第一話 闇に浮かぶあなたの顔は case5

「なんで顔を裂きたがるのかしらね」


 椿姫が独り言のように呟いて、頬杖をつこうとした茶花の手を、テーブルにきちんと置かせる。


「嫌いな人に似てたから、っていうのはどうでしょうか。犯人にとっては、嫌な顔とかだったのかも」

「どうでしょう。逆に好みだったからこそ、というのはどうです?気に入らない獲物は襲わないものだと茶花は思うのですが」

「みんながみんな、グルメってわけじゃないのよ」


 全体的にクリーム色を基調にした、清潔感のあるデザインのキッチン。冷蔵庫の近くには綺麗に磨いた机が置かれ、四つの椅子がそれを取り囲んでいた。

 さほど広くはないが、深夜でも明るいムードが漂っている。


 ここは新宿区にある、翠の自宅だ。白翅と共同で借りている。犯人を捜索するも、またも姿を見つけることはできなかった。

 深夜を過ぎてようやく解散したものの、空腹をこらえきれず、どこかで食事をとろうということになったのだ。


 そこで、翠が椿姫達を招待したというわけだった。

 翠は、出来上がった料理をテーブルに並べていく。隣では、白翅が黙々と食器を用意してくれている。


 茹でたジャガイモを薄切りにしたものに、玉ねぎとベーコンを細切りにしたものを入れ、最後にしめじを投下したジャーマンポテトだ。

 主に調理したのは翠の方で、白翅には具材を刻むのを手伝ってもらった。


 調理が終わった後に、残った油などはすぐにペーパーナプキンを使って拭き取る。 

 こうした作業はすぐに行った方が後で面倒にならないと、母から翠は教わっていた。

 もう両親と離れてから何年も経つ。けれど、翠には、何一つとして忘れられる思い出は無かった。


 椿姫があくびを嚙み殺した。その様子を茶花がまじまじと見つめている。

 翠は眠気には強い方だ。が、白翅の体調が少し心配だった。

 彼女は翠ほど丈夫ではない。

 今日は学校を休んで、睡眠時間を取り戻した方が良いかもしれない。


「嫌いなタイプの顔だから見ていられなくなったってこともあるかもしれないよ」

「だとしたら随分と傍迷惑な人ですね」

「人殺しは、ほとんど傍迷惑なものよ」

「あ、できたよ!みんな!」


 翠が明るい声で食事の仕上がりを告げた。

 用意が終わると、四人でいただきます、と手を合わせた。

 ジャーマンポテトに醤油を少し入れ、香ばしくなったところを口に運ぶ。

 柔らかく、ほくほくとした食感が、温かく歯に染み込むようにして伝わってくる。

 おいしい、という小さな声が聞こえてきた。白翅は少し表情を緩めて料理を咀嚼している。


「ありがと」

「……どういたしまして」


 少しずれた会話をしながら、会話を続行する。


「だとしたら、その嫌いな人はどうしちゃったのかな」

「……もう死んじゃった、とか?」


 白翅が先を続けた。


「その辺が何か関係しているのかもね。それで、今回の事件、犯人の異誕が人型だとすると……ただの人型か、それとも混血こんけつかしら?それとも、他の何か?」


 人型の異誕にも複数のカテゴリーが存在する。人と似た姿で生まれてくるもの。

 また、稀に人間との間に子孫をもうけ、そのさらに子孫が隔世遺伝的に先祖と同じだけのスペックを持つに至ったもの。


 後者は便宜上『混血こんけつ』と呼ばれている。

 『混血』が犯罪を犯すのは非常に稀だ。

 理由は、単純に個体数が少ないというのも理由の一つだが、混血の大半は社会に溶け込んで人間として生活しているため、社会的な立場というものがある。それを進んで失いたい者はいない。

 そして、警察庁やその他の行政機関が、混血達の存在を確認できるだけ記録し、管理しているため、彼らが法を侵した場合は発覚しやすい。記録される側としても、犯行がバレた時のリスクが大き過ぎるからだ。


「アンタは?白翅はなんかある?」

「……?なにかって?」


 きょとん、とした様子で白翅が聞き返した。


「なにって、だから動機よ」

「……………………」


 白翅は何も答えない。無視しているわけではなく、視線を下げて何かを考えこんでいるようだ。

 誰よりも先にジャーマンポテトを食べ終えた茶花がスプーンを置いた。


「……楽しいからやったわけじゃ、ないんだと思います」


 紫の瞳の視線を皿から外して、白い顔をゆっくり上げた。


「たぶんそうせずにはいられなかったんだと思います。だから楽しくなくてもする。…………そうせずにはいられないから」


 そうねえ、と椿姫が嘆息する。犯人は執拗に被害者の顔を傷つけている。

 そこに何かがあるはずだった。犯人しか知り得ず、翠達の知らない何かが。

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