第三話 名も無き末裔 case13

 遥か昔のことだ。関東のある山村に、豪農の一族がいた。

 彼らは広大な山林を含め、多くの資産を有している有力者で、村人からも慕われ、一族は長きに渡って、その地を支配していた。

 

 ところが、ある時、一族の中に奇妙な女子が生まれてくる。

 その子は、極端に肌が白く、濃い紫色の瞳をしていた。

 彼女は代々黒髪黒目の一族の中で、他の者とは異なる外見を持つだけでなく、通常よりも明らかに優れた運動能力、膂力や持久力にも恵まれていた。

 

 一族は、あまりに異常な特性を持つ彼女を忌子として扱い、めったに外に出すことはなかった。

 軟禁に近い状態の中で、少女は静かに朽ちていくはずだった。

 しかしある時、今でいう中央政府に仕える公儀の人間が、どこからか情報を仕入れてきて、身売りに近い形で彼女を貰い受けた。

 彼らは彼女の身体能力に目を付けたのだ。


 やがて、訓練を受けた彼女は、いわゆる隠密とも違う、いわば殺し屋のような存在として公儀に召し抱えられ、その存在は日本の暗部に潜り込んでいった。

 にのみ特化した、れっきとした「殺し」のプロフェッショナルとして。

 やがて、彼女は、再び自分の一族のもとを訪れ、後継ぎを作るため、自分の弟と家庭を持った。

一族で、唯一自分を邪魔者扱いしなかった、後継ぎに選ばれなかった、実の弟と。

 そして、その特異体質を持つ少女は、父母の一族の姓の綴りを変え、「鷸館しぎたて」という姓を名乗るようになった。

 やがて、姉弟には子供が生まれる。その子は母親の特徴を色濃く受け継いでいた。当然、その身体機能の高さすらも。


「……わたしの……というより……一族の本家の人はたまにこういう人がいたんだって……」

「それは初代さんの身体のステータスが、代によっては隔世遺伝してるってこと?」


 あまりに口にしづらい内容をたどたどしく語る白翅に、翠が尋ねる。

 翠の家系は、先祖に異誕を持つ混血の一族だ。その能力は、離れた代に遺伝する。 それと同じようなものなのだろうか。

 

「ううん……次の代に必ず遺伝させるために……直系の人はみんな身内で……子供を作ってたんだって……」


 どうして急にそんな異質な子供が生まれてきたのか、今もなお、原因は分からないらしい。

 もしかすると、遺伝子の突然変異によるものだったのかもしれない。


「身内、って親戚と、とか…?そんな家ならよく知ってるけど」


 椿姫がさらりと告げた。

 椿姫の家は異誕と渡り合うために、『ある技術』を代々継承している。

 かつて日本各地にあった同じ系統の家系が、血を薄めすぎて、子孫達が受け継ぐ技術の素質が下がってしまったことがあった。そのため、彼女のような生業の家系は、同じ血族の血を混ぜることがある。


「……できるだけ必ず遺伝させようとしてたって言ってた…だから、結婚できないくらい近い身内ともって……なるべく血を濃くしようとしたって」

「……わかったわ」


 翠の想像を絶する答えが返ってきた。おそらく、兄妹姉弟で子供を作っていたのだ。初代がそうであったように。


「あーーー……」


 椿姫はひどくバツが悪そうだ。茶花は分かっているのか分かっていないのか、腕を組んで目を閉じている。

 おそらくだが、初代の当主が自分の子供にも体質を遺伝させようとしたのは自分達が死んだ後、普通の肉体では自分達の権益や立場を守ることができないと考えていたからだろう。

 初代は自分の体質の特異性に価値を見出した。そして、初代と全く同じ特徴……薄い色素の躰と、紫の瞳を持つ白翅はその直系の子孫というわけだ。


 その後も、一族は暗躍を続けた。

 自分達に、より優遇してくれる権力の側に付き、少しずつ活動を広げて、パイプをつくっていた。

 自分の後裔達の安寧と発展を願う気持ちは、子孫をより強くしようとする思想につながる。そのため近親婚は途切れることなく続けられた。

 やがて、時代は移り変わり、一族は闇社会と癒着を始めた。現代では彼女たちは完全な殺し屋になっていた。そして、人知れず一族は続いていたのだが……


「ある日、本家が襲われて、一族の人達がほとんど殺されて、生き残ったのは、私と……お母さんだけで、…………ちょうどその時の当主の人が……亡くなって……だい一族の力が弱まってたみたい」


 一同はただ話に聞き入っていた。

 白翅の声が掠れてきている。おそらくこんなに話したことが無いのだろう。気の毒に思い、翠は立ち上がって、お茶のお代わりをティーポットから注いだ。

 ちらっと翠の眼を見てからカップに口をつけると、白翅は再び話し出した。


「亡くなった?」


 怜理が聞き返し、ペンをノートに走らせる。


「……お母さんが、言ってたんですけど、受けた仕事に失敗して、亡くなったって、聞いてます」


 当然、闇社会の仕事だろう。殺し殺されが当たり前のように発生する業界故の末路と言うべきか。


「……殉職ね。その内容についてはなにか聞いてる?」

「いえ。何も。お母さん、詳しくは知らなかったみたいです」

「……そっか。言いにくいことを言わせたね。ごめん」

「……大丈夫です」

「それで、更に質問なんだけどさ、キミのお母さんは何者なの?話を聞く限り、どうやらキミは一族の直系じゃん?そう考えると、亡くなった当主の男性がキミの母親だと思うんだけど……キミの言う『お母さん』、は天悧夏葉さんの事だよね」

「……お母さんは、私の本当のお母さんじゃないんです。一緒に暮らしてた、一族の遠い分家の人で、使用人みたいなことをしていた人らしいです」


『お母さん』──即ち、白翅の育ての母は、襲撃の時に白翅を連れて難を逃れたのだという。そして、そのまま緊急用に用意されていた車を使って逃亡し、身元を偽装して暮らしていた。

 大きくなってきた話にやや面食らいながらも、怜理が忙しくメモを取っている。


「読めてきた。じゃあ、キミの「天悧白翅あまりしらは」って名前は偽名ってことかな?で、お母さんは親代わりってことで……戸籍も住民票もじゃあ、後から作られた架空のものかな」

「……はい。でも、下の名前は本名なんです。苗字は違うけど……わたしの、ほんとの両親が付けた名前で……その後亡くなってしまったみたいで」

「……わかった。いや、言いにくいことばかりでごめんね」


 いいえ、とまた首を白翅が左右に振った。


「白翅さんは、いつ、自分の身体のことに気づいたの?」


 翠が話題を変える。自分にも関係の無い話でもなかったから、翠はそこが気になっていた。


「えっとね……すごく小さいときの話なんだけど……」


 白翅が言うには、小学生の頃、料理している時、失敗して包丁で少し指を切ったことがあったのだそうだ。その怪我は一日も経たず、綺麗に治った。

 すぐに血が止まると、お母さんはすごくほっとしていたらしい。

 その後、白翅のクラスで同じように図工の時にカッターで少し指を切った子がいた。

 その子は一週間後も絆創膏を巻いており、「なかなか治らない」という話を友達としていて、不思議に思ったのだという。


『けっこうざっくりいっちゃって。早く治んないかな』

『二、三日じゃ治らないでしょう』


 それを聞いて、白翅は初めて自分の身体の異常さを疑い始めた。


「怪我とかも……治るのが早くて、風邪ひいたこともない……」


 それに、同年代の他の子と比べて、気になることがいくつも出てきた。

 白翅の家にあるアルバムに、父親の写真が一枚も無かったり、それ以前のお母さんが子供の頃の写真も無かったりした。それに加えて、彼女は自分の祖父や祖母の話を聞いたことが一度も無い。母が意図的にその話題を口にしないようにしているとしか思えなかった。


 段々と白翅は不安になっていった。お父さんは誰なのか。自分は誰の子なのか。どうしてお母さんは自分の過去を話さないのだろう。自分の体の特異性はなんなのか。なんで普通の人と違うのか。なんでそのことについて何も教えてくれないのか。

 それで、ついに白翅は母親に問い詰めた。小学生の時だった。


「聞いても、どうしたらいいか分からなくて……でも、それでも良かったの。知らないよりかは良かった」

「そっか」


 怜理がぽつり、と呟く。そして嘆息した。


「そりゃそうだね。ハッキリさせなきゃ。こういう事は」

「けど…………お母さんは、話さなきゃよかった、って思ってたかも」

「私がお母さまだったら、自分から話すけどね。さて、それで、次の質問だ」


 言葉を切って、怜理が続ける。


「キミの話を聞いてると、身体能力が高いのは生まれつきみたいだけど」

「はい」

「途中までの話をまとめると……大怪我して、銃を持った奴に足で踏まれたあたりで急に強くなったみたいになって猛反撃。それで逃亡してるよね」

「……………………はい」

「その現象について心当りは?」

「……あります」


 一族は何代もの間、欠かすことなく、近親交配を続けた。その結果の産物と呼ぶべきなのか、一族の中でさらに突然変異が起こったのだという。これも白翅が母親から聞いた話だった。初めて自分のルーツの話が出た後、しばらくして母親が口に出したらしい。


「それが……急に強くなったりする、体質で……自分にとって必要な時にもっと体の機能が上がるらしいんです」

「確認するけど、今までにそういうのが出たことは?」

「ありません」

「分かった。急にそうなったと。それは当然、キミが死にそうになったことが関係してそうだね」


 確かにそうだろう。死にかけることなんて、普通に生きていれば滅多にない。

 だからこそ、今まで気が付かなかったのだ。


 代々ずっとスポーツ選手の家系と、一代だけ両親がスポーツ選手の家系、どっちが運動に適性があると思うかと問われれば、間違いなく後者だろう。

 おそらく、そういう理屈だ。同じ特性を持つ血族同士が子孫を残し続けた結果、突然変異が続き、特性が強まったことで、更に肉体を強化できるようになった。


「……………………」

 

 話が終わった後、しばらく居間には沈黙が降りていた。

 翠は馴染みのない話に、まだ多少頭がついていっていない。

 よく知る螢陽家の居間が、まるで急に別の場所になったかのような、そんな錯覚すら覚えた。


「…………信じてもらえますか?」

「そうさね。ウソをつくにしちゃ大胆すぎる。中学校とかで打ち明けたなら、キミは電波扱いされてるところだけど、ここで話したのが良かったね」


 確かに彼女の異常な治癒力の高さや、それでいて異誕特有の気配を感じさせないところは、白翅の話が事実でないと説明がつかない。

 それに、彼女が嘘をついて得をするとも思えない。

 けれども、翠も含めて全員が驚きを隠せていなかった。

 それは当然かもしれない。なぜなら、翠達は、普段から異誕、すなわち人外に属するものを見てきている。それ故に、それ以外に常識を超えたものが存在する事を予測し辛い。

 何か言わなければ、と思う翠を遮るように、腕を組んでいた怜理が唸った。


「と、くれば……どうするかな。うーむ。よし、ついて来な。みんなもだよ」


 手をパン、と叩いて合わせると、怜理が立ち上がる。


「椿姫、悪いけど庭貸して。なるべく無事なようにするから」

「完全に無事にしてくださいね!」


 翠は思わず怜理の動作を真似るように立ち上がる。


「何をするんですか?」

「何をしにいくんですか?」


 翠と白翅の声が重なった。こちらを向いた白翅と目が合った。


「まあ、来てみりゃ分かるって」

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