第一話 闇に浮かぶあなたの顔は case6
「進展があった。今すぐ来るように。武装も残らず持ってきなさい」
椿姫達と解散した夜明けに、翠と白翅が眠りについてから、十四時間後。
不破からの電話を受けた翠達は分室の執務室に再び集合していた。
分室長用の大きなデスクが、窓からこぼれる陽の光を浴びて光っている。
「三件の事件現場周辺の監視カメラを調べた
資料写真の添付された写真が、執務室の壁に設置されたモニターに映し出される。
そこには、三つの画像が等間隔で配置されており、それぞれ一人の人物が映し出されていた。
野球帽をかぶっている短い髪の女性。
長い髪に眼鏡の女性。
同じく、短い髪だが、茶髪の女性。口元にはマスクを付けている。
向いている角度もそれぞれバラバラだ。
「この人達って……」
一見してどこにも異常な様子は無い。
三名の別人が映っている写真のように見える。しかし、何かがおかしい。そんな小さな疑念が、翠の胸の中に生まれた。
「ああ。画像追跡している最中に発見した、それぞれの事件の現場付近にいた人物なんだが……怪しいと思って、それぞれ目や耳の形に注目してみた」
不破がモニターを操作する。三人をあらゆる角度から見た静止画像が表示された。
それぞれの顔が拡大され、画質が調整されたことで、更に顔が鮮明になる。
「公安で訓練を受けていた時に、
不破はかつて、特務分室を任される前は、
秘匿性の高い
「そして、ピックアップしたこの三人がどうも顔のパーツが似ているような気がしてな。念のため、背格好を含めて、画像処理したのち、照合した結果、九十三%の確率で同一人物という結果が出た」
そこまで確率が高いと、捜査の方針上は同一人物とみなされる。
「この三人……じゃなかった、この人が犯人なんですか?」
不破の言っていることが事実だとすれば、この人物は現場ごとにいちいち変装して現われていることになる。
状況証拠でしかないが、確かに怪しい。髪の色が違うのはウィッグでも身につけていたのかもしれない。
「今のところ、なんとも言えない。ただ怪しいだけだ」
不破はあくまで慎重だ。警察官としては理想的な姿勢とも言える。
だが、彼女の言葉にはいつも以上に力強さがあった。こういう時は、何か他にも手がかりがあるということを、二年以上の経験から翠は知っていた。
「ときに、翠、白翅」
「はい?」
「……」
突然名指しされ、翠は僅かに戸惑った。
白翅も不思議そうに首を傾げている。
「この人物に見覚えは?」
モニターが切り替わる。
画面に映し出されているのは、眼鏡をかけた黒髪のベリーショートの少女の、肩から上を映した写真だ。
証明写真なのか、上に着ているのはどこかの学校の制服のようだ。
紺色のセーラー服。青いネクタイ。顔はどちらかというと、丸顔。
「会ったことあるかな……?」
「…………ん」
全く見覚えが無い、というわけではない。が、具体的にどこで会ったのか思い出せない。
「えっと、どこかで……最近、ですよね」
知人の中にはいない顔だ。ということは、最近会った人達の中にいることになる。
制服を着ているところを見ると、学生だろうか。最近、知らない学生と会うことになった機会といえば……
「あ、牧村洋子さんの。制服が同じですね」
「そうだ。あの学校の生徒に聞き込みへ行ったのは君たちだったよな。君達の話を聞く限り、少しの間だけ接触しているはずだ。
聞きこみした相手、話を聞いた相手のリストをメモに書いて渡してくれたよな。
それをもとに、生徒の名簿から写真をピックアップしておいたんだ」
言葉を切って、不破が続けた。
「被害者達の関係者の中に犯人がいる可能性を考えて、先ほどの変装した三枚の写真に写っている人物の顔を、鑑識課と協力して関係者達の顔と照合したんだ。
結果、この子、つまり『
翠達が森下麻衣に出会ったのは、第一の事件が発生した二日後のことだった。
その時は、まだ牧村洋子が殺害された直後で、次の事件が起こっていなかったため、洋子だけをピンポイントで狙った犯行だと思われていた。
そこで、少しでも犯人への手がかりを探すために、警察によって、洋子の母親を含む、身近な人々への聞き込みが行われた。
しかし、交友関係を洗い出すために、生徒への聞きとり調査を行おうとしたところ、学校側が、警察官が敷地内に立ち入ることを露骨に嫌がったのだ。
ただでさえ猟奇的な殺人事件で生徒たちが動揺しているところに、更に波風を立てるわけにはいかないということなのだろう。そこで、不破は奇策を使うことにした。
即ち、学校内に年齢の近い翠達を立ち入らせて、洋子の同学年の生徒たちに聞き込みをさせることにしたのだ。
翠達が洋子の同学年の子たちに声をかけ、警察に協力を頼まれているという名目で、少しずつ情報を集めていった。
そして翠達が二番目に声をかけた女性徒のおかげで、交友関係の調査は大きく進展した。
『キミらもきついバイトにはいい加減見切りをつけなよ』
などと言いながらも、嫌がることなく協力してくれた。その子は洋子と同じクラスだった。
『よーし、じゃあみんなに聞いていこう。君たちいい子っぽいし。警察も関わってるんなら、責任重大だろうからね。協力してあげるよ』
その子は友人も多く、翠と白翅のペアと共に、友人たちを中心に情報を聞いて回ってくれた。
連絡先を聞いてきた子もいたが、そういうのには応じないようにと言われている、と丁重にお断りした。
やがて、校内での聞き取りが終わり、校庭で運動部の練習中の子に聞き込みをしている最中のことだった。
『ちょっと待ってね、この子の次は……あ、おーい!』
裏門から今まさに、鞄を持って帰宅しようとしている生徒に、彼女が声をかけたのだ。
『……なに?』
『森下さんさあ、牧村さんと仲良かったよね?同じクラスだし』
『仲良くはないよ』
『でも、たまにいっしょに帰ってたじゃん!教室でも、まあ、確かにたまにだけど……喋ってたっしょ?友達だったでしょ?』
『友達……。けど、私あの子にはあまり詳しくないから。帰りにいっしょになるくらいのことは……あるでしょ』
『なんでもいいんです。牧村さんになにか変わったことはありませんでしたか?
例えば、最近変な人に付きまとわれてる、とか。なにか怖い目にあった、とか。誰かと揉めてたこともありませんか?』
慣れない聞き込みに、肩の力が入るのを感じながら、翠が重ねて尋ねると、
『さあ?何度も言うけど、私、あの子とそんなに仲良くなかったから』
それじゃ、と手を振ってそのまま立ち去っていってしまった。
『クールですね』
『……うん』
白翅がその背中を視線で追っていたのを覚えている。
『いつもあんな感じだよ。なんか最近、元気ないし』
そう言われてみれば、消沈しているように見えなくもない。クールというよりかは、今は覇気がないようにも感じられた。
『あの子も、前はもっと無口だったの。 何話しても うん、とううん、くらい。けど、洋子は気にかけてて、話しかけてあげたりもしてたみたい。わりと上手くいってそうだったんだけどな。あ、そっちの子も静かな感じだね』
わたし?というふうに、白翅が自分を指差す。
確かに、白翅と同じくらい口数が少ない人だった。だからといって、気が合いそうには思えない。森下麻衣は、そんな印象だった。
頷いてから、その子は『きみ達もいい友達みたいね』と続けた。
『……ありがとうございます』
『はい。いい友達です』
笑顔でそう答える翠に、その女の子はぷっと、吹き出した。
「……確かに報告しました。その子が、なんで……」
「関連性が無いとは思えん。そこで、本人の情報を調べてみた」
不破がクリップで止められた書類を、壁際のキャビネットから取り出し、翠達の抱き合わせたデスクの中央に置いた。
「森下麻衣の調査報告書だ。正直、かなりきな臭いぞ。記載された経歴を読んで欲しい」
椿姫がピアニストのように繊細な指で書類を捲った。
「……なによ、これ」
そして、絶句した。
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