を見開いた。


「え……⁉」


 翠も白翅と共に、声を上げていた。一秒後、白翅が反射的にそこから飛び退いていた。

 僅か一秒の間に、五メートルもの距離を横に移動する。

 翠はその瞬間、白翅の周りの空気が鋭くなったような感覚にとらわれた。

飛来した氷柱が大きな音と共に弾け飛んだ。氷の断片が舞い、宙で砕け散る。


 輝き燃える火球が、突如として横から飛来して氷柱の軌跡に割り込んだのだ。

 炎の軌道の先には、右腕の関節を左手で抑えた椿姫が立っていた。手の先の空間からは陽炎が立ち昇っている。


「そのまま屋敷の方まで走れ!」


 白翅は驚きながらも、屋敷へ向かって全力で走り出した。翠は思わず目を見張る。

 速い。異誕としてのスペックの高さを持つ翠ですら、そう感じるほどの速度で白翅は走っていく。


「よし!ストップね!ブレーキかけて!」

「すごい……」


 いつの間にかストップウオッチを持った怜理がボタンを止めた。同時に白翅が立ち止まる。


「ナイスコントロール」

「当然ですよ」


 椿姫が上品に笑みを浮かべた。


「これは認めるしかないね。まあ、こういうやつらだよ。あんたを保護しようというのは」

「今のは……」


 白翅も荒く呼吸しながらも、さすがに驚きを隠しきれていない。今の氷柱と炎弾を見てしまったのだから。


「ごめんな、白翅ちゃん。ちょっと検証させてもらった。上層部に、ちゃんとキミのこと報告しなきゃいけなかったからさ」


 言葉に出さずとも、白翅が困惑しているのが伝わってきた。


「あたし達は見ての通り、キミを襲った化物連中と戦える力を持っている。だから安心しな」

「私達、全力であなたを守るから!それで犯人を捕まえる、絶対に。だから、大船に乗ったつもりでいてね」


 そう笑顔で翠は宣言した。白翅がぽつりと、「……よろしくね」と呟いた。



 その後、白翅についての「計測」はなおも続いた。怜理の連絡を聞いた不破が、椿姫の家に様々な器具を愛車で持ち込んだのだ。握力の測定や、短距離走の記録の計測。その他多くの検証が行われた結果、次のことが分かった。


 白翅の身体能力は、通常時、平均的な成人男性の三倍前後にも値する。

 本人の聞き取りによれば、これは生まれつきとのこと。


 更にそれだけではなく、身体の危機が迫った時に、先程怜理達に見せたように、一時的に身体機能を向上させることができる。

 何度か検証したが、副作用として激しく疲労する事が判明した。


「……こうなるのは生まれつきじゃないんだよね?」


 そう聞いてしまうほど、白翅は急な肉体の変化に順応していた。まるで生まれた時から使えていたかのように。


「うん……あの夜……事件があった日に、こうなったの……わたし、あんな風になったことがなくて……」


 その先は口を噤んだ。思い出してしまったのだろう、自分が反撃した結果、人が死んだことを。


「ごめんね」

「ううん……」


 翠は白翅の心のうちを心配する。

 先日の彼女を襲った、理不尽な悲劇が、彼女の今までの生活を奪ってしまったのだ。

 それさえ無ければ、今のようにはならなかっただろう。彼女が誰かを殺すことも。

 白翅と似た経験を持つ者として、翠はそう思ってしまった。


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