006: 絶望に挑む故の供物

これまで展開していたはずの生き残る為の思考、それに追従する強い感情たちが総身を駆け巡る激痛によって瞬時に塗り潰されていく。

まるで片脚を溶鉱炉に沈められたかのように、抉れ失った箇所からくる燃え爛れているかのような、体験したことのない。体験すべきではない心を食い破る程の激しい痛みの大波は止めどなく皇柘榴という意思を飲み込み続けていた。


「 いてぇぇ・・あぁぁぁ!!! 」

「 坊主!!! 」


顔面は無理やり露出される本能から溢れ零れる涙でグチャグチャに崩れ、そんな彼を目に店主たちはただただ狼狽えることしかできなかった。


いっそ、自殺でもすれば全身を襲うこの大波の群れから逃れることができるのであろうか。

そんな愚考だけが脳の片隅で微かに許される唯一の思考であった。


肉体が悲鳴を上げ続けているかのような激しい耳鳴りは周囲の音を消し去り、この世界には誰もおらず泣き叫ぶ自分だけが一人取り残されたかのような思い込みを強制させる。


しかしそんなノイズに満たされた聴覚が不意に、小さな「大丈夫」という言葉を拾い上げた。

瞬間、心そのものがバチンと頬を叩かれたかのような錯覚。


届いたその強い意思は柘榴の意識を僅かに救いあげた。


小さく掠れた声を頼りに荒れ狂う痛みの大波から顔を出し、無意識に過呼吸となり失われていた酸素を確かに肉体へ取り込むよう努める。


痛覚は変わらず警笛を上げ続けるが、少しずつ全身へ浸透していく空気によって忘れてしまっていた思考は次第に蘇えろうとしていた。

荷台の床に沈めた身体をそのままに、今なお小さく言葉を発しつづける彼女へと首を傾けどうにか視線を向ける。

強き意志を持った声の主、それは固定されたストレッチャーに意識とその傷ついた身体を横たえる導であった。


肉体の損傷によって、普段なら入りいることがないであろう脳の奥深くまで意識を沈められてなお彼女は「大丈夫、私たちが護ります」と小さく、しかし確かな想いを乗せて何度も、何度も呟き続けている。


彼女の意思は限界を迎えようとしている肉体を更に酷使してでも、今もまだ戦士として戦おうとしているのだ。

それは自らが生き残る為の闘争ではなく、他者を生かす為の約束。


そんな勇姿を目に、繰り返す呼吸と共に蘇る思考、そして新たに芽吹く強い感情の熱。


彼女は両足を奪われただけでなく、救う為に片腕までも犠牲に差し出した。それなのに、自分はどうだ?


奪われたのは片脚だけ……今この状況を打開出来る可能性があるのは自分だけだというのに

俺は一体、何をしているんだ……?


「ハハ・・情け、ねぇな。おれって・・ 」


思わず零れた呟きに反応するかのようにボロボロの顔面に苦笑が浮かんだ。


彼女に戦えといったのは誰だ?まだ銃を手にできる、戦えると背中を押したのは誰だ?・・・

俺じゃないのかッッ!!


全身を巡る激痛は一向に止まない。しかし、それに比例する様に延焼する熱の感情。

それは痛みに屈し思考を止めた自分自身をへの怒りであった。


「・・クソ。クソッたれがぁぁぁ!!!! 」


内に湧き溢れる感情を怒号と共に爆発させ、全身に瞬発的な力を宿らせる。すると肉体は瞬き程の一瞬、痛覚を無視し、沈んでいたその上半身を起こす事に成功した。


更に強くなる激痛によって再び過呼吸気味となるが、それによって溜まった熱い息を怒号に変えて強制的に排出。そして再度呼吸という動作を意識。


痛みを無視することはできない。ならどんなに無様でも、泣きながらでもいい。思考を止めるな。

俺も戦い続けるんだッ!!


心に喝を入れ、上半身を起こしたことによって広がった視界で荷台の内部を精察。

結果一見で得られた様子は、この車両一台あれば戦争を起こせるといったものであった。


おそらく試作品なのであろう、そこには正規のモノよりも異質な凶行を纏う様々な種類のライフルやその弾丸。さらにはトランクケース程のボックスに収納された携行型の自動機関銃オートタレットが数門に設置型の反動吸収式大口径機関銃が規則正しく並べられていた。


しかし、現状一番に必要なものは銃火器ではない。

更に視界を凝視、それによってメディカルマークがかかれた荷台に設置されている複数の引きのついた棚を視界に捕らえることに成功する。


迷いなく店主へと視線を送り、まだ荒れているかのような呼吸をそのままに口を開いた。


「 おっちゃん。そこの棚を漁って、くれ 」

「 お、おう。しかし坊主、わしゃ薬の種類なんてわからんぞ 」


指示に従い棚の開きに手をかける店主を目にしながら納刀していたナイフを取り出し、起こした半身の真横に置く。


「 大丈夫だ。とりあえず薬品が入った注射器がいくつかあるだろ?それを全部床に並べてくれ 」


もちろん彼自身衛生兵では無い為、専門的な医療知識はない。しかし、進化体エボルブにとれる応急処置の薬くらいは把握している。


慌てて並べられたいくつもの袋にはいった注射器を手に取り、そのラベルに目を通していく。

そして必要な薬品を2種類選択し、それを再び店主へと渡した。


「 おっちゃん。これと同じ注射器を探してくれ、俺と導さん用に二つずつ欲しい……あと、手甲に輸血液パックが付いてる感じの装備、というよりギブスみたいなのがないか探してくれ 」

「 輸血液っつうと……これか? 」


すぐさま店主が差し出した、遠目で観れば普通の患部保護固定包帯に見えなくもないが実際には小型の電子機器にカートリッジ式の輸血液が取り付けられた、特殊な作りの腕用ギブス。

特殊応急手甲『Blundell Pulse Detector Pack』。略称『BPパック』と呼ばれる自動輸血保護固定器を目に「やっぱりか」と思わず嘆息が洩れた。


装着者の情報を内部センサーで検知し、必要とされる輸血を電子制御によって行うよう設計されている『BPパック』は現状の柘榴や導のように、前線で重傷を負ったモノに対する応急処置の装備として発案・設計されたものだ。


最も彼が軍事学校で学んだことが事実であるのなら、この特殊手甲はまだ試作段階にも言ってはいない『設計品』であるはずであった。


その試作品が目の前にある。

それを見るに『Garumu』の技術力が四国軍のモノよりも遥かに先をいっている事を実感する。


そして、蓮から聞いていた『BPパック』があったという事は今自分の損傷に最も必要とされる装備もおそらく・・


『BPパック』があった棚、その上に設置されたガラスケージへと一度視線を向ける。

しかし今はまず彼女の処置を優先しよう。店主へと向き直り口を開いた。


「 おっちゃん。ソレの使い方説明するから、導さんの処置頼む。・・・そんなに難しい事じゃないから安心してくれ 」


『BPパック』は戦場で使うことを前提として設計されている為、例え衛生兵でなくとも簡単な操作で使用できるようにされているのだが、店主自身機器の操作などが苦手なのだろう。その顔には不安が浮かんでいる。しかし今は得手不得手をいってる場合ではない。


必要だと告げた注射器を受け取り、更に処置の説明を続ける。


「 そしてこれは細胞促進薬だ。これを打てば、彼女の進化体エボルブ細胞が活性化して出血を止めることができる。けど、意識を失っているとはいえ細胞の活性化時は肉体が激しく痙攣する可能性があるから導さんの身体はベルトでストレッチャーに固定して、打った後はストレッチャーが倒れないようにしっかりと支えていてくれ。それから痙攣が収まったらもう一本の薬品。抗生物質を打ってあげてくれ。頼んだぞ、おっちゃん。 」


処置法を聞き、決心を決める店主へ導さんの運命を託す。そして自分に使用する分の薬品を手に取ると同時に再び駆ける激痛。

痛みの元である脚へと視線を送ると、大きく円状にくり抜かれた膝下からは普段なら見ることもないであろう肉の内側、骨の断面が覗けられ、まるでそんな内側を見られたくないといったように抉断面から溢れる多量の血潮。

その鮮血たちは生き物のように、一定の粘土を持って進み荷台に広がり続けていた。


つい先日まで厳しい鍛錬によって日々鍛え上げていた脚力も今となってはもう取り戻せないものになってしまった。

傷の範囲が大きすぎるのだ。これではいくら自己治癒力が高い進化体エボルブでも再生は不可能。骨との接続も失われている膝下の垂れる肉はもはや腐るのみであった。

むしろ、生命力が強靭な進化体エボルブであったからこそ、柘榴そして導は多量の出血や損傷を経てなお、かろうじて生きながらえていられるのだ。


もし、絶望的な現状を打破することが出来ても、彼の脚がもとに戻ることはないだろう。


俺も決意しないといけないな・・・


真横に置いたナイフに目をやり深く息を吐く、そして処置を始めようとしている店主へと「悪い、ちょっと」と言葉を投げた。


「 おっちゃん。最後に、棚の上にあるガラスケージの中にある装備とPCをとってくれ。そのガラスなら簡単に割れるだろうから 」

「 あ、あぁ。わかった。ちょっと待ってろ 」


ゆっくりと深呼吸を繰り返し、決意に確かな強度を持たせる。そして数十秒をかけ寝かせていたナイフを手に取った。

ナイフの切っ先を損傷箇所、肉体とかろうじて繋がっている肉へと優しく添える。


「 坊主、装備っていうとこれでいいのか?・・おい、何やってんだ? 」


その問に答えるよりも先に傷へと添えていた刃を勢いよく振り下ろす。

そしてグリップを握る手に感じる生々しい肉を割く触感。しかし、二度と戻る事がない脚というかけがえのない部位が失われる喪失感よりも先に脳裏を埋め尽くすものは、やはり圧倒的痛覚の悲鳴であった。


口からは叫びと呼ぶにはあまりにも不格好な、まるで獣の咆哮を思わせる絶叫が無意識化で飛び出していき、喉の限界を超えるそれは炎症を引き起こしては、数秒としない内に彼の声帯を干からびさせた。加えて、新たに晒された肉の内側からは再び激しい赤の噴水が生まれ、ビチャビチャと下品な音をたて床に零れ、広がってゆく。


頭がどうにかなってしまいそうな程の衝動による耳鳴りと、切断されたそこで今尚燃え上がっているかのように熱を発する神経たち。

しかし、今度は飲み込まれたりはしない。現状深呼吸などという器用なことはできない、故に過呼吸となっても構わない、小さく何度も息を吸い、吐き出す。


「 いッッてぇぇぇぇぇ!!! 」


激しい呼吸と共に絶叫を怒号に変換することによって更に意思を保つよう努める。


骨との接続も失われた部位はもはや再生不可能。ならぶら下がり痛みだけをとどめる肉など必要ない。


感情に任せ、手にしていたナイフを適当に放り投げる。そして差し出される装備、そしてPCを強引に受け取り、現状の処置に必要なソフトを立ち上げた。


間髪入れず狼狽する店主を睨みつけ言葉を吐く。


「 おっちゃんは、導さんの処置だけ気にしててくれ!俺の方は自分でなんとかするから!!! 」


その叫びによって我に返る店主を目に、激痛によって震える手をどうにか従えPCに付属されていた専用ケーブルを手にしていた装備。一見では何に使用するのか分からない、長方形の金属体という見た目をした『試作品』へと接続、起動しているソフトと連動リンクさせた。


「 ・・ホントにヤバいのは、ここからなんだ、よな 」


もしかつて八条連から聞いた情報が偽りだったのなら、これ以上の地獄が皇柘榴を襲うことはないだろう。しかし、そうなれば彼は絶望の園から民間人かれらを助けることはできない。


地獄を乗り越えなければ、生かし、生き残れない。

どうしようもない、逃げられない試練を前に彼は何度目になるのかわからない苦笑を漏らすしかなかった。


そして起動に必要とされるPCソフトと連動リンクしたことによって、手にしていた『試作品』はその金属体という重々しい見た目からは連想が難しい程に滑らかな動作を開始。夜の野外で作動しても苦情一つ起こらないであろう静音を発しながら、数十秒という束の間でその全形を『鉄の脚』へと変える。


試作型特殊変形義足『 Philoctetes《ピクロテテス》』

これも軍事学校での講義では試作段階にも往ってはいない『設計品』。むしろ、開発会議で見送りされた『失敗作』とされていた。


欠損した部位に直接接続することによって、特殊形状変化合金によって作られたその義足は、対象者が最も使用しやすい寸法に変形、更に内臓される複数の擬似神経ケーブルが肉体の活神経と接続することによって、装着者にとって失われた部位が蘇ったと錯覚するほどの従来の義足の能力を遥かに凌駕する規格外の性能を発揮するよう発案、設計された。


しかし、これは『失敗作』である。その理由は『擬似神経ケーブルと活神経の接続における激痛』にあった。

どれだけ痛みに堪える訓練を積んだ者でも、神経に直接作用する激痛に耐えることは不可能といわれている。

事実、内臓されている数百の擬似神経ケーブルが体内に侵入、接続可能な活神経に更なる微細端子を持って縫合という約10分に及ぶ動作で何度もシミュレーションが行われたが、100%の確率で対象がショック死する事態に陥っていた。

故に開発案は許可されなかったのである。


そんな『失敗作』を『Garumu』が掬い上げ、再開発した。

しかし、今目の前にあるものは『試作品』だ。完璧なものではないだろう。


良くて100%の死亡率が少し下がったくらいだと推測できる。加えてそれを使用しようとしているのは、重症に部類される損傷を応急処置で済まそうとしているただの青年である。


必然、ショック死の確率は更に上昇する。


しかし・・・方法はこれしかない。


「 あぁ・・怖ぇぇな 」


思わず本心が洩れる。

ソフトは起動できた。後は特殊義足を切断面に押し当てPCのスイッチを押すだけだ。


その後は自動で処理される。約10分の地獄を乗り越えることが出来れば、再び戦う為の準備を整えることが出来るだろう。

しかしその間押し寄せるものは、おそらくこの数分の激痛を遥かに超える衝動であるとこは容易に想像できる。


身体は痛覚からではなく、恐怖によって震えていた。

呼吸を整えるが、それでも小刻みに痙攣する肉体は止まろうとしない。


「 クソっ・・・やばいな。マジでこれは・・・怖い 」


ここで覚悟が決められない自分がいかに、恰好だけの子供ガキであるのか実感させられる。

怖くて、怖くて仕方がない。


もう、勘弁してくれ。これ以上痛い目にあいたくない。

堪えていた感情たちが必死に地獄へ足を踏み入れることを拒んでいるのがわかった。


そうこうしているうちにも、ストレッチャーは激しく揺れ始め、店主、そしてその娘はそれが倒れないように必死に支えている。

導さんに細胞促進剤が投与されたのだろう。


彼女、そして亡き人となってしまったその同僚たちは民間人二人を護る為に命を賭けた。

自分だって・・・


思考ではわかっているのだ。覚悟を決めなければならない。来たる激痛に耐え抜き、護る。

分かってはいるのに・・どうしようもなく怖い・・・


恐怖に捕らわれる思考。しかし、かろうじて残っていた正義感がわずかの猶予を生み出す。


かつて蓮につれられて戦場に行ったとき、自分はナニを考えていた?何を想い、どう乗り切った?


決意を呼び起こす為の問、しかしそれを考えると同時にその思考には既に答えが用意されていることを思い出す。それは絶望で埋め尽くされた現状に差す皇柘榴にとってかけがえのないモノであった。


「 ・・・すず・・ちゃん 」


呟きと共に思い出す彼女に対する想いとつい先日にも自分に向けられたその美しい笑顔。

それは駆け巡る激痛、そしてここまでの焦燥によって失われていたハズの全ての能力をいとも簡単に取り戻して見せる。


自分が誰を護りたくて、なんの為に戦っているのか。


今だ痛みによって震える身体をそのままにポケットにしまっていたスマートフォンを取り出す。


そしてスリーブを解除すると、先ほどは気付かなかった通知たちが目に入った。それを確認し、思わず今までの苦笑とは違った温かな笑みが浮かぶ。


届いていた1通のメールを開いた。


『 突然メールして、すみません!実は明日の発表会でもう一曲歌いたい歌が出来ちゃったんですが、ちょっと不安で・・もしよかったら、録音したものを添付させてもらったので、一度聴いて頂けないでしょうか?あの!ほんと、もしよかったらでいいので!!それと、高知での小旅行楽しんできてくださいね。それでは失礼します。 』


そんな文面を見るだけで優しく温かなよく分からないモノが心を満たしていく。不思議と身体の震えは先ほどよりも収まっている気がした。


数年前まで、自分は何の為に戦うのか、何のために鍛えられているのかが分からなかった。

確かにこんな世界で生き残る為には力が必要だ。


しかし、人類と意想外変異体ディザイヤとの戦力差は圧倒的。人一人強くなったところでどうにかなるようなものではない。

なら何故自分はここまで特出した力が手に入るよう厳しい訓練を強いられているのだろうか?


そんな思考に悩まされていた時、軍事学校で偶然に出会ったのが、彼女ーー波本鈴なみもとすずであった。


そして彼女との出会いが皇柘榴という戦士を作り上げたといっても過言ではない。

一目惚れというものなのかもしれない。誰もいないと思っていた軍事学校の校舎で彼女の歌声に導かれるように出会い、そして、勇気を振り絞り話しかけ親交を深めた。


出会い、交友を持つようになってまだ数ヶ月。しかし、彼女と共に過ごす時間は、幸福そのもので、それを体験したからこそ初めて心から強く思ったのだ。


この時間を、この繋がりを護りたいと。


そう思った瞬間、初めて本心から護る為の力を求めた。そしてそれは、戦士として力なき者を護るという使命を帯び今に至る。


戦わなければならない。なにより彼女すずを護りたいから。


燃料おもいを得た闘志が再び沸々と湧き上がり、まるで鍛え上げた肉体が完全に団結したかのように、どこに隠されていたのか分からないような力が溢れてくる。


現状、最大の脅威と推測できる。輸送車の外にいるであろう意想外変異体ディザイヤタイプ『進化型ディザスター』。

この個体が軍にとって”災厄”と畏怖されているのは繰り返される成長の先にある『Fourth-Phase』以降の悍ましき生態にあった。


進化型ディザスター Fourth-Phase 』

タイプ『巨人型ギガント』。あるいはそれに見合った養分を捕食することによって変態するそれは、殺傷力でいうのなら現状確認されている意想外変異体ディザイヤの中では頂点とされており、他の種を遥かに凌ぐ肉体構成や従来の弾丸全てを弾く硬皮。加えてそれは同類を含む視界に映る全ての生命体を捕食すべく更なる凶暴性を露わにする。


この段階ではもはや通常兵装での撃退は困難で、かつて西日本が閉鎖される前。

完全な変異がされていなかったにも関わらず、意想外変異体ディザイヤの討伐拠点として整備された駐屯地に襲撃をかけた二体の『進化型ディザスター Fourth-Phase 』によってそこは一時間とたたずに壊滅させられたとの記録がある。


そしてその惨劇によって明らかになった生態により『進化型ディザスター』は災厄と呼ばれるようになる。


進化型ディザスター Final-Phase 』。

原初の生命樹オリジン・ツリー』とも呼ばれるこの進化形態は捕食によって得た養分が限界に達することを進化の条件トリガーとしている。

条件トリガーが発動した個体は約48分を経て肉体を全長16m程の肉で作られた巨樹へと変態させ、生やした肉の幹から全身の養分が尽きるまで『寄生型ヴァイラス』を産み落とすのだ。


その生成数はかつての記録では一個体につき200から400とされているが『原初の生命樹オリジン・ツリー』自身にも捕食思考が存在する為、それが新たなる養分を捕食すれば、その生成数に際限はない。


そうして産み落とされたタイプ『寄生型ヴァイラス』はその地に着くと同時に全身をネズミに似た全長40cmの四足歩行生命体へと変態。宿主となる進化体エボルブを求め活動を開始する。


寄生型ヴァイラス』に接触寄生されたものは進化体エボルブ細胞を強制的に悪性過剰変異させられ、数分と経たず、その全身を『変異型フォーマー』へと意想外変異させられる。加えて、産み落とされた個体の中には更なる『進化型ディザスター』を発生させるモノが10%の確率で存在する。

つまり、一度『原初の生命樹オリジン・ツリー』が生まれれば、そこにいる進化体エボルブは全て意想外変異体ディザイヤへと寄生変異させられ、そこから生まれた新たなる『進化型ディザスター 』が更に生命樹を生やす。


そうして絶望と狂気を孕んだ。破滅のサイクルが生まれるのだ。


現状の見立てでは外にいる一個体は、撃破した『変異型フォーマー』『狙撃型スナイパー』の死骸を摂取することによって『Fourth-Phase』に到達するだろう。


故にもう後はない。ここで撃退、或いは軍の応援がくるまで足止めしなければ、この個体が市街地に侵入すればそこには数分としない内に『原初の生命樹オリジン・ツリー』が生まれる。


そうなれば、この孤立安全区は瞬く間に戦場となり終焉を迎えることになる。

当然彼女にも危害が及ぶことになる。それだけは絶対に阻止しなければ・・・


「 ……絶対に、絶対に俺が護ってみせる。だから、力を貸してくれ、鈴ちゃん。 」


彼女を思うことによって自然と出た温かな笑みで呟きつつ大きく息を吸い、吐き出す。

そしてメールに添付されていた音声データを再生した。


そうして少しの間をおいて流れる、柔らかなピアノの音色に、妖精を思わせる可憐で、どこか無邪気さを感じさせる綺麗で優しい歌声。

それは、いつだって変わらず全てを包み込み癒してくれるかけがえのないモノ。


あぁ・・この歌声に何度救われたことだろう。


そう感じると共に、まるで思考と肉体が切り離されたかのような錯覚が起こる。


「 ・・ホント、鈴ちゃんに感謝だな 」


奏でられている旋律によって、まるで損傷になどなかったという錯覚を脳が起こしているこのチャンスをものにしようと行動を始める。

心は歌声に浸りつつ、しかし肉体には適切な処置を開始した。


歌は全てを救うなどという酔狂を聞いたことがあるが、あながち間違いではないのかもしれない。


先程まであったはずの激痛、そして恐怖は今や切り離されたモノという認識でしかなかった。


変形した『鉄の脚』を傷口に押し当て、処置を始めるボタンを押す。そして衝動が激しくなる前に細胞促進剤を投与。

後は耐えるだけだ。流れに任せ目を閉じ彼女との思い出を浮かべる。

すると、耳に入る妖精の歌を思わせるメロディーと脳裏の映像たちはまるで精神を別世界に連れ行ってくれるようであった。

駆け巡っているハズの激痛の存在が何故か感じられない。


そして想い巡るものは、彼女と過ごした楽しい思い出、嬉しかった思い出。後、無神経な発言をしてしまい気まずい雰囲気になってしまった苦い思い出たち。


彼女と出会い、毎日はいつでも充実していた。厳しい訓練も難なく乗り越えることが出来た。


好きになった女の為に全てを賭けるだなんて昔の自分からは想像出来なかった。

しかし、今となってはそれこそが全ての力の源となっている。


スマートフォンで再生されている歌は全部で四分くらいのものであったのだろう、その音色はもはや止まっている。にも関わらず、彼の脳内では軍事学校での放課後、彼女が柘榴の為にと毎日のように奏でたピアノの音色たちそしてそれを更にかけがえのないものにする美しい歌声が流れ続けていた。


時間という概念が感じられなくなる瞬間。しかし、それはPCから発せらた一つのアラームによって失われる。


処置が、終わったのだ。

おそらく彼女の歌、そしてその思い出が無ければもたなかった。

その事実は普段ならあり得ないと一蹴している奇跡のように感じられた。


「 ・・・終わったか。さて、どうなってるんだが 」


ゆっくりと目を開き、終了と共に自動投与されたのだろう処置後神経用鎮痛剤によって痛みこそ緩やかではあるが今尚ジンジンと熱を発している片脚へと視線を向けた。


そして映し出されたそこにあるものは、これまでの成長と共に鍛え上げたかつての肉たちではなく、磨かれた金属体特有の鏡を思わせる銀光を放つ鉄の脚。


違和感がないといえば嘘になる。しかし、ゆっくりと動くことを意識し、その場から立ち上がって見せる。


慎重に新たな脚となったそれをふらふらと靡かせ、問題なく肉体と繋がっていることを認識すると同時に、思い切って空に一撃の蹴りを放ってみた。


処置が終えてすぐの行動。加えて特殊義足とはいうがそれは肉と肉が繋がって接続されているわけでは無い。にも関わらず、その鉄の脚はブンッという音を発し、かつて訓練で行っていた格闘術と寸分変わらず空気の層を裂いてゆく。


接合部からの出血もそれにかかる痛みもない。


冷静に思考するなら、振りの速さは鍛え上げていたのもありかつての肉の脚モノの方が速いといえるが、その強度はいうまでもなく圧倒的だ。


動ける。これならまだ戦場を駆けることができる。


「 ホント、Garumuの技術力ってのはどうなってるんだ?まぁ、でもこれで・・・ 」


もう一度、今度は全力の蹴りを何もない空へと放つ。


感覚からするにこの一撃が人体へ直撃すれば人骨など簡単に砕くことが出来るであろう。


威力、意思との連動共に申し分ない。


立ち上がったことによって更に広がった視界たちを彷徨わせる。

そして導が眠るストレッチャーの横にあるテーブルに設置されている小型保冷庫からレーションと水の入ったペットボトルを取り出し、それらを口にした。


今尚彼女に装着されている『BPパック』の予備輸血パックカートリッジは店主が見つけた三つのみ。加えてこれはあくまで『試作品』だ。

過剰にこの装備に癒着することが最善手とは思えない。


貧血によるふらつきなどがかのうじて発生していないのなら、食糧摂取による栄養補給で代弁するべきであろう。

処置による心配から声をかける店主たちに言葉を返しつつも口には次々とレーション食糧。そしてそれを押し流すように多量の水を放り込んでゆく。


そうして数分。耳に微かな声を感じ、柔らかな笑みを浮かべ振り返る。

そして目に入ったのは顔色こそよくないが、精一杯の僅かばかりの笑みを浮かべる導であった。


「 ・・・もう、こんな体験、したくないですね 」


その絞りだした言葉に思わず小さな笑いが零れた。


「 あぁ・・全くだ 」


再び意識を取り戻した彼女と握手を交わす。


戦士たちは息吹を取り戻し、戦場に新たな波が生み出されようとしていた・・・

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