004:覆滅に抗いし戦士たち
ゆっくりと閉めたハッチ。
その先で闘っているであろう青年を思い自責の念に押しつぶされそうになるが、震える手を無理やりにでも動かし地下へと続く梯子を降りてゆく。
今となっては”亡き人”となってしまった同僚の血液を所々に散らせ、数分前まではシワひとつなかった清潔感のある軍服であったそれを身に着けた女性ーー
彼女を含む六人の新人
完成したばかりの新兵器を桂浜基地に輸送するだけの簡単なものであったはずなのだ。しかし、今現在一人の仲間が
国際軍事企業『Garumu』に入社した段階で死と対面する覚悟は出来ていた。しかしそれは間違いであった。出来ていたと”思っていた”に過ぎなかったのだ。
無残な最期を迎えた仲間の「助けて」という掠れながらも必死に絞りだそうとした、あの届かなかったハズの断末魔がいつまでも頭に響き続け、冷静に思考することさえ許してくれない。
アレが死ぬということ・・・コレが戦場・・・
どうにか梯子を下りきり真っ暗となっている地下へと足をつけ、頭上に広がる暗闇の先。青年と別れたそこへと視線を向ける。
ハッチを閉じて10分程だろうか。しかし、その間にも上に残った青年の若き可能性に満ちた命は
そう思うと、学生である青年を助けられない自分の力量不足が歯がゆく、今は祈るしかできない自分という存在がいかに脆弱なのか思い知らされる。
無意識に歯はギリギリと噛み締められ、両拳は血が滲まんばかりに握りしめられていた。
別れる間際に青年が託した「民間人の護衛」という任が無ければ、彼女は一人でも多くの生命を助ける為に『Garumu』の一員となった事は結局無意味であったと狂ったように泣き叫んでいたかもしれない。
現状はそこまで彼女を追い詰める程に、絶望的なものなのだ。
両手の平で頬を思いっきり叩き、痛みとともに自らに喝を入れる。
仲間の一人は死んだ。しかし民間人二人はまだ生きている。
今彼らを守れるのは心許なくとも、一応の銃器を装備している『Garumu』の
大きく深呼吸を一つ。すると、手に入れた少しの冷静がそれまで気付いていなかったある違和感を検出する。
視界を彷徨わせるが周囲に灯りが一つも灯っていないのだ。
普段使われていない地下室だからといって室内灯が一つもないわけがない。
配電盤が壊れてしまったのか?
だとしたら仲間たちはなにをしている?
六人の
灯りがつかないとしても彼女が後に降りてくることは知ってるのだから梯子下に留まっていたり、なにか目印を残していくのが通常だろう。
しかし、目印らしきものはないもない。
仲間たちの姿も・・・
不安と焦燥が心臓の鼓動を早めてゆく。
「 みんな・・・何処にいるの? 」
問いかけに答える沈黙が自らの心臓を握りしめてきていると錯覚してしまう程に、湧き溢れる恐怖心に溺れ上手く呼吸をすることができない。
戦慄く全身をそのままに青年に渡したものとは違う、もう一丁の自動拳銃をホルスターから取り出し、携行品の一つである手の平台のライトで前方を照らす。
心許なく照らされたそこには、床に固定されている複数の奥まで続く棚があり、目を凝らすと瓶や缶詰めなどが大量にあるあたり、この地下空間は食糧の保存室としても使われていたのであろうことが一目でわかる。しかし、ライトで照らすことができる範囲内に肝心の仲間たちの姿や痕跡は全くない。
それはまるで最初から誰もいなかったかのようでも、彼女を除く全員がナニモノかに連れ去られたかのようにもとれる状況・・・。
今だ体験したとこがないほどの恐怖に包まれながらも自動拳銃、ライトを構えつつ、一見から推測した構造上、梯子横の壁にあるであろう電灯のスイッチを探す。
ありえない・・ここに
現状を否定したいが為なのか、彼女は入社時叩き込まれた”敵”の情報を改めて整理してみせる。
この数分で遭遇したタイプは『
しかし、今彼女がいる場所は地下室。今までのどの記録にも意想外変異体が”地中を掘り移動した”などといった情報はない。
もし、
不意に室内の奥部、ライトの弱々しい光では照らすことができていないそこから「カラン」という、空の缶が落ち、転がっているかのような乾いた音が響いた。
戦慄に駆られながらもライト、自動拳銃を急いで構える。
膝がまるで機械に変わってしまったのではないかと思える程に激しく震え、もはや立っていることすら難しい。しかし、こんなところでその場にへたれこむことはできない。壁を支えに背を預ける。
過呼吸気味になっているせいで、肩が顫動し上手く照準を定められない。
視界は心に反応しているかのように流れ始める大量の涙によって遮られてゆく。
「 ま、任せて下さい・・・民間人二人の命は、私たちが・・私たちが守ります 」
自分に言い聞かせるように、恐怖に負けるなという想いが無意識に呟きに変わる。
情けなかったのだ。
突然とはいえ、仲間が目の前で殺された。そしてもし、青年のーー皇柘榴の指示がなければもっと多くの被害が出ていたことだろう。
「世界を救いたい、一人でも多くの命を救いたい」と、厳しい訓練を乗り越えてきた。しかし、いざ試練が目の前に現れた時、身体は竦んでしまった・・・
「怖い」と思考を恐怖一色に染め、助けたいと願った
そのことが情けなく、そんな自分のことが許せなかった。
だからこそ、今度こそは・・・。
自分の中で固めた覚悟が本物であると証明する為にも・・・逃げられない。
逃げたくないのだ。
音が発せられた奥部から、今度は何かが引きずられるかのような音が発せられ、それは確実に距離を詰めてきている。
恐怖、緊張から口内にたまった唾液を一気に飲み込む。
そして弱々しい灯りが”ソレ”を映し出した瞬間。
彼女は全身を駆け巡る恐怖に喝を入れるかのように、目の前の狂気に自らの覚悟をぶつけるかのように、喉が裂けんばかりの雄たけびをあげ、震え構える自動拳銃のトリガーを一心不乱に弾き続けた。
鼓膜が裂けんばかりの銃声。
覚悟を決めた一人の”戦士”の最期ともとれる咆哮。
しかし、その全ては地上には届かない。
暗闇に支配されたそこで闇を切り払うかのように煌めく
ーーーーーー
「 いいですか、ご主人様。現在地球上に存在する
脳裏では何年も前、蓮に叩き込まれた
空になった弾倉を排出、その間にも鋭い狂光を反射させている爪拳が襲い来るが、それを軽くいなしポーチから取り出した新しい弾倉を手の中に収めたまま、ベルトに取り付けた鞘から拳二つほどの刀身を持つナイフを抜刀。
ナイフのグリップと弾倉を同時に手に握っているせいで弾かれれば簡単に手の中から飛び出してしまうであろうそれらをまるで関係ないとばかりに力強く握りしめ、回避した爪拳の甲へと勢いよく突き振り下ろした。
「 タイプ『
爪拳にナイフを突き刺された眼前の『
「 だからこのタイプを相手にするときに最も必要なのは平常心です。呼吸を整え訓練通りの動きができれば、ご主人様なら簡単に撃退できます。最も、そうでなければ困るんですがね 」
軽く溜まった息を吐きだし、新たな弾倉を装填。
空いているほうの爪拳が放たれるよりも先に、照準を心臓にトリガーを一つ引き絞った。
耳を劈く乾いた音が響き渡り、周囲に硝煙が香る。
そして動かなくなったソレからナイフを回収し、鞘に納刀。手には自動拳銃を残したまま周囲へ視界を彷徨わせる。
今や動かなくなった『変異型』の死骸は四つ。
推定していた全てのソレらを撃退できたであろうことに少しばかり安堵の息を漏らした。
現状周囲には『
そもそも、これがおかしかった。
『
過去にも『変異型』が『狙撃型』を捕縛し、空から襲撃してくる事例はあった。故に四体のソレらに包囲されている現状、移送してきた同数の別個体も必ず近くにいるはずと推測できたのだ。
しかし、『フレイヤ』システムが停止しているこのタイミングで偶然にこれらが上陸してくるなどありえるのだろうか?
どれだけ考えても、何者かに仕組まれた計画のようにしか思えないのだが、現在の科学力で
「 ッッッッ!!!?・・・はぁ。考えている暇はないか 」
再びの謎の衝動が全身を駆け巡り、それと同時に建物の扉が轟音をたてて抉り壊される。
『
厨房にいる為発見されてはいないが、時間の問題だ。姿勢を低くし閉じられた
このハッチは構造上、外から数か所のロックを解除することで侵入が可能なつくりとなっており、『手』を有していない『狙撃型』では解錠することはできない。最も『変異型』は知能は低いが、『手』を変形して造ることができる為、これだけは撃退していなければ万が一が恐ろしかったのだ。
そして全てのロックを解除。音があまり出ないようゆっくりとハッチを開こうとしたその瞬間。僅かに開いたその隙間から戦慄を走らせる、鼻につく血の臭いが・・・
「 嘘だろ!!?なんで地下から!!!? 」
音などもはや関係ないとばかりにハッチを勢いよく展開。やはり開いた入り口からは今だ血の臭いが感じられる。
焦燥に駆られながらも、今何をすべきなのか思考。
急いで自動拳銃を構えなおし、そして冷蔵庫の前まで移動した。思考を乱さぬよう、冷静に努め中から常備されているのであろう瓶に詰められたトマトソースを取り出す。
そして音を殺しソレを手に厨房から店内を警戒。中にはまるで植物のツタに全身を蔽われた球体のような容姿を持つ『狙撃型』が二体。
時間がない・・・覚悟を決め二体の中間に位置する場所。その天井に向けて手にしていたトマトソースが入った瓶を投擲した。
そしてそれが天井に辺りよりも先に自動拳銃で打ち貫く。
銃声、瓶が割れる音と共に咆哮と呼ぶには甲高い、まるで発泡スチロールをこすり合わせた時の音に似たものを発する『狙撃型』に四散した『赤』の液体が降り注ぐ。
『狙撃型』が認識できる彩色は『赤』のみ。それが視界を蔽ったのだ。もはやソレはまともな行動ができない。案の定、視界を彷徨わせ狼狽に似た行動を起こしている二体に残った全ての弾丸を発砲。
自動拳銃の連射により、鼓膜に少しの耳鳴りが起こるが関係ない。
倒れ動かなくなった二体を横目に、もはや元が人型であったと認識するのが難しいであろうほどの無残なる死を迎えた
そして目当てであった発煙筒を手にし、真っ直ぐにハッチへと戻った。
「 頼むから、生きててくれよ 」
祈るように呟き、発火した発煙筒を落とす。そして慎重に梯子を下りる。
瞬間、暗闇の先から激しい爆音と光が発せられ、同時に轟く獣の如き咆哮。
やはりナニかがいたのだと顔を渋める。
四体の『狙撃型』を捕縛、移送した同数の『変異型』。それらは撃退、あるいは今だ周囲にいる。
なら今地下にいるのは一体なんなんだ?
どうやって忍び込んだ・・・
どれだけ冷静に考えようと答えがでない。
それは焦りに変わり、呼吸と心臓の鼓動を無意識に荒げていく。
高速で動く何かが梯子を伝って登ってきている音に合わせて、再びナイフを抜刀。
目を閉じ呼吸を整える。そして意を決し梯子から手を放し、ナイフを両手に構え暗闇の中へと落下した。
地面との距離がどれだけあるのかはわからない。しかし、ナニカが梯子を上ろうとしているのならカウンターに似た要領で確実にダメージを与えて見せる。
足先が暗闇と空気の層を破り、全身には冷たい風が襲い掛かり、それはさらに不安と焦燥を駆り立てる。
しかし、そんなことで冷静を失うわけもないほどに彼の闘争心、精神は極まっていた。
そして視界が捕らえた梯子を伝い外に出ようとしている、黒く巨躯な物体の背に手にしていたナイフを突き刺し、落下の速度と物体が高速で移動している速度を合わせてその巨躯を切り裂く。
刃が分厚い肉を切り裂く感覚を確かに手元に感じ、それによって吹き出る血液が全身に浴びせられる。
しかし、そんなダメージなど全く気にしていないといったようにその黒き巨躯は少しの咆哮を上げただけでナイフの切っ先は深々とソレに刺さることはなかった。
刀身は切り裂ける肉を全て裂き、空へと泳ぎだす。
「 くそっ!! 」
暗闇の先に薄っすらと現れる地面。
どうにか受け身をとるが、高さがあっただけに全身にかかる鈍い痛みは強い。
もしかするとどこかの骨にヒビでも入っているのかもしれない。
しかし、そんなことはどうでもいい。
落とした発煙筒を手に周囲を照らす。
「 誰かいないか!!頼むから返事してくれ!!! 」
その叫びに暗闇の先から「うぅ」と小さな呻きが答えた。
発煙筒を呻きの方へと向け、声の主を探す。すると、そこに彼女がいた・・・
周囲は血で埋め尽くされていた。
数々の四肢、肉片が飛び散り、惨状は店内のものなど比べものにならないほどに惨い。
そんな地獄のような光景の中で柘榴へと自動拳銃を渡した彼女ーー仙道導は生きいた。
しかし、かろうじて、だ。
両足の膝から下が無残にも喰い千切られている。
頭、腹部から大量の出血。
そして片腕も失われているが、それは喰い千切られたわけではない。彼はそれを一目で理解した。
「 あんた、手榴弾を手に持ったまま爆発させたのか!!?・・・なんて無茶なことを 」
「 へへ・・・脚は、ただで食べられ、ちゃったけど・・・私の、腕は。た、高い、んですよ・・・ハハ 」
「 今、止血するから!!気失うなよ!!頑張れ!!! 」
「 ・・・わ、私よりも。先に・・・ 」
急いで応急処置を施そうとしする彼を静止し、彼女は棚の一部。まるで何かを隠すように置かれている木箱を指差した。
落ちていたライトをとり、それを向けると木箱で封じた先で小刻みに身体を震えさせているナニカが目に入る。
さらに凝視すると、それが数分前に出会った店の娘だと分かった。
「 まさか、生きてるのか!!あんた、流石だよ!!!すげぇぇよ!!! 」
「 ・・良かった。今度は助け、られて・・・本当に、よかった・・・ 」
「 あんたたちも出てきて止血するの手伝ってくれ!!あの化け物はまだ暫く戻ってこないはずだ 」
その言葉に反応し、娘と一緒に隠れていた店主は木箱をのけて現れる。一目では外傷はないようだ。
それを確認し、今最も命の危機に瀕している彼女への処置を開始した。
「 この様態、ショック死してもおかしくない程だ。あんたホントに凄いよ。だから頑張れ、生きて帰るんだ・・・クソッ出血が酷い。 」
「 私は、もうダメです・・だから一人でも多く生きて帰れる判断・・を、お願いします。お願い・・ 」
弱々しく発する彼女の言葉を無視し処置を続ける。
娘のほうは今だ頭を押さえて震えているが、店主のほうは慣れないながらも処置に協力してくれているおかげで、どうにかなるかもしれない。
「 あんたは、なんの為に『Garumu』の
これ以上の処置はできない。店主に協力してもらい、彼女を背負い、簡単な紐で自らの身体に固定する。
もはや息は途絶えつつある、早くちゃんとした処置を施さないと・・・
柘榴の問いに彼女はどうにか言葉を絞り出す。
「 私は・・一人でも多くの人を。救いたくて・・・ 」
「 じゃあ、まだ死ねないな。ほら、これもってみろ 」
そういって、だらんと垂れている彼女の手に「絶対に返して」といわれていた自動拳銃を握らせる。
「 あんたの手はまだ銃を持てる。あんたはまだ戦えるんだよ。あんたが戦えば、その願い通り一人でも多くの人が救われる。だから、だからこんな所で死ぬな。戦うって決めたなら、その手に何も掴めなくなるまで、必死に生きて戦えよ。俺があんたを助けるのは、あんたに生きて欲しいからだけじゃない。あんたがこれから助ける人の命の為でもあるんだ。俺たちが戦うってのは、そういうことだろ? 」
そう言葉をかけると、彼女は口を閉ざした。
それは彼の言葉を聞きなのか、それとももはや話をする体力さえなくなったのかは定かではない。
しかし、彼女の頬には「死にたくない」と訴えるように止めどなく涙の粒が流れていた。
その言葉を最後に柘榴も口を閉ざし、思考を開始する。
梯子を上るあの黒い化け物。
薄っすらと視えたその姿、そして地下にいた全ての『人型』を”あえて”食さず、上に向かったその習性。
「 タイプ『
冷や汗が止まらない。
しかし、ここにいる全員を死なせるわけにはいかない。
柘榴の目には覚悟が現れ、その視線は上にいるであろう最悪の狂気へと向けられるのであった・・・
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