002:人として生きようとし、その型さえも失った者たち・・・
柘榴が店内に入って早三十分が経っていた。
大食い選手さながらに、ご飯をおかわりしてはそれを次々と胃へと収めている彼を目に店主、そしてその孫なのであろう16歳程の若い女性店員は呆けていた。
代金は前払いなので食い逃げ等の問題はないのだが、この大不況の中でこんなにも大食いをしている客などこれまでにいなかっただけに店主たちは、彼の食欲、そしてまだ若いにも関わらずその代金を払えるだけの大金を手にしていること自体に関心のようなものを感じていた。
そして十杯目のおかわりご飯を平らげ、満足気に手を合わせる。
「 ご馳走様でしたッ、あぁ旨かった~~ 」
「 お、お粗末さん 」
「 ありがとうございました 」
その歓声を耳に二人は我に返ったかのように仕事に戻る。幸い店内にいる客は柘榴一人であったので支障はなかったようで、女性店員は空になった盆をかたずけ手早く食後の茶を差し出す。
そして受け取ったそのお茶で喉を潤し食後の余韻を楽しんだ。
「 すいませ~ん、六人なんですがいけますか~? 」
不意に店内に六人の軍服を着込んだ男女が入店してくる。
無地のシャツとジーパンという地味な服装な柘榴とは対照的に、きっちりと軍服を着込んでいる客が来たためか、店員は少し慌てふためいたものの、すぐに思考を切り替えいつものように軍服たちを座敷へと誘導していた。奥の調理場で店主が「めずらしいこともあるもんだ」と呟いているあたり、一日でこんなにも客が来るのは初めてだったのだろう。
座敷に座り込んだ彼らはなにやらわいわいと賑わいだすが、柘榴はそれを横目にすることもなく茶を啜り、ズボンからスマートフォンを取り出す。そして地図のアプリを起動し、これからどうやって行動するかの計画を立てることにしてみた。
「 もう昼だからな、もう少しだけここらへんを走ってから帰るか・・・ 」
バイクで走る道を確認し、スマートフォンを再びポケットへと戻す。そして席を立ち店を出ようと歩を進める。そんな彼の行動を見て、すぐさま店員は柔らかな笑みと共に「ありがとうございました」と声をかけてくる。そんな彼女に「また来るよ」と軽い返事を返し店の扉を開けた。
「 ・・・ぬぅおッ!! 」
瞬間、再び鼓膜を刺激する汽笛が周囲に鳴り響き、体が過剰に反応してしまう。咄嗟に片手を耳に、そして残った手をホルスターに伸ばした。
先程この轟音は体験したはずなのだが、やはり慣れていないのだろう。体は反射的に反応してしまうものだ。
そんな彼の行動を目に店員は「ひっ」と小さな悲鳴を漏らす。
「 あっ、悪い悪い 」
急いで扉を閉め、店員へと敵意がないことを示す。ホルスターへと伸ばしていた手と、防音が施された扉を閉めたことによって自由になった手を空へと伸ばしひらひらとなびかせ無抵抗を主張した。
いくら今現在の高知県の常識に慣れていないとはいえ、女の子を怖がらせてしまうとは・・・
石榴は顔を赤らめ恥をしみじみと感じていた。しかし、顔を赤らめる石榴、そしてホッと胸を撫で下ろす店員とはうって変わって、座敷に座っていた軍服を着込んだ一人の女性が何故か真剣な面持ちで彼へとズカズカと近づいてくる。
そんな女性の予想外の行動に石榴はおもわず一歩後ずりしてしまう。
「 なっ、なんだよ 」
「 そのホルスターに収めている銃を見せなさい 」
そう言葉を発し、目前で殺気にも似た重々しい雰囲気を表しているその女性は石榴の装着しているホルスターに視線を向けたまま、その中に収めている『試作型超大型回転式拳銃』を差し出すように手を前に出す。
彼女と共に入店してきた他の軍服の男女はその行動の意味がわかっていないのだろう、口々に「止めなよ」等、静止をかけるような声を発しているが、女性はその言葉を一切気にしていない。
そして、そんな彼女の行動、言葉に石榴は思わず冷や汗を流してしまう。
こいつ、『
思わず後ずさりを続けるが、そんな彼を追い詰めるように彼女は伸ばした手をそのままにその距離を縮めてくる。
「 はやくそれを寄越しなさいッ、問題がないのならすぐに返しますから 」
「 いや、えぇっと・・・この銃は俺特製のデコレーションが施してくるから見せるの恥ずかしいっていうか、人様にお見せするようなものじゃないっていうか・・・ 」
どうにか言い訳じみた言葉を発するがそんなものなど関係ないとばかりに女性はグイッと息がかかるまで距離を縮めると、「早く寄越しなさい」と催促してくる。
どうするべきか、「 この銃は、『
「 にしても今回のサイレンは長いなぁ・・・ 」
不意に店主が呆けた言葉を漏らした。
その店主の言葉が耳に入った瞬間、まるで得体のしれないナニカの吐息が耳にかかったかのような、こそばゆい不気味な感覚が全身を襲いブルッと一つ震えてしまう。
・・・なんだ?この感覚?
嫌な予感というのだろうか、なにか本能的に不安にかられてしまう謎の悪寒。
今だ目前で覇気のようなものを発している女性を他所に、本能に従うかのように視線を店内のいたるところに巡らせる。しかし、古いが、防音設備を整えるように確かにリフォームされている風情を感じさせる店内には何の異常もない。
それを確認し、本来であれば胸を撫で下ろしたいところではあるが、今だ不安は消えない。
もう一度だけ軽く視線を巡らせ、軍服の男女が座る座敷の奥へと視線を移す。
座敷の奥にある窓。店が沿岸沿いにあるというだけあって海を一望できるそんな窓の遥か外、雲一つない晴天の空が小さく赤の点滅を開始していた。
それを目に思わず思考の全てが一度停止してしまう・・・ありえないッ
そして我に返り、その点滅が”かれら”の襲撃であることを認識した瞬間全身に戦慄が走る。体は反射的に動き目の前の女性に覆いかぶさっていた。
それによってその女性は「なっなに!!?」と驚愕の声を発っし、その連れの軍服達が咄嗟に席から立ち上がるが、そんな彼らに苛立ちを浮かべながら怒号を発する。
「 伏せろッ狙われてるぞッ!!! 」
その間二秒も満たない、しかしその短時間。いや数秒の瞬間に窓ガラスは乾いた音を発し四散する。
そして店内に飛び散る赤の雫たち。
石榴が先程まで背にしていた壁は朱色の液体を飛び散らせながらソフトボール大に抉れている。
そして女性を庇うために前方に倒れこんだ彼が顔を上げた瞬間、店内に響き渡る耳を劈くかのような悲鳴。
その悲鳴を発している店員の目の前ではボディビルダーを思わせる鍛え上げられた肉体に軍服を纏っていたその男性が、白目を剥きその口から多量の赤黒い粘液を吐きこぼしていた。そしてその胸には壁のものと同様にソフトボール大の大きな空洞。
周囲で立ち尽くしている軍服たちは何が起こったのか理解していないというように呆けている。
その光景を目に石榴は苛立ちを感じながらも、急いで今だ悲鳴を上げている店員の元へと走る。そして足を動かしながらも、再び苛立ちを怒号に変え軍服たちへと言葉を放つ。
「 なにやってんだッ!!!はやくそいつから離れろッ!! 」
その言葉を耳にハッと我に返った軍服たちはあわてて、四方へと飛び散った。
それと同時、しかし白目を剥く男が内臓の出血によって血で満たされた喉から「助けて」ともはや言葉として聞き取れない音を絞り出すよりも先にその動く骸を襲う数十の赤い球頭。
かつてわいわいと言葉を発していたその男は瞬時に全身に数十の空洞を空けられ、その身を座敷に沈める。空洞からは噴水を思わせる勢いでその死体に残った粘液を噴出しており、それは清潔を保たれていたはずの座敷をじわじわと赤黒く染め上げてゆく。
「 うぅッ、うぇぇぇぇッ 」
あまりの衝撃的な光景を目に店員は口を押さるが、湧き上がってくる胃液は彼女の意思とは関係なく床にこぼれていた。そして店員の元へとたどり着いた石榴は自らの手で店員の口を強引に押さえつけ、「声を出すな」と耳元でささやく。
間違いない、この襲撃は
柘榴は考えたくない、しかし直面している今の危機状況から現状を読み取った。
そして柘榴たちを襲ったタイプ『
その射程距離は約3000mと計測されており、その威力は一撃で先ほどの男性のように屈強な肉体をも貫くほどで、加えて放出された球頭には微小の毒素が含まれており、人体に及ぼす影響は僅かだがそれでも当たり所によってはそれ一撃で死を誘うものとされている。
最もその命中精度は訓練された狙撃手には遥か及ばず、止まっている獲物であるならともかく動く物体への命中精度は乏しい。しかし、それはその物体が”損傷を負っておらず、かつ音をあまり発していない”場合に限る。
タイプ『
加えてその聴力も人のものよりも遥かに優れており、タイプ『
それらの生態を踏まえて、現在タイプ『
その際最も重要なことは、傷を負った者の近くには決して近づいてはならないということだ。例えそれが唯一無二の仲間であったとしても、傷を負った段階でその者はタイプ『
「 うぅっ・・・・うぇぇぇッ 」
「 頑張って耐えてくれ・・・ 」
店員が嗚咽を繰り返している為であろう、窓の外からは今だ何十もの球頭が放たれている。床に伏せかつ傷を負っていないためにそれは全くの的外れとなっているが、それも距離が離れている今だからの話だ。距離を詰められ目視されれば命中は避けられない。
軍服たち、そして彼が押し倒した女性もやっとこの”ありえない”状況が飲み込めたのだろう、音を殺し、ゆっくりと移動を開始、背をかがめたままこの店内で最も安全であろう奥の調理場へと移動を開始する。
かたわらの店員は今だ涙目で苦しそうにしているが、それでも死ぬよりはマシだろう。石榴も彼女の肩に手を回し、ゆっくりと移動を開始した。
一帯を支配している轟音は止まることなく発せられており、防音性の窓ガラスが割られたことによりそれはより鼓膜を刺激している。
鳴り止まないサイレン。そして侵入することができないはずの
彼は店の外にある高知県の沿岸部に設置されているこの四国を守る、最強であるはずの防衛ユニットへと視線を向ける。
そして最悪の仮説をもらした・・・・
「 『フレイヤ』システムが、停止している・・・ 」
この状況から読み取れる最悪の状況。もし、その仮説が正しいのならこの高知県は
けど、今は生き延びることだけを考えろッ・・・--石榴は湧き上がる絶望に蓋をし、片手をホルスターに伸ばしたまま店員と共に調理場を目指した。
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