第二話 名も無き末裔 case7


「クソが!ミミ、お前はあの女を追え!アタシは他にやることがある!」

「やることってなに?自分だけさぼらないでよ」

「ちげえだろ!殺られやがったバカどもの装備はどうすんだって話だよ!ここに捨てていくわきゃねえだろ!アタシが回収して車ン中乗せる!後から追いつくからよ!その間にお前があの日本ザルをズタズタにしてろ!」

「リヨン、口悪―い。でも日本ザルには賛成かも。ミミは違うけど、アイツはサルで充分」

「やかましい!どうでもいいんだそんな事は!ああ、クソッ!アタシらのヘマもすぐに伝わっちまう!あいつ、許さねえぞ!」


 玄関口に立つ仲間に向かって叫びながら、リヨン、と呼ばれた三つ編みの少女が家の塀を乱暴に蹴りつけた。

 ズウン、と鈍い音が響き、激しい振動と共に塀に横向きに亀裂が入る。そして乱暴な動作でレインコートのフードを被った。

すぐ終わる仕事のはずがこのザマだ。彼女達はここに、『雇い主』に周到に準備を整えてもらった上でやってきた。

 聞いた限りではひどく簡単な仕事に思えた。だからこそ、今の状態は予想外だ。

リヨンは、耳の中に入れたイヤホン越しに、近くに待機させているリヨン達を連れてきた車両の一つに連絡を取る。

 

「あの……なんかあったのかね?」

「あ?」


 天悧家の門柱の近くに、ビニール傘を差した老人が立っていた。その傍らには眼鏡をかけた老婦人が。


「すごい音がしたから、来てみたんだが……これはどういう……」


 天悧家の惨状を目の当たりにして、老夫婦はただ呆然としている。

 近所の住人らしい。リヨンはなんだかおかしくなって、思わず喉を鳴らして笑った。


「あ、あの、なにが……」

『く、くくくくく』


 戸惑っている老人たちがただただおかしい。なんでこの国の連中はこんなに暢気なんだろう。


『じいさんたちさあ、普通近所で銃の音がしたら、家から出てこないのが普通だろ?おおかた、家の鍵もかけてないんだろ』

「さっきから何を言ってるんだ、あんた?外国の人か?ここの家の子じゃないだろ」


 老人が語調を強めた。なんだ?ムカついてるのか?ふざけんな、腹が立っているのはこっちの方だ。


『黙れ死んでろ』


 次の瞬間、リヨンの手元から何かが勢いよく飛び出したかと思うと、老人の延髄に突き刺さり、彼を一瞬で絶命させた。

 悲鳴を上げようとした夫人に、玄関口の死角に立っていたミミが飛びかかり、胸元を凶悪な爪で引き裂く。

 上半身が吹き飛び、雨の中を跳ねた。


「マズそうだからこの人はいらない」

「当たり前だ。さっさと行け!」


 雨の中を、ミミが激しい水音を立てて走りだした。

 リヨンは大股で、再び家の中へと入っていく。廊下に転がっている役立たず共の死体を踏み越えながら、リビングに飛び込んだ。小さなテレビやこじんまりとした家具が並ぶ部屋は、二階や廊下とは違って無傷のままだ。


それに、無性に腹が立った。リヨンは喚きながら、衣装ダンスに両手を何度も叩きつけ、素手で破壊した。

 そのまま殴りつけ部屋のテーブルを持ち上げ、窓めがけて片手で投げつける。

 ガラスが割れた。ちくしょう、ちくしょう。よりによってこんな簡単なことでミスをするなんて。リヨンは叫ぶ。ただひたすら。

 怒りに任せて、部屋を破壊した。

ふと、荒い視線を向けた先の小さな机の上に、笑っている女性の写真立てが置いてあるのが目に止まった。


「あ?なに笑ってんだ?なにがおかしいのか言ってみろ。てめえ死んじまってんだろが!死人が笑うなブチ殺すぞ!」


 机を激しく蹴り倒す。そして、落ちてきた写真立てを踵で踏み潰した。

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