第一話 闇に浮かぶあなたの顔は case9

「おおまかには推測した通りだな」


 後日。分室のオフィスに集まった翠達に、不破が語り始めた。


「森下麻衣は洋子に嫉妬していた。よく見れば自分と似たような顔なのに、自分と何もかも違いすぎるのが気に食わなかった。自分が惨めになるだけだったからだ。

 ただ、殺す度胸は無かった。だが、怒りがピークに達した時に、何者かから『認識票タグ』を受け取った」


 そうして、半信半疑ながらも、認識票タグを使用した。

 そして、負の感情を増幅させられ、我慢できなくなり、凶行に走った。


認識票タグ』にはそういう力がある。そして、その力に溺れた者は正気を失う。翠達は先月、身をもってそのことを思い知った。


「仲良くする友達は選べってことね」


 椿姫がため息をついた。


「稀に声を掛けたらいけない相手ってのもいるのさ。そいつは恩を仇で返してくる」

「そんなに嫌なら離れれば良かったのに」


 分かり合えないのなら、そうすればよかったのだ。 翠なら穏便に離れるだろう。


「それが不思議なんだな。本人が言うには、我慢して付き合わなくちゃいけない気がしていたんだそうだ。その頃は、良心が少しは残っていたのかもな」


 そして、麻衣は洋子を殺害したことで、ストレスから解放された。

 だが、その後、情緒不安になることが多くなっていった。

 そして、更にストレスの解消を求めた。

 つまり、似た特徴の人間を選び、更に自分がすっきりするために、洋子の代わりとして殺し続けた。


「似たような顔の人を殺してたのは……それだけの理由なんでしょうか……」

「話を聞く限り、自殺の代わりだったといことではないかな。彼女は自分のことはなおさら嫌いだった。

 ……彼女の父親の事件後の取り調べで、『死にたい』と漏らすこともあったらしい。

 もしかしたら、彼女は……本当は自分とそっくりな顔の浮気相手の男の方を、つまり実の父親を殺したかったのかもしれない。

 だが、それが出来なかったから、代わりに似た顔立ちの人間を選んで殺すことにした」

「……そうしたら、自分を殺した気になれるから……お父さんが死ぬ原因になった、自分が……そうしなくちゃいけなかったから……」


 白翅が呟いた。


「そんな……」


 あまりにも理不尽な動機だった。巻き込まれた人々が、あまりにも不憫過ぎる。


「……ターゲットはどうやって見つけてたんですか」


 白翅が静かに不破に尋ねた。翠もその点は気になっていた。

 一人で標的を張り込んで見つけ出したとは思えない。考えられるのは……。

 不破が渋面を作ってデスクの上で手を組んだ。


「……親切な誰かさんが教えてくれたんだそうだ」


 不破の話では、家に封筒に入った書類が送られてきたのだという。

 被害者達を撮影した写真や行動パターンと共に。そして最後の一件も。

 四番目の被害者になる予定だった少女の他にも、あと三人分。

 全員に連絡をとってすでに安否は確認してあった。

 よほど巧妙に尾行して撮影したのか、誰も自分達が調べられていることに気がつかなかった。


「君達に止められなければ、まだまだ殺せるようにしていたわけだ。

 ……………………『あいつら』、今回は現れなかったな」


 不破を含めて、部屋の中の五人が一様に押し黙った。



 翠達はブリーフィングを終えて、廊下に出た。

 翠は迷っていた。白翅に自分が、どんな言葉をかけるべきなのかを。

 歩みを止めて、白翅の様子を伺うと、彼女は警視庁の屋上のあたりに、視線を送っている。翠は同じ方向に目を向けた。


 待機中の警視庁の装甲ヘリが屋上であちこちに影を作っていた。

 椿姫は不破と、上層部の動きに関して何か打ち合わせがあるらしい。後でまとめて教えてくれるそうだ。報告書はまた自分が書くことになるのだろう。茶花は、近所に食事の買い出しに向かったらしい。

 この後は訓練が控えていた。その前に小休憩をとろうと、翠と白翅は庁内の自販機に向かっていた。


「戻ってきたんだ。あいつらが」


 ようやく翠が言葉を絞り出した。


「諦めてなかった。また来たんだ」

「………うん。きっと……まだ続く……」


 夕日の紅が毒々しいまでの明るさで翠の虹彩を照らした。

 白翅がふっと、目を伏せた。翠は窓を開ける。淡い風が、二人を撫でていく。

 白翅のグレーの髪がなびき、夕陽に白い頬が晒された。

 頬の傷はいつの間にか、消えて無くなっていた。






† † † †


 広大なコンソールルームの中に、その人物はただ一人立っていた。

 長方形の十数個のモニター画面が暗闇の中で光っている。部屋に窓は全く付いていない。

 その中央に位置する、最も大きなモニター画面には、詳細な地図が映し出されている。

 あちこちの区画に赤いポイントマーカーがつけられ、そのほとんどが静止していた。


「ロストしたか」


 特に残念そうでもない様子でそう呟く。

 複数のマーカーの中で、先ほどまで一つだけ動いていた物があった。

 が、それはやがて静止した後、急に消失してしまった。


「早かったな……」

「よう。こんな夜中までご苦労さん」


 背後から声がかけられる。

 いつの間にか、その人物の側に音もなく小柄な影が近づいていた。

 藍色の髪に、ゆったりとしたタートルネックを身に付けている。

 大型のコントロールパネルの前で、影は立ち止まった。


「お前も見れば良かったのに。もう終わってしまったよ」

「だったら起こしに来てくれよな」

「子守するような立場でも無い」

「あは、確かに。終わったって事はやつらが動いたか……」

「ああ、再始動だ。タイミングとしては悪くない」


 そう、ようやくだ。ようやく仕切り直せる。


「さあ、ここからだ。実力を見せてみろ」


 淡い光の中で、艶然とその人物は微笑んだ。

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