第一話 闇に浮かぶあなたの顔は case9
「おおまかには推測した通りだな」
後日。分室のオフィスに集まった翠達に、不破が語り始めた。
「森下麻衣は洋子に嫉妬していた。よく見れば自分と似たような顔なのに、自分と何もかも違いすぎるのが気に食わなかった。自分が惨めになるだけだったからだ。
ただ、殺す度胸は無かった。だが、怒りがピークに達した時に、何者かから『
そうして、半信半疑ながらも、
そして、負の感情を増幅させられ、我慢できなくなり、凶行に走った。
『
「仲良くする友達は選べってことね」
椿姫がため息をついた。
「稀に声を掛けたらいけない相手ってのもいるのさ。そいつは恩を仇で返してくる」
「そんなに嫌なら離れれば良かったのに」
分かり合えないのなら、そうすればよかったのだ。 翠なら穏便に離れるだろう。
「それが不思議なんだな。本人が言うには、我慢して付き合わなくちゃいけない気がしていたんだそうだ。その頃は、良心が少しは残っていたのかもな」
そして、麻衣は洋子を殺害したことで、ストレスから解放された。
だが、その後、情緒不安になることが多くなっていった。
そして、更にストレスの解消を求めた。
つまり、似た特徴の人間を選び、更に自分がすっきりするために、洋子の代わりとして殺し続けた。
「似たような顔の人を殺してたのは……それだけの理由なんでしょうか……」
「話を聞く限り、自殺の代わりだったといことではないかな。彼女は自分のことはなおさら嫌いだった。
……彼女の父親の事件後の取り調べで、『死にたい』と漏らすこともあったらしい。
もしかしたら、彼女は……本当は自分とそっくりな顔の浮気相手の男の方を、つまり実の父親を殺したかったのかもしれない。
だが、それが出来なかったから、代わりに似た顔立ちの人間を選んで殺すことにした」
「……そうしたら、自分を殺した気になれるから……お父さんが死ぬ原因になった、自分が……そうしなくちゃいけなかったから……」
白翅が呟いた。
「そんな……」
あまりにも理不尽な動機だった。巻き込まれた人々が、あまりにも不憫過ぎる。
「……ターゲットはどうやって見つけてたんですか」
白翅が静かに不破に尋ねた。翠もその点は気になっていた。
一人で標的を張り込んで見つけ出したとは思えない。考えられるのは……。
不破が渋面を作ってデスクの上で手を組んだ。
「……親切な誰かさんが教えてくれたんだそうだ」
不破の話では、家に封筒に入った書類が送られてきたのだという。
被害者達を撮影した写真や行動パターンと共に。そして最後の一件も。
四番目の被害者になる予定だった少女の他にも、あと三人分。
全員に連絡をとってすでに安否は確認してあった。
よほど巧妙に尾行して撮影したのか、誰も自分達が調べられていることに気がつかなかった。
「君達に止められなければ、まだまだ殺せるようにしていたわけだ。
……………………『あいつら』、今回は現れなかったな」
不破を含めて、部屋の中の五人が一様に押し黙った。
翠達はブリーフィングを終えて、廊下に出た。
翠は迷っていた。白翅に自分が、どんな言葉をかけるべきなのかを。
歩みを止めて、白翅の様子を伺うと、彼女は警視庁の屋上のあたりに、視線を送っている。翠は同じ方向に目を向けた。
待機中の警視庁の装甲ヘリが屋上であちこちに影を作っていた。
椿姫は不破と、上層部の動きに関して何か打ち合わせがあるらしい。後でまとめて教えてくれるそうだ。報告書はまた自分が書くことになるのだろう。茶花は、近所に食事の買い出しに向かったらしい。
この後は訓練が控えていた。その前に小休憩をとろうと、翠と白翅は庁内の自販機に向かっていた。
「戻ってきたんだ。あいつらが」
ようやく翠が言葉を絞り出した。
「諦めてなかった。また来たんだ」
「………うん。きっと……まだ続く……」
夕日の紅が毒々しいまでの明るさで翠の虹彩を照らした。
白翅がふっと、目を伏せた。翠は窓を開ける。淡い風が、二人を撫でていく。
白翅のグレーの髪が
頬の傷はいつの間にか、消えて無くなっていた。
† † † †
広大なコンソールルームの中に、その人物はただ一人立っていた。
長方形の十数個のモニター画面が暗闇の中で光っている。部屋に窓は全く付いていない。
その中央に位置する、最も大きなモニター画面には、詳細な地図が映し出されている。
あちこちの区画に赤いポイントマーカーがつけられ、そのほとんどが静止していた。
「ロストしたか」
特に残念そうでもない様子でそう呟く。
複数のマーカーの中で、先ほどまで一つだけ動いていた物があった。
が、それはやがて静止した後、急に消失してしまった。
「早かったな……」
「よう。こんな夜中までご苦労さん」
背後から声がかけられる。
いつの間にか、その人物の側に音もなく小柄な影が近づいていた。
藍色の髪に、ゆったりとしたタートルネックを身に付けている。
大型のコントロールパネルの前で、影は立ち止まった。
「お前も見れば良かったのに。もう終わってしまったよ」
「だったら起こしに来てくれよな」
「子守するような立場でも無い」
「あは、確かに。終わったって事はやつらが動いたか……」
「ああ、再始動だ。タイミングとしては悪くない」
そう、ようやくだ。ようやく仕切り直せる。
「さあ、ここからだ。実力を見せてみろ」
淡い光の中で、艶然とその人物は微笑んだ。
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