003:人外の知恵が生みだしたモノーー『フレイヤシステム』
かつて『フレイヤ』システムにクラッキングを実行、そしていとも容易く投獄されていった数百人ものクラッカー達は皆口を揃え『
システム稼働から三年程が経つ。しかし、未だ10あるシステム防衛ラインの内、第二防衛ラインさえ突破できたクラッカーは誰一人としていない。
もし第二以降のシステム防衛ラインを突破できたとしても、その瞬間中枢機関である桂浜基地に警報が鳴り響きクラッキング対策のエキスパートによって構成されているスタッフ達が時間をかけずとも鎮圧することだろう。
もしこのシステムが”あの事変”が起こる前、各海域に設置されていたなら日本は世界最高峰の防衛力をもった国となっていたかもしれない。
しかし、その
そして数分前まで穏やかな時間が流れていたそこは、今となっては戦場の最前線であった。
屋内の窓ガラスは全て、生存者たちを抹殺するべくして放たれた赤の球頭によって無残に破られ、かつて清掃が行き届いていたはずのそこは四散したガラス片、そしてもはや人型であったのかさえ判別できない程に抉り潰された男性であったそれの死骸とそこから溢れる赤黒い粘液たちで侵されていた。
そんな平穏から隔離されたそこの奥部。
調理場として使用されていたそこに柘榴を含む8人はいた。
今となっては荒れ果ててしまった店を切り盛りていたご老体の店主とその孫娘、つい先ほど仲間を失った軍服を身に纏った彼らは皆身体を小刻みに震わせ全身を覆う絶望に支配されてる。
そんな中ただ一人、軍事学校在学生である柘榴だけは降りかかっている現実を確実に捕らており、その手には『試作型超大型回転式拳銃』が力強く握られていた。
壁に背を預け、僅かに顔を出し状況を視察する。
「 ・・・この角度からの照射とその連射速度・・ざっと推定するに数は、4ってとこかな。ただ、ホントに『
嘆息をもらすと共に手の中で冷たく留まる中折れ構造のソレを展開、シリンダーに”三発”の専用弾が込められているのを再確認し再び銃を構えた。
彼が持つ『試作型超大型回転式拳銃』
正式名称『 DOORU・テクノロジー製DORGシリーズ試作型
通称『D2マグナム』は本来、
「 ・・・お前ら『
視察を続けつつ、いつまでも震え続ける軍服たちに言葉を放つ。
その言葉を耳に彼らは再び我に返り動揺をそのままに腰のポーチから無線機のようなものを取り出し通信を始めた。しかし、横目で見ても彼らは動揺によってか呂律も上手く回っておらず、オープン状態の通信機を手にただただ狼狽し、肝心の内容を口に出来ていない。
舌打ちを一つ。軍服から強引に無線機を奪い、それを耳に冷静かつ淡々と状況を報告してみせる。
「 こちら四国軍事学校在学六期生、No.136 皇柘榴伍長。非常事態発生。第10区並びに第20区に配備されている超大型ガトリングタレットが停止している疑い有り。繰り返す、第10区及び第20区に配備されている超大型ガトリングタレットが停止している疑い有り。至急確認されたし。現在我々は第16区沿岸部の飲食店にて複数の
一通りの報告を終え対応を待つ間、弱々しく無線を取り返そうと手を伸ばしてくる軍服を睨みつけ静止させる。
目の前の彼らに実戦経験がないのは一目でわかる。対して柘榴は今まで同居人である鬼教官に連れられていくつかの戦場は経験したことがある。もちろん、参加した戦場は激戦区のようなものではなかったが、それでも
少しして無線機が音を発する。
「 ・・・その報告では65点くらいです 」
「 ・・は?・・・え、えっと、もう一度繰り返して欲しい。 」
・・・・は?
無線機からの対応に思わずあんぐりとしつつ、どうにか言葉を口にする。
え?・・この対応おかしくない?65点ってこれじゃまるでアイツみたい・・・ハッ
最悪の思考が脳裏に浮かぶ、それにより抑える事の出来ない震えが全身を襲った。
ゆっくりと無線機を外し、せめてもの願いを抱き軍服達に質問を投げる。
「 あ、あの・・この無線機の相手って・・・ 」
「 え?・・上司の、八城蓮という女性です」
「 ・・・Oh my god 」
そして、そんな石榴の反応を読んでいたかの如く、無線機からは彼が人類史上最も苦手とする鬼教官。もとい、同居人の女性、八城蓮の怒号が放たれた。
「 65点だッつッッてんだよ、このクソ童貞野郎!!なんで高知になんている!!!!てめぇぇまた学校サボりやがったなぁぁ!! 」
「 ごごご、ごめんなさいぃぃぃ!!!・・・こ、この無線機は・・・現在つながっ 」
「 現在繋がっていますよ、このクソご主人様!!!てめぇぇ帰ったら冷蔵庫の下にひっそりとくり抜いた床の下、その空間の地面部に敷いてるダミー板の更に下の地面から1メートル58センチ下に沈めて土でカムフラージュしてるグラビア本六冊全部燃やし捨てるから覚悟しとけ!!!! 」
「 なんで、そこまで徹底して隠した場所が毎回バレるんだよぉぉぉぉ!!! 」
今にも泣き出しそうな声色で嘆きをあげる柘榴を目に、そこにいた生存者たちは思わず目を丸くしてしまう。
彼らの目の前にいるその青年は先ほどまでのクールかつ、冷静沈着な猛者ではなく、まるでテストで赤点とったことを隠していて、それが母親に見つかった時の少年のようにも見えた。
不意に無線機の音量が上がり、その先にいるであろう八城蓮が他の生存者たちに愚痴のような叫びを放つ。
「 皆さん、聞いてくださいよ!!!この童貞野郎、彼女いない歴=年齢のくせに性癖だけはいっちょ前で、持ってるグラビア本全部洋物なんですよ!!!身の程を弁えろ雑種!!! 」
「 ちょっ、お前今そんなこと言ってる場合じゃっ、というか声うるっさい!!今交戦中だっつってんだろ!! 」
「 はぁ?そんなこと私には関係ないでしょ!!! 」
「 お前の部下もここにいるっていっただろうが!!貴様それでも上司か!!! 」
「 彼らは・・・わかってくれるわ 」
「 俺の性癖語るためだけに部下の命を懸けるなぁぁぁ!!! 」
もはや絶望的な状況であったなど忘れてしまいそうになるほどに場違いな彼らのやり取りを目に、残った者たちはあんぐりを続けるしかないといった状態だ。
そんな彼らなど気にせず二人のやり取りは続く。
「 あぁぁ、もう!!!俺のことはいいから、それよりも早く『フレイヤ』システムの点検急げよ!!!それと応援ッッ!!! 」
「 言われなくても、もう五分前から『フレイヤ』システムへの対応は始めてます!!こっちだって忙しいんですッ!!! 」
「 えっ!!?五分前って・・・ 」
「 とにかくッ、応援は必ずそちらに送ります!!!だからそれまで他の人たちの避難、護衛任せましたよ!!以上ッッ!!! 」
「 ちょっ、お前ッッ!!・・・切りやがった 」
一方的に切られた無線を軍服に返す。
蓮が残した「五分前から対応している」という言葉、そして今の状況に混乱を消すことができない。しかし、今店内にいる者の中で現状を冷静に対応することができるのは柘榴一人だというのはここまでの道のりが証明している。
そんな状態をすぐに読み取ったからこそ、彼女も「任せた」と言葉を放ったのだろう。
混乱と苛立ちは残るが、溜息一つにそれらを込めて深く零す。
そして思考、感情を落ち着かせ、不安に囚われた顔つきの店主へとゆっくりと言葉を向けた。
「 おっちゃん、この店にはシェルターとか地下室ってないのか?あるなら案内してくれ、ここよりは安全だろう? 」
パニック、そして恐怖によって忘れてしまっていたのだろう。
問いかけを耳に目を見開いた店主は、急いで調理場の床にあるハッチを指差し「こっちだ」と誘導を始める。
高知の沿岸部に数十にも及ぶ超大型ガトリングタレットが設置されていることは孤立安全区である四国に住むものなら誰もが知っている。しかし、それが設置されている沿岸部に住む者たちは確実な安全を保証される代償に様々な問題を黙認している。
その一つが設置当初問題視されたタレット使用後に排出される空薬莢の排出洩れの問題だ。
今でこそ改善されているが、当初は大型の空薬莢が高所より地面へと落下することにより、周辺に住む者たちはタレット使用時はその恐怖に悩まされ、中には避難していた者もいたという。
その問題を知っていたからこそ、今彼らがいるような年季を感じされる店ならば、万が一の為の避難場所として地下空間があると予想できたのだ。
次々と地下室へと降りてゆく彼らを横目にしつつも、まるで腕にのしかかっているかのように超重量な『D2マグナム』を構え警戒を続ける。
瞬間、先ほど感じたものと同じ得体のしれないナニカの吐息が耳にかかったかのような、こそばゆい不気味な感覚が全身を襲った。
「 ッッ!!・・・またか 」
戦慄を感じつつも、急いで視線を周囲に巡らせる。同時に不気味な感覚が捕らえた対象を冷静に思考。
先ほどのタイプ『
「 後は貴方だけです。早く入ってください 」
開いたハッチから半身だけ乗り出して軍服の女性が言葉を放つが、そんな彼女に視線を移すことなく集中力を高める。周囲に視線を巡らせつつも音を立てないようにゆっくりとハッチへと近づき、そこで待つ軍服へ囁くように言葉を向けた。
「 ・・・近くに敵がいるかもしれないから、俺は少し偵察してから降りる。悪いが銃を一丁貸してくれないか?
「 敵ってッ!!?なら尚更早く地下に避難を・・ 」
「 いや、ダメだ。さっき俺たちを襲ったタイプ『
「 そんな・・・なら私たちも援護を 」
「 いや、この場合民間人二人を最優先にしよう。だからあんた達は二人の護衛を頼む。俺は
しかし、その特性故に再度移動を開始するためにはそれなりの時間を有する。
店の外にいるであろう数体のタイプ『
この不気味な感覚が全て気のせいであればと願うが、そう願うだけでは、杞憂であったとしてもそうでなかったとしても、襲い来る現実に対抗することはできない。
そんな彼の意志を組んだのか、軍服は少し渋ったものの装備していた45口径自動拳銃と予備マガジンを一つ差し出し「絶対返して下さいね」とだけ口にした。そんな軍服に「善処する」とだけ言葉を放つ。
その言葉を最後にハッチが鈍い音を立てて閉まってゆき、それを見送りながら一つゆっくりと息を吐く。
マガジンはポーチへ、そして新たに手中へ納まった45口径自動拳銃のズッシリとした、しかし『D2マグナム』よりも遥かに軽量なその重みを全身で調整しようとしたその刹那。
まるで展開していた警戒という本能に髪の毛を引っ張られたかのような、思わず視界を向けてしまうほどの謎の衝動が全身を襲った。すると、身体は慣れ身についた動きを意志とは関係なしに反射する。
背後の窓ガラスが激しい音を立て、黒の影を伴い四散した。
ガラスが割れる音に混じり、ソレと対面する背に獣の如き咆哮が浴びせられる。
しかし恐怖に駆られ、焦燥の中自動拳銃を構え振り向くのではなく、しなやかな動作で背を地面に寝かせステップを踏むかのように脚力を瞬発。それによって発生した力で全身を床に滑らせ、襲い掛かってきていたソレの真下に移動してみせる。
そして眼前に現れる"人"と呼ぶにはあまりにも醜悪な存在。
ここで、恐れや躊躇いは必要ない。ただ蓮との訓練の中身に付けた動作で両手に納まる自動拳銃を構える。
狙うは『変異型』を一撃で屠る事が出来る”
そして窓が割れ3秒の内に、乾いた一つの銃声が室内に響き渡る。
四散したガラス片が、床に身を沈める全身の各所を摩り落ち、かすかに流れ始める血液。
しかし、その全てが落下し終わるよりも先に、響く銃声を追うようにして発せられる、心臓を貫く音、そして短い獣のソレと似た絶命の咆哮。
もはや脱力がかかった骸に潰されないよう、身体を真横に回避。素早く身体を起こし、動かなくなったソレへと視線を移した。
「 やっぱり・・タイプ『
眼前で骸となった
まるで伝説で登場する「
しかしその肉体の各所には人を容易に切り裂き、死に誘う鋭い爪たちが確かに狂気の煌きを発している。
「 さて・・・あと何体相手にすればいいのかねッッ!! 」
自動拳銃が新たな標的へ向けられる。
そして数発の銃声が轟き、それはまるでこれから始める戦いを告げる鐘の音のように雲一つない晴天の空に響きわたるのであった・・・--
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