第三話 名も無き末裔 case12

 翠が招くと、白翅はおとなしくついて来た。

 白翅が寝ていた部屋は、椿姫の住む螢陽家ほたるびけの邸宅の二階の空き部屋だった。

警察病院を出るとすぐに、翠達は怜理の車で屋敷に直行した。

 そして、目覚めればすぐに現場で何があったのかを聞き出すつもりだった。


 その際に、もし白翅が目覚め、張り紙の指示通りにノックすれば、誰が迎えにいくのかについて翠達は頭を悩ませたが、最終的に、白翅と一度顔を合わせている翠の方が安心するだろう、ということで今の状況になった。


 ホールを抜け、正賓室のドアを開ける。すぐ左に丸い柱があり、その側を通り抜け、更に左に曲がると、部屋の中央には、合計して十二人は座れるような大きなテーブルが置かれていた。


「連れてきました」

「ありがとね」


 怜理が笑って手を上げた。


『万が一、椿姫の張り紙を無視して飛び降りたら、すぐ追いかけるよ。もしパニックになったりしたら、とりあえず取り押さえて大声出して。加勢しにいくから』


 と、怜理には言い含められていた。

 翠としては暴れられる事よりも、自分達が怖がられることの方が心配だったのだが。


「……?」


 白翅はさすがに落ち着かないのか、周囲を見渡している。

 壁には繊細なつくりの漆喰しっくいの繰形装飾が施されており、はめ込まれるようにして飾られた小さな絵画を取り囲んでいる。テーブルの後ろには大きな暖炉が設置されているが、これはもう何年も前から使われていない。


「翠、ここに座りな。キミは、あっち」


 すぐ隣の椅子を引いて、翠を座らせると、白翅には一番奥の椅子を指さした。

 戸惑ったように白翅は動かない。怜理の向かい側に座ってた椿姫が立ち上がると、ゆっくり近づいて白翅の腕を掴んだ。


「は、離して」

「何もしないわよ。ほら、あっちよ。座んなさいったら」


 椿姫がそのまま白翅を引っ張っていき、ドアから一番遠い椅子に座らせた。

 

「椿姫さんは、おおざっぱな人ですが。乱暴ではありませんので。あしからず」


 茶花がフォローした。いつの間にか、お茶菓子を大量に盛った皿を自分の前に置いている。


「嬉しくないわ」


 椿姫が自分の席に戻った。翠も後に続いた。座る直前、白翅の不安げな紫の瞳と視線が合わさった。翠はとにかく安心して欲しくて、精一杯笑顔を浮かべた。


「さて、あなたは天悧あまり白翅しらはさんだ。間違いないね?」


 怜理が手元の資料を確認しながら、白翅に尋ねた。茶花がじっと、白翅の姿を穴が空くほど見つめている。


「……はい」


 遅れて返事をする白翅。


「二年前までは母親と二人暮らし。今は一人暮らし。だった、というべきかな」


 白翅の肩が、ぴくりと動いた。

 怜理は学校名と住所の確認をとる。おずおずと白翅が頷いて肯定した。


「協力ありがとう。私はこういうものだよ。他の子たちも似たようなものだけどね」


 怜理は警察手帳を掲げて見せた。本来、正式な階級を持たない治安調整群のメンバーには、警察手帳は支給されない。が、例外的に怜理は所持していた。

 白翅から返答はない。ただ黙って、彼女にとっては見慣れない手帳を凝視している。


「無口な子だね」


 怜理が苦笑しつつ、シャツの胸元のペンをとった。


「ここに連れてきたのは特例でね。見ての通り、ここは取調室じゃない。取り調べるのも刑事じゃない。なんでかというと、キミが巻き込まれた事件そのものが普通じゃないからだ。それは、キミ自身も分かっている筈だよね」

「…………はい」


 白翅に深い動揺はない。それが怜理の台詞を肯定していた。


「何があった?ぜひ、私達に話してほしいな。私だって、別にキミを苦しめてやろうとは思ってない。ただ、本当の事が知りたいんだ。だから、正直に話してほしい。そうじゃないと、キミへの疑いを晴らせないし、庇ってあげることもできなくなる。私達は、キミを助けたいんだ」

「……はい」

「ありがとう。じゃあ、さっそく話してくれるかな」


 ほら、お客様。と言いながら、椿姫が紅茶の入ったティーカップを置いた。


「…………」


 怜理が、話しやすい雰囲気を作ったのが功を奏したのか、白翅は、少しずつ当時の事を話し始めた。淡々と、静かに。


「よし。理解した。整理していくとしよう。君は犯人達を殺した、そうだね?」


 逡巡する様子もなく、白翅が静かに頷いた。結局話す間、彼女が紅茶に口をつけることは無かった。


「それで、最後に攻撃を食らって大怪我を負った。その後、まるで『急に強くなったみたい』になって反撃して、ひたすら逃げてきたと。で、うちの翠の応急処置を受けたと」

「……はい」


 椿姫は信じられない、と言った顔つきだ。茶花でさえもお茶菓子を食べる手が止まっている。翠は何も言えなかった。


「その急に強くなったみたいなこと、前にも有ったの?」

「ありません。けど……」


 白翅は少し言いにくそうに、言葉を絞り出した。


「心当りは、あります」


 怜理が眉を上げる。


「ふうん。あるんだ。分かった。そっちは後で聞くね」


 犯人たちの特徴、これで間違いない?と白翅の証言の内容を、怜理がメモを取った大学ノートを見ながら確認していく。


「私はてっきりキミが犯人達との同類かと疑っていたんだけど…どうやらこの分だと違うみたいだ」

「そのようですね」


 と茶花が同意する。


「………わかりません。同類とか……あいつらとか…なんなんですか」

「どう答えたもんかな」

「あれは……まるで……」

「何に見えた?」

「化け物、……?人じゃない、みたい……」

「まあ、有り体に言うとそうだね」


 翠は未だに信じることができなかった。状況的に正当防衛とはいえ、どう見ても普通の人間にしか見えない少女が、完全武装した男達に反撃して殺害し、難を逃れた。

 しかも、現場には二体の異誕がいたという。現場で感じた気配は間違いなくその二体のものだ。

 そして、完全に逃げ切った。とても事実とは思えない。

 しかし、信じたい気持ちもあった。翠は、この世界がいかに不可思議に満ちているか知っている。そして、それに伴う災厄が有ることも。


「キミが、取調室にいない理由の一つとして、通常の捜査員が君に口を割らせる自信がないから、というのがあってね。早い話が、本来担当する部署が君を扱いかねてるのさ。

 それと私とこの子たちはね、キミを襲撃したような特殊な連中に関する事件を扱っている」


 白翅は頷きつつも黙ってる。一気に話したのもあって、かなり疲れている様子だった。

 それに、現場で体験したストレスは並大抵のものではなかっただろう。それを反芻するのは、白翅にとっても苦痛のはずだった。


「休憩にしよっか、白翅さん」


 気を遣って、翠が助け舟を出した。

 怜理の一重瞼の眼が大きくなった。


「って言ってるけど?」

「……ううん。いいの。話す」


 白翅が視線を上げて、口を開いた。


「だけど……長くなります。それに…………信じてもらえないかもしれません」

「この状況が信じられないのはキミも同じでしょ。構わないよ。私たちはそういうのに対処するためにいる」

「……はい。私のの、話なんです……」

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