008:開戦。囚われし罪と捨て去りし化物(2)

汗ばんだ全身を標的との遮蔽物である車体に委ね、音を最少に息を整える。


視界は今だ黒き煙霧で埋め尽くされており、再現した虚像の小隊は枯れることなき怒声、そして尽きることのない銃声たちを繰り返していた。

呼吸よって図らずも取り込んでしまう濁った空気に耐えながらも空となった弾倉を再度排出。流れるような動作で取り出した新たな弾倉を装填リロード


( これで特殊弾の残りは弾倉2つ分…か…… )


心に浮かぶ不安を無視しコッキングレバーを引く、そしていつでも掃射を開始できる準備をとった。


腕時計に目をやると作戦開始から20分。輸送車が離脱して15分程だ。


戦況は変わらず。しかし、その”変わらず”という事実が今まさに柘榴をじわじわと追い詰めていた。


現状周囲を支配している煙幕もその中を飛び交う自動機関銃からの火線たちも決して無限ではなく、いずれは終わりを迎える。

故にそれらが止まるよりも先に次の策を展開しなければならない。

しかし、その思惑はかなわず、煙霧の先にいるであろう標的は一度激憤の咆哮を上げただけで、それ以降なんの行動も起こしていないのだ。


撃退に成功したのか?……いや、そんなはずない。


これは慎重すぎるのではなく、確かな推測からなる思考。倒せるはずがないのだ。

作動している自動機関銃オートタレット全基に『対・巨人型』用特殊弾を装填しているといっても、これらはあくまで標的へのダメージを蓄積する為の兵装であり、決定打を与えるだけの威力はない。

もとよりこの作戦の要は十分な硬皮を削ぎ落とした後に撃ち出す『D2マグナム』による強力無比な決着の一別にある。


進化型ディザスター Fourth-Phase 』と対峙する際最も厄介な要素はあらゆる弾丸をも無効とする硬皮にある。ただの貫通弾では小さな窪みが出来るので精一杯であろう、故に『貫通炸裂弾』により窪みを作り出すと同時に爆散、その皮膚を少しずつ弾き飛ばす他ない。


加えて現状の進化型ディザスターが『狙撃型』の能力を有しているのは確実。ならば煙霧に紛れた部隊に対する反撃のパターンとしては、無謀な突撃よりもソレを用いた広範囲乱射を行う可能性の方が遥かに高い。


『狙撃型』の掃射能力は本来脅威的だが、それは自らの肉体の一部を球頭、体液を発射剤として使用する。


つまり、岩陰に隠した本体さえ無事なら決して死ぬ事のない虚像たちに乱射を繰り返せば進化型ディザスターは自らの肉を失い続け結果、最大の問題である硬皮を維持する事が出来なくなる。

そうなれば『D2』の一撃で木っ端微塵に吹き飛ばす事が可能なハズだ。


しかし、現実問題未だ『狙撃型』の能力による反撃は発生していない。

まさか、作戦を先読みされたのか!?


音を周囲に紛らせ場所ポイントを移動、次の車体ボンネットに突撃銃を乗せ自らの身体は出来る限り隠れるよう小さく構える。


そしてトリガーに指をかけるが、まだ弾きはしない。


『進化型』が次にどういった行動を取るのか予想が出来ない以上、今は冷静に状況を整理する必要がある。それを頭の中で理解している反面、抑えきれない不安、緊張は大量の汗となって顔中から吹き出していた。


すぐにでも不安を払拭するかのようにトリガーを弾き続け、頭の中を『的に弾を当てる』という思考だけで埋め尽くしたい。


その思いを押し留め、黒煙に全身を溶かすよう気配を殺す。そしてそれはまさに英断であったと瞬き一つした次の瞬間、思い知らされるのであった。


ソレが生えた音は周囲の爆音よりも小さく、しかし嫌悪感を拭えない程に生々しいものだった。


聴覚が不快を感じるとほぼ同時に視界を埋め尽くしたのは、目でどうにか追える程ではあるが高速と定義して間違いない赤黒い針の群。


まるで全身をはしる神経全てを排出したかのように、瞬時にして伸びた無数のソレらは展開した煙霧を裂き火線を発していた箇所全てを穿ち貫く。更にはその周辺を針山と化すかの如き追撃、それはただ一つの生命の存在すら許さないと言わんばかりの猛威を振った。


それら全てが瞬き一つの瞬間で起こったのだ。


あまりの出来事に「嘘だろ…」という恐怖、そして驚愕の呟きが口外に洩れそうになるが、どうにかそれを抑え、ボンネットから離れ車体に背を預ける。

構えていた突撃銃を抱き抱えるようにし小さく身体を丸めた。全身は予想すらしていなかった地獄絵図に激しく震えてしまっている。


もし、一瞬でも不安に駆られトリガーを引き絞っていれば全身は貫き破壊された数々のデコイのように原型を保て無い程の無惨な最期を迎えていた。


こんな反撃……予想出来るはずがない。

間違いなく『変異型』の能力の応用、しかし、あまりにも規格外すぎる……ッ!!?


本来、肉体を自由に変形出来るとはいえその限界は増やす事の出来ない自らの肉体に留まっている『変異型』の能力を、捕食によって肉を維持、増殖できる【進化型】が使用したのだ。それも【巨人型】レベルに成長した災厄が……


こんな恐ろしい事が可能なのか……


周囲に展開したのは虚像の兵士たちであった。しかし、これがもし本物であったのなら目の前に広がっていたのは想像するのも悍ましい赤一面の地獄となっていただろう。


一帯を隔絶していた煙霧、そして耳を劈き続けていた爆音の数々は針の群によって切り晴らされ、ただ一つの行動によって約20分もの間維持していた戦場の主導権あっけなく奪われてしまう。


未だかつて無いほどに脈打つ心臓、うまく呼吸が出来なくなる程の激しい動揺。

心を沈め、身体へ確実に酸素を送り込む事が出来れば、また冷静に作戦を立て直せたかもしれない。


しかし、それは許されなかった。


「ギョロッ」という、これまでの生で一度として聴いた事のない不快を感じさせる音がすぐ側で発せられる。

思わず音へと視界を移すと、そこにあったのは伸びたソレらの所々に生まれた数百はあるのでは無いかと思える露出され不気味な潤いを持つ数多の眼球。


それはあまりにも非現実的すぎる光景。

しかし最大の問題は、彼がその恐怖に気付いたと同時にその無数の目たちもまた皇柘榴という肉の獲物をその視界へ確実に捉えたという現実にあった。


「 畜生ッッ!!! 」


時間は決して止まりはしない。刹那の瞬間、柘榴と針たちはほぼ同時といったタイミングで動き出す。


高速で伸びるソレは鋭く空気、そして鉄を貫く音を発し背を預けていた車体を瞬く間に針山へと変えた。咄嗟の行動を反撃ではなく、前方に飛び出すという回避行動にしていなければ彼の今世はあっけなく終わりを迎えていたことだろう。


体勢を立て直し振り向くと同時に車体へ突き刺さる針の数々へ突撃銃を掃射。その間も動きを止める事はなくバックステップにより少しでも距離を取るよう努める。


唯一の救いは自らの肉体の一部を延長、小さく何百にも分岐させた為であろうその襲いくる猛威たちには硬皮の要素が受け継がれておらず、放つ特殊弾によってソレらは脆く抉れ飛んでゆく。


しかし、その物量は圧倒的であり、絶望的だ。


(肉体を変形、延長させるだけじゃなく、ソレに眼を生やして偵察だなんて……これでは身を隠して策を立て直す事すらできない……ッ!!)


背後の気配に気を付けながらも、眼前で襲いくる針たちの猛攻をどうにか捌く。時に特殊弾で撃ち落としては、弾幕の隙間を縫って伸びてくるソレを紙一重で避けてみせた。


そして常に移動を続け少しでも襲い来る猛威の命中精度を下げる。しかし、これもいつまでもは続けられない。避けきれなかった脅威は僅かでも肉を抉り続け、そこから流れる血液の量は秒単位で確実に増え続けている。


火線を放つ突撃銃に込めた30発の弾倉ももうすぐ撃ち尽くす。

この猛攻の中では新たな弾倉を装填することさえ難しいだろう。とはいえ、このまま防戦一方に徹し続けてもいずれは確実に殺される。


決死の抵抗を続けながらも視界に映る針を辿りその発生源。晴れた黒煙の先に現れた『進化型』へと向ける。


そうして目に映った災厄と呼ばれるソレは、二足歩行状態であれば推測通り高さ約5mはあるであろう巨人を思わせる全長、おそらく導の同僚であった傭兵コントラクターたちを捕食し得たDNAから人に類似した人体構成を参考に再現したのだろう、しかし人のモノを遥かに凌駕した筋肉形態。そしてその禍々しさを感じさせる亭々たる体格を覆う多量の体毛。

『変異型』同様な爬虫類系の顔つきをしたそれは一見では神話で登場してもおかしくはない魔獣を思わせる雰囲気を溢れ出している。


そんな『かつては人であった』などと連想することすらできない程の存在は現在四足歩行の形態をとっており、特出して目につくの硬皮を纏う背を割り内部から露出させている巨大な肉腫であった。


針たちの正確な発生源はその腫瘍だ。

心臓を思わせる肉々しい鼓動を繰り返すソレは一見で今尚襲い来る猛威たち同様に撃ち抉れるレベルの脆い硬度であるのは理解できる。


もしその肉腫の根本を両断、本体と切り離すことが出来れば『進化型』から多量の肉を奪い落すことができ、致命傷を与えることが出来るだろう。


しかし、それは不可能だと現実が本能に訴えかける。


今現在、多量の脅威に襲われながらも皇柘榴が生きながらえているのがその証拠だった。それは実力による生存ではないということを彼自身が最も理解してる。


噛み締めた奥歯が「ギリッ」と音を立てた。


「 こいつ、俺のことをいたぶってやがる・・・たちが悪いにも程があるッ!! 」


黒煙を裂き、虚像の軍勢を一瞬で消滅させたのは数百もの針の群であった。

しかし、彼を貫こうと動くその脅威は数十。他のモノは、仕留めようと思えば一瞬で始末できるとあざ笑っているかのように、うようよと空を漂っている。

もし、それら全てが彼に襲い掛かっていたのなら、その命が五秒ともたないことは明白だ。


それは理性ある生物であれば『油断』といえる愚行であろう。それにどんな意味があるのか、はたまた意味などなく純粋な悪意によりものなのかは分からない。

しかし、その油断ととれる行動こそが最期に与えられた僅かな勝機であり、激しい疲労、動揺の中でさえ皇柘榴はそれを決して見逃しはしなった。


回避に失敗するたびに少しずつ抉られ続ける肉。そこからくる痛みが蓄積し続け、動くたびに苦痛の息が洩れる。

十分な呼吸をする暇さえ無い猛攻、しかし今なお消えることのない闘志は冷静に突撃銃のトリガーから指を放させた。それは諦めからではなく。決意からの些細な行動。


突撃銃の残弾数は3。

生存は絶望的だか、何もせず死ぬつもりはないッッ!!


いたぶられ続けた時間は決して無駄ではなく。その間抵抗を続けながらも得ることが出来た周辺情報を元にこの戦いで最後となるであろう策を構築。覚悟を全身に循環させ、思い、そして残された力全てを爆発させた。


素早い動作で腰に装着していた焼夷手榴弾を手にそのピンを抜く。狙う場所は肉腫でも線の群でもない。視線を地面に、そこを流れゆっくりと広がり続ける黒茶色の粘液。


ガソリンだ。猛威によって無数の穴を空けられた車たちから今尚流れ続けているその劣化した可燃燃料。寸分の迷いもなくそこに手にした爆弾を投擲した。


焼夷手榴弾とは発火性の薬剤を内包する事により、目標を爆発するのではなく、着火させて焼き払うことを目的として開発された爆弾だ。故に投げ放たれたソレは地面に広がる可燃燃料に着弾すると同時に轟音。熱風を発生させその場にいる誰よりも高い火柱の列、壁を展開した。


更に走る炎は新たなボロボロとなった車体に燃え移り、第二第三の爆裂を連鎖させる。


戦場が一瞬でその顔色を豪炎一色に変える。


予想だにしていなかった反撃からであろう、『進化型』は驚愕の咆哮を上げ、うようよと漂っていた猛威たちも爆発により四散した火のついた燃料を無防備に纏った為に燃え爛れ続けており、広範囲に展開した猛威が返って仇となったとばかりのダメージを与える事に成功した。


最も、それは彼自身にも言える事であり、爆発と同時に取り込んでしまう熱せられた酸素は喉に激しい激痛を生み、身に纏う軍服の所々は焦げ、露出した肌は火傷による痛みからまるで今尚炙り焼かれるかようにチリチリと痛み熱を発していた。


奥歯を更に噛み締め、痛みに耐えながらも新たな弾倉を装填し構えた突撃銃の照準を燃え爛れるのを逃れた針たちに定める。

そしてトリガーを弾きフルオートでソレらを撃ち落としつつ『進化型』との距離を詰める。


対して『進化型』自体も決して無抵抗ではなく、残った針を一斉に伸ばし反撃に出る。

それにより襲い来る脅威の大群は全身を掠め抉るが、怯むことなく疾走を続けてみせた。


喉の激痛、そして周囲の熱風、巻き起こり続ける炎が呼吸を妨げ、息が出来ない。

苦しい……決着を早めなければ、このままではどのみち死に至る。


一瞬にも感じられる時間で再び空になったそれを突撃銃から振り落とし、最後の弾倉を装填。今度は針ではなく、肉腫を照準にトリガーを弾き更に距離を詰めてゆく。これが最期の策だ。


これで上手く反応してくれなければ、どうすべきか・・・


そんな不安を他所に、唯一硬皮を纏えない部位を狙われた『進化型』は思惑通りの行動を起こした。

弱点として露出していたその肉腫を再び体内に戻すという変異を始めたのである。


その瞬間、僅かな勝機であったはずの作戦に確かな成功の未来ビジョンが訪れるのを感じた。


これを待っていた!!この瞬間をッッ!!


突撃銃を投げ捨てホルスターから『D2マグナム』を取り出し、最期の疾走。


変異にかかる時間は約5秒。

しかし、猛威を振るっていた針の群は全て腫瘍から発せられたものだ。つまりその全てを体内に戻すという事は今だ燃焼している部位さえも吸収してしまうという事になる。必然自らの内部熱傷を回避するためにはソレらを自切する他ない。


襲い掛かってきていた猛威たちがボトボトと崩壊をはじめる。この与えられた5秒こそが『進化型』が無防備、無抵抗となる最後の一時いっときなのだ。


もし手にしている愛銃が無ければ、この現状では今度こそ打つ手はなくなっていたことだろう。しかし、彼が握っているソレは『進化型』同様に強固な硬皮を持つ『巨人型』を”壊し貫く”為に作られた切り札。


そうして変異が終わるまで残り2秒を残し、辿り着いた決着の間合い。

皇柘榴、そして『進化型』との距離は数メートル。それはもはや銃撃戦ではなく白兵戦となるであろう程の超・至近距離といえた。


しかし、そんな彼を無視し眼前の災厄は今だ変異のみを行っている。それは飽きる事のない油断からであった。

ただの銃撃一つなどなんの問題もないと高を括っていたのだ。

『D2マグナム』という自らを”壊す”為に作らせたソレを知らなかったが為に・・・


「 こいつで、終わってくれぇぇぇぇ!!! 」


全ての闘気を込めた渾身の雄叫び。


そして重いトリガーを弾くと共に一帯に轟く決別の咆哮。それは災厄のものではなく、それを喰らう為に生まれた龍による一言。

次の瞬間、まるで今だ周囲で燃え盛る炎を沈下するかのように降り注ぐは、かつては顔面と呼ばれていた部位。そしてそこにあったはず爬虫類系の目や牙。それらが原型を忘れる程に粉々に砕け抉り散った大地を醜く彩る血肉の雨であった・・・ーーー

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