001:孤立安全区ーー『四国』

西日本が閉鎖され六年が経っていた。

STO3ウィルスが全世界を襲い、人々が生きるために”人を捨てた”その『事変』によって人間であった地球に住まう者たちは、生きる為に自らの意志によって現在、『進化体エボルブ』と呼ばれる身体構成自体が人間よりも優れた個体へと生まれ変わった。


しかし、それと同時に人の型さえも失ってしまった者たち、『意想外変異体ディザイヤ

当時の政府は抗体薬を服用した2%のものだけが変異すると計測していたが、結果服用者の約三割もの人々が変異してしまったとされているそれらは、進化体エボルブよりも更に凶悪かつ、強靭な進化を遂げ、周囲に存在するすべての生命体を捕食し始めたのだ。

それに対し日本政府は国土の半分、つまり西日本閉鎖という措置によって被害を最小限に抑えたが、それでも今だなお意想外変異体かれらたちは本州を巣として繁殖を繰り返している。


そんな状況にありながらも、孤立安全区 『四国』。そこがこれらの脅威から逃れられているのはひとえに、島を囲うようにして設置されている二つの防衛ユニットにあった。


四国と本州を阻むかのように設置されている高電磁防壁ユニット『メギンギョルズ』。

そして太平洋へと広がる高知県の沿岸部に大量に設置されている、超大型ガトリングタレットの制御系統を統括している『フレイヤ』システム。


現日本国最高峰の技術等を用いて造られたこれらがなければ、四国とて無事ではなかっただろう。


その防衛ユニットの一つ『フレイヤ』の制御システムが管理されている基地。

高知県桂浜かつらはま基地の制御局と呼ばれる、百数名のスタッフが集い、計測器や室内を埋め尽くしている大小それぞれのディスプレイとそれへとデータを送る操作ボードが設備されているそこに八城蓮やしろれんという少女はいた。


十八歳とは思えないほどに整った女優顔負けの綺麗な顔立ちと、それを引き立てる赤のサイドテール。加えて、思わず見とれてしまうほどにスラッとしたボディーラインと豊満な胸の二つのふくらみ。

身に着けている衣服は、上半身がノースリーブとなっている黒のホットパンツスーツで、その上にはぶかぶかの軍服を羽織っている。

細く白い腕を露出させ、ほどよく肌に吸い付き、そのスラっとしたボディーラインを強調させている無地のノースリーブシャツ、加えてホットパンツの先から伸びた鍛えられ引き締まった、しかし弾力を感じさせる、男であるのなら思わず触ってしまいたくなるほどの魔性を醸し出している太もも。

それら全てが彼女の魅力をさらに引き立て、その様はまさに満点美女といっていいほどであった。


そんな服装、見た目のどれをとっても場違いな彼女はしかし、そこにいるスタッフたちを統括している、シワひとつない白の軍服を着込んだ三十代後半くらいであろう、司令官らしきその人物へと近づくと、上位階級であるはずの彼に敬礼をさせてみせた。

それを返すように彼女も一つ敬礼を行うと、ゆっくりと言葉を発する。


「 『 Garumu ガルム  』愛媛臨時支部代表の代理で来ました。第1特異複合部隊所属、八城蓮です 」

「 お待ちしておりました、私はこの桂浜基地の指揮を任されている西条睦樹さいじょうむつき少尉であります。この度は『日本第三討究兵軍ー四国支部』への物資支援、感謝いたします 」


話しながらも互いに握手を交わす。

優雅かつ透き通った美声をも持っている蓮を目に、そこにいる者たちは皆思わずため息をついた。


「 礼には及びませんわ。むしろ物資の中には我々の装備も入っているにも関わらず、三隻もの護衛艦を出してくださっている手前、礼をいうのはこちらのほうです 」

「 ハハハ、最も『 Garumu ガルム  』が保持する機動戦艦を試用しての物資輸入に我々の護衛艦など無用でしょうがね。なんせここの兵力程度では『 Garumu ガルム  』の総合戦力の足元にも及びません 」

「 そんなことはありませんわ。事情によって今『 Garumu ガルム  』の兵力も日々衰退していますから・・・けど、故の合同開発なのです。アレの完成はこの四国、いや日本全ての未来に大きく貢献してくれることでしょう 」

「 ・・そうであってほしいものです。いや、疑っているわけではないのですが・・・この世界はもう・・壊滅的だ 」


そこまでいって彼は顔を渋める。


2030年。かつて80億近く存在した人間たちは現在その約半分、35億人まで減り、更に人と似た存在にもなれなかった、40億体以上もの意想外変異体かれらの捕食活動によって日々減少し続けている。

加えて『進化体エボルブ』が減少するのに比例するかのように意想外変異体かれらは繁殖を繰り返す始末。


世界中の各国は日本の政策を見習い各大陸のそれぞれ指定した区域に意想外変異体かれらを隔離したが、それによってかつて人間であった存在達が生きる為の領土も大幅に減少し、結果かつてないほどの不況が全世界に蔓延した。

物価は十倍近くにもなり、国民は生きる為に兵士となり政府の駒として軍に寄生するしかなくなってしまったのだ。

そんな状況で各世界の政府たちは自国の自衛で手一杯となり、他国を援助する余裕もない。


他国の援助もなく、国土の半分の領土をも失ってしまった日本は世界全土から見ても壊滅的で、それこそ国として今だ存在していること自体が不思議なほどであった。


四国でさえも、国際軍事企業『 Garumu ガルム  』の手厚い援助がなければ、今頃飢餓や物資不足によって滅んでいたかもしれない。


食糧問題を抱えつつも、更に時折隔離地区から漏れる意想外変異体かれらを殲滅する力も保持し続けなければならない。

もはや日本だけでなく、世界が滅ぶのは時間の問題なのかもしれないと嘆く学者や研究者も今や少なくない。


軍の中でも上級階級として様々な情報を有している西条も彼らと同様で、故に未来に対して希望を抱くこと自体が難しいものでしかなかったのだ。


「 例え強力な軍事力を有していてもそれだけで我々は存命することはできない。例え意想外変異体かれらを殲滅することができたとしても、それだけで世界が救われることはない。いわば、我々が今行っている全ての行動は・・・ただの悪あがきなのかもしれませんね 」


彼は大きく溜息をつき、顔を隠すように深く帽子をかぶる。そんな西条の言葉が耳に入ったのか制御局にいるスタッフの一部も顔を渋めていた。

司令である彼がそんなことを発すれ、そこの士気は大幅に下がってしまう。西条はそれを知りながらもなお、自らに渦巻く絶望をとどめることができなかった。

しかし、そんな彼らに蓮はまるで全ての哀しみを抱きしめるかのような優しく柔らかな笑みを向ける。


「 悪あがきでも、いいではないですか。みんな生き残りたいから、泣いたり、笑ったりし続けたいから”人を捨て”ここにいるんですよ。それは少尉も同様でしょう?・・・なら、精一杯生きましょう。生きる為に戦い続けましょう・・・私たちにできることはそれだけですよ 」

「 ・・・ 」

「 戦うことしかできない。けど戦うことはできる・・・・大丈夫、我々『 Garumu ガルム  』の企業理念は『世界を救う』ことです。バカげた理念に聞こえますが、それでも私は信じています。だから・・・ 」

「 ・・・信じろというのですか? 」

「 フフ、信じていただけるだけの研究成果は上げているでしょう?うちの会社はバカに見えて、それを再現してみせる、凄いところなんです 」

「 フフッ・・確かに、『 Garumu ガルム  』の研究成果には毎回驚かされてばかりです・・・それにしても自分の勤務先をバカ呼ばわりするとわ。くれぐれも同業者のお耳には入らないように心掛けて下さいね・・・それから 」


そこまで言って西条は照れを隠すように再び帽子を深くかぶる。


「 すみません。最近歳のせいか、時たま今みたいに気落ちしてしまうのです。ここの司令である私がこんなになってはどうしようもないのに・・・八城さんさえ良ければ先程の会話は忘れてください 」


口ごもって発せられたその言葉に蓮は笑顔を持って返す。

そして改めて自分が所属している企業が、とても強大で頼りになる場所であると実感する。


国際軍事企業『 Garumu ガルム  』。

各国に支部を持ち、そこで働くスタッフを傭兵コントラクターとして派遣する、いわば傭兵会社ともとれるそこは、しかし現在最も世界を救おうと活動している企業でもあった。

Garumuそこ』はただ金だけでは動かない。追加報酬として各国が持つ技術力をも要求する。それだけを聞くなら、金と共に軍事力をも奪うような悪徳企業であろう。しかし、『Garumuかれら』が属に『救済企業』と呼ばれている理由は次にある。

Garumuガルム』は提供された技術を昇華させ、それぞれ各国が保持する技術力のバランスが保てるよう分布しているのだ。故に一国だけが卓越した技術を持っているなどということは今現在発生していない。加えて貧しい国には物資を援助するなど、今だ世界規模で見て完全に滅亡した国がほとんどないのは『Garumuかれら』の活躍によるものが大きい。

全世界でもトップに入るほどの軍事力を保持しながらも、それを救済のために使用し続けている企業。しかし、そんなところであるがゆえに、黒い噂も立つ。

『 Garumu ガルム  』は”人体実験”によって、大きな研究成果を得ていると・・・


「 司令、少しよろしいでしょうか? 」


不意にスタッフの一人がなにやら不安を浮かべた顔つきで西条の元へとやってくる。

西条は蓮に「少し失礼します」と一声かけると、スタッフへと向き直った。


「 どうした? 」

「 先程、レーダーが遭難船らしき信号をキャッチしたのですが・・・ 」

「 なに?救難信号は出ているのか? 」

「 いえ、それがこちらから呼びかけは続けているのですが、応答がない状態で・・・ 」


そこまでの会話を耳に、西条は制御局のスタッフたちへと身体を向けると、彼らに聞こえるよう声を張り上げ、指令を発する。


「 遭難船のデータをメインモニターに出せ 」


その指令を耳にスタッフたちが忙しなくキーボードへとなにやら打ち込み始めた。すると、室内の最深部に取り付けられた一際巨大なディスプレイに遭難船の望遠映像や計測データなどが次々と表示されてゆく。

それを目に西条は伸びかけの顎鬚に手を当て、思考を巡らせ始める。

そんな西条を見て、蓮は優雅に一礼をすると美しい笑みを浮かべて見せた。


「 それでは私はこれで。先に到着した、『Garumuガルム』の装備班の所にも足を運びたいので。 」

「 了解しました。狭い基地ではありますが、用意しているゲストルーム以外にもどうぞご自由にお使いください。 」


桂浜基地の最高責任者の了解を得ると共に、踵を返し制御局をあとにする。すると、室内に通じる自動スライド式の扉の先。白く清潔が保たれている廊下で、蓮を待つ一人の少女がそこで待ち立っていた。

整ったしかし、幼さの残った童顔と、腰先まで伸びる茶の艶やかな長髪。

蓮と同い年でありながら中学生を思わせる幼く小さな外見。

身に着けているピンクのワンピースがそれを一層に引き立てており、彼女はその上に科学者が羽織る白衣を纏っているが、その様はまるで子供が背伸びして大人を演じているかのようにも見える。

そんな長髪の彼女は蓮を見ると同時に、柔らかな笑みを浮かべた。


「 お待ちしていました、蓮さん。 」




様々な調整槽やそれを操作する電子機器類。

それらと共に様々な装備が整備されている研究室を思わせるそこー『Garumu ガルム 』装備班専用研究機関の室内に先ほどまでの麗人からは連想するのが難しいほどに、ほぐれた、やんわりとした顔つきをした蓮とそんな彼女にまるで人形のように抱きかかえられている茶髪の少女はいた。


「 ま~~ゆゆ~~ん、久しぶり~~ 」


Garumuガルム』はそれぞれ編成されている部隊ごとに専属の装備班が割り当てられており、少女は蓮が所属する第1特異複合部隊の装備班の副長件、『Garumu ガルム 』愛媛臨時支部の研究部門第四責任者でもあった。

そんな『Garumu ガルム 』の中でも高い位に位置するはずの少女ーまゆゆんこと、斎賀舞由さいがまゆは『Garumu ガルム 』愛媛臨時支部の最高戦力と呼ばれる第1特異複合部隊の隊員の一人とはいえ、ただの傭兵コントラクターであるはずの蓮に、まるでお気に入りの人形を抱きしめる幼女のように力強く抱きしめられ、ジャイアントスイングさながらに振り回されていた。そしてそれだけでは満足できなかったのか、蓮は続けざまに、今度は摩擦で発火するのではないかというほどにスリスリと舞由への頬ずりを開始する。


「 相変わらず、まゆゆんの肌はモチモチで気持ち~~抱き枕にして一緒に寝たいな~~ 」

「 あぅ~、勘弁してくださいよぉ~蓮さん、寝相悪いんですから~ 」


至福の表情を浮かべる蓮と、少し困ったようにしつつも赤面している舞由。

そうして続いた数分にも及ぶ『お楽しみタイム』でようやく満足したのか、満面の笑みを浮かべた蓮は舞由を開放し、本来の要件であった室内のどこかで調整されているはずの装備一式を探すように視線を巡らせる。


「 それでまゆゆん、装備の修復はどんな感じ? 」

「 あっ、はい 」


ようやっと解放された舞由は乱れた衣服や髪を整えながらも、傍のテーブルの引き出しからタブレットボードを取り出し、それを手に少し操作すると、蓮へと差し出した。

彼女へと差し出されたタブレットのディスプレイには六本の短剣が表示されており、様々な計測データなどが表示されている。


「 蓮さんの装備一式を修復しているのはこの部屋ではないので、こちらへ 」


舞由に誘導されて隣室へと移動する。そして訪れた室内は先ほどの『お楽しみタイム』が繰り広げられていた場所と同じで、清潔感が保たれ様々な機器が隙間なく埋められている。

唯一違うところといえばそこにあるテーブルや床には薄っすらと隙間のような跡があり、おそらく機器を操作することによってその奥に収納されているナニカを出し入れできるのであろう造りをしているところであった。


「 ここには蓮さんの装備以外にはお兄ちゃんの装備もあるんですよ 」


そういって舞由は、室内の奥部で調整槽の中で専用機器に立て掛けられた、様々なアタッチメントが装着されている銀の弓を指差す。

複数のアタッチメントが取り付けられ、本来重々しく見えるはずであるそれは、しかし、そのスラっとした美しい銀の曲線によって、人が創り出した武器とは思わせない程の神格のようなものを漂わせていた。


それを目に蓮は、舞由に見られないようにしつつも先ほどまでの無邪気なものとは違った、脆く今にも崩れそうな哀しい笑みを浮かべる。


「 懐かしいわね、お兄さん元気にしてる? 」

「 最近忙しくて、会えてないんです・・・でもでも、一杯メールしたりお電話したりはしてるんですよ!!お兄ちゃん元気だっていってました 」

「 そう・・それは良かった 」


湧き上がる感情を抑えながらも努めて優しい声色を保ち、舞由の頭を撫でる。

兄の装備を前に、蓮にあやされる舞由は幸福を感じさせる笑みを浮かべ「えへへ」と赤面しているが、その笑みを目に彼女は胸でズキリと痛む感覚をしみじみと感じていた。

不意に「ごめんなさい」と洩れかけた言葉を飲み込み、崩れかけた笑みを元に戻す。

もう・・・終わったこと、ぶり返すのはまゆゆんに失礼よねーー蓮は首を横に振って気持ちを切り替えた。


「 あっ、ごめんなさい。装備のことですよね、ちょっと待ってくださいねッ 」


我に返った舞由は慌てて、室内の一角にあるテーブルまで移動し、テーブルの端に設置されているキーボードを慣れた手つきで操作した。それによってテーブルの中、そしてそこの付近の床から生えるようにして出現した二つの水槽内に、蓮が手にしているタブレットに表示されているものと同型の六本の短剣が出現する。しかし、表示されているものと違って現れたそれらはボロボロに傷ついており、内二本、テーブルから出現したそれらは刀身が折れて無くなっている。

それらの状態を改めて確認し舞由はゆっくりと説明をはじめた。


「 えっと・・・先の戦闘で破損した『 Tear Of The Moon 《 月の涙 》 』ですが、内四本はなんとか修復できそうなんですが、残りの二本はもう新調しないとダメですね。とはいっても修復可能な四本もまだ使用できるようになるには三日ほどかかるかと 」

「 う~~ん・・・やっぱり無理しすぎたか~~・・・ごめんね、まゆゆん 」


気持ちを切り替え、先ほど同様の無邪気な言葉を発しながらも蓮は困った顔つきを浮かべ、再びかぶさるようにして舞由を抱きかかえる。そして彼女の頭上に顎をおき、「う~ん」とうなり始めた。

そんな蓮の対応に舞由は頬をムスッと膨らまる。


「 まったくです。無事に敵を撃退できたのはいいですが、それの犠牲がこれでは損失が大きすぎますッ、これ一本でどれだけすると思ってるんですかッ、それはもう高い高いなんですよッ!!だからだから、もっと装備は丁寧に扱ってくださいッ 」

「 ごめんごめん 」


舞由の頭上から顎を外し、再びゆっくりと頭をなでる。

そして困った顔をそのままに、何度も謝罪を繰り返す。結果舞由はムスッとした顔をそのままに「あぅ~」と鳴き声のような口癖を発すると、「まぁいいですけど」とふて腐るように小さく発した。

そして舞由は恰好をそのままに蓮からタブレットを受け取ると、ソレを再び操作して彼女へと返す。


そして渡されたタブレットに表示されている装備を目に、蓮は思わず「ふふん」と鼻を鳴らすように笑みをこぼした。


表示されているそれは、中折れ式トップブレイクの50口径超大型回転式拳銃リボルバーであった。

しかし、それは五発の弾丸が輪胴シリンダーに装填できるような普通の回転式拳銃リボルバーとは違う。

銃身下には小型バッテリーが取り付つけられている為にそれは子供の腕ほどあり、加えて銃身、バッテリーともに振り回すことによる打撃攻撃が可能なよう設計されている為、それらは強高度の鋼材で製造されている。結果、タブレットに表示されている情報が確かなら、その重量は歩兵が装備する銃としては異例の15キロもの超重量をたたき出している。これを装備して戦場を駆け回るということは、片手にトレーニング用のダンベルを持っているのとそう変わりはない。


しかし、タブレットに表示されたその回転式拳銃リボルバーが通常の物とは違う点は、装填する銃弾、そしてそれを収めるはずの輪胴シリンダーにもある。


通常の回転式拳銃リボルバー輪胴シリンダーは、蓮根状の回転式弾倉であるが、そこに表示されている回転式拳銃リボルバーにはその輪胴シリンダー自体が存在しないのだ。

簡単にいうのなら、通常弾丸を込めるはずのその場所がそれにはない。


かわりにあるのは、それと同時にタブレットへ『専用弾』として表示されている、弾と呼ぶにはあまりに不似合いで、その様はまるで一昔前、内臓バッテリーが完成する前のビデオカメラの小型バッテリーを思わせる、手のひらサイズで長方形の塊のようなものがピッタリと収まる溝のようなものだけであった。

装填後、ハンマーがたたく箇所と、その下に、計二発の弾らしいものが填め込まれてはいるが、それ以外は研究者か開発者でなければ何が埋め込まれているのかわからないであろう、それは、しかしタブレットには確かに『専用弾』として示されている。


「 要望があった新装備『 Dorag-Striker 《 竜を殺すモノ 》 』は丁度蓮さんが愛媛支部の施設を出て少しした頃に完成したそうですよ。調整も終わってるらしいので、すぐに使用できるようです。愛媛支部から、こっちに持ってきてもらいますか? 」

「 そうね、そうしてもらえると助かるわ。 」

「 それにしても、蓮さんが試作型『Dorag-Striker』のデータを大量に収集してくれなかったらこんなに短期間での完成はできませんでしたよ。ホントにありがとうございましたッ・・・えへへ、これ結構自信作なんですよね 」

「 礼なんていいわよ・・・それにしても・・・ 」

「 ん?どうしたんですか? 」


タブレットをテーブルに置き、苦笑する蓮。

そんな彼女を目に舞由は首をかしげた。


「 相変わらず、ウチの会社の装備名って、なんというか、恥ずかしいわね・・・中二病臭いというか・・ 」

「 そうですか?私はこの名前凄くカッコイイと思って名づけたんですが 」

「 あぁ、そういえば私の専用武器を開発してくれたのもまゆゆんだったっけ・・・どうりで 」

「 むぅ~~ッそれどういうことですかッ『 Tear Of The Moon 《 月の涙 》 』だって蓮さんらしくていいじゃないですかッ 」


再び頬を膨らませる舞由に蓮は「ハハハ」と軽い笑いを返し、近くにあったコーヒーメーカーを手に備え付けの紙コップ2つにそれを注ぐ。そして片方を舞由へと渡し、自分の分を口に運んだ。

コーヒーを受け取った舞由はテーブルの引き出しから砂糖とミルクを取り出し、それらをコップへと投入しているようであった。


「 でも珍しいですね。ずっと近接戦闘を優先してきた蓮さんが、ここにきて銃器の装備を要望されるなんて 」

「 ん?・・・まぁ私が使うわけじゃないもんねぇ~ 」

「 えっ!!? 」

「 あっ・・・今の無しね、まゆゆん 」


気が緩んでいたのか思わず口が滑ってしまった。

なんとかはぐらかそうと笑みを浮かべる蓮だが、そんなこと許さないとばかりに舞由は彼女との距離を詰める。


「 今の発言どういう意味ですかッ!!まさか部外者に装備明け渡そうなんて思ってないですよねッ!!!そんなことしたらクビどころじゃないですよッ、そもそも私たちの装備を他人に渡すなんて・・ 」

「 ちょっ、ちょっとまゆゆん 」

「 あっ!!あの人ですかッあの”すめらぎ”とかいう鬼畜野郎に渡すつもりなんですね!!!」

「 まゆゆん、お、おちついて 」

「 いいえ、落ち着きませんッ!!ちゃんとッきちんとッ!!話してもらいます!!! 」


やれやれ面倒なことになってしまった。

蓮は苦笑いを浮かべ、愛媛の軍事学校で今現在授業を受けているであろう同棲している彼のことを思い浮かべ、今後のことを頭で考えていた。



ーーーーーーー



小気味よく晴れ上がった秋の一日。


太陽が真上に来る頃、海道にポツリと一件だけあり、かなりの年季が入っているせいで室内の所々から隙間風が差すような食堂の外で、スマートフォンのスピーカー越しに発せられている四国軍事学校六期生担当教官巻藁相寺まきわらそうじの、耳をろうするかの如き怒号をその身に少年は顔をしかめていた。


「 すぅぅぅぅめぇぇらぎぃぃぃぃぃ!!!貴さまぁぁぁぁ、まぁぁた学校をさぼっているのかぁぁああ!!! 」


よほど頭にきているのか、プロレスのナレーションさながらなまでに裏返り甲高くなった怒号が一周回って面白いとさえ感じている少年ーー皇柘榴すめらぎざくろは、しかし、それと同時に相手をするのが面倒だという思いも含め、やれやれと頭を軽く掻き、日常とばかりに虚言を吐く。


「 だから、サボりじゃなくて朝から熱があるって連絡したじゃないですか。ゴホゴホ、あぁぁしんどいなぁぁ 」


わざとらしく咳をして見せる。

しかし、そんな彼の対応を予期していたのかスピーカーの先にいる相寺はフッと小さな微笑を洩らした。


「 すぅぅぅぅめぇぇらぎぃぃぃぃぃ、今私がどこにいるかわかるかぁぁ? 」

「 は?そんなの学校にきまってるじゃないですか 」

「 フフン。よく聞け、そして驚け!!私は今、貴様の住む家の前まで来ているのだぁぁぁぁぁ!!! 」

「 なん・・・だと・・ 」


相寺が「どうだ!!」とばかりに声を張っているので、それに合わせてリアクションするが、別にどうということはない。

教官は柘榴をおちょくるかのようにネチネチと言葉を発する。


「 ほれほれ、皇よ。サボりじゃないと言うのなら今すぐ、家から出てきて私に顔を見せてみろッ!!それ位の体力はあるだろう? 」

「 ・・・・ 」

「 どうしたぁぁぁ?できないのかぁぁぁ?んん〜〜?? 」

「 フッ、残念だったな教官。今貴方がいるのは俺の隠れ家の一つでしかない。つまり俺が住んでいる家は別にあってことなのさ 」

「 なん・・・だと・・ってんなわけあるかぁぁぁぁ!!!サボりだろ、どうぜまたサボりなんだろ!!!また放浪の旅とか言って上手い飯食べに行ってるんだろ!!!??畜生ッうらやましいぞこの野郎!!! 」


おいおい本性が駄々洩れになってるぞ教官よ。


魂の叫びともとれるそれに紛れて、ガシャンガシャンという音が聞こえるあたり、どうやら相寺は彼の住む家の玄関を借金取りさながらにたたいているようだ。


再びやれやれと頭を掻く。


子供の駄々を思わせる、もはや説教でもなんでもない相寺の咆哮は続いた。


「 畜生!!またうどんか!!!香川県の上手いうどん屋に行ってるのかぁぁぁぁ!!!畜生、畜生!!お土産おねがいしますぅぅぅぅぅ!!!! 」


もはや教官としてのプライドはないのか・・・泣けるぜ。


「 だから、別に旅に出てる訳じゃなくて、俺は朝から熱が・・・ 」


そこで登場、食堂の店主ことおじちゃん。


「 おぉぉい坊主。『鰹のたたき定食』できたぞぉぉい 」

「 あっ、ありがとう。おいちゃん 」

「 きぃぃぃぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁぁぁ!!!高知かぁぁぁ!!!今度は高知県にいるのかぁぁぁぁ!!!ちくしょぉぉぉ!!!! 」


きっと、スピーカーの先で教官は血涙流しているのだろう。


柘榴は同情の籠った声で・・・


「 ピー。おかけになった電話番号は現在つかわれておりません 」

「 おかけになった電話番号は現在つながっていますぅぅぅぅぅぅ!!!! 」


着信拒否通知(声真似)を発し、通話を切った。


「 おいおい、いいのかい坊主。そんな乱暴な切り方して 」

「 え?あぁ別にいいんですよ。それよりもメシメシ~~ 」


なんだか今日はスキップでもしたいほどに気分がいい。

食堂の近くに止めておいた、愛車こと、37リットルもの荷物を乗せらせる原付バイクからリュックを取り出す。そしてゆっくりと中へと戻っているおいちゃんを追いかけるようにして、店内へと足を踏み入れようとした瞬間、船の汽笛を思わせる深く響く轟音が一帯に響きわたった。


「 なっ、なんだッ!!? 」


突然の、先ほどの教官の怒号とは比べものにならない程の大音量に思わず動揺を隠せない。

右手は無意識にベルトに装着しているホルスター、それに収まっている『試作型』超大型回転式拳銃のグリップへと伸びていた。

そんな彼を目に、まるで何事もなかったように店内へと戻ろうとしていた店主は、にやりと笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと柘榴の隣へと移動すると、彼の顔を覗き込むようにして言葉を発した。


「 坊主。さてはお前高知に来たのは初めてじゃな?心配せんでもいい。ほれ、アレを見てみろ 」


指示されるがままに、店主が指差したほうへと視線を映すと、そこには道中何度となく目にした高知県を守る日本最高峰の迎撃システム、『フレイヤ』によって統制されている超大型ガトリングタレットが配置されおり、それらが轟音を発しながらゆっくりと射程範囲内に入ろうとしている意想外変異体かれらへと照準を定めようとしている様が目に入った。


戦艦の主砲と同類の砲塔が何十にも束ねられており、それが回転、発砲されることにより45口径の砲弾を毎分60発もの勢いで放つことができる全長4.6メートルにも及ぶその超大型ガトリングタレットは、それ一機だけでも一国の軍勢を威嚇、足止め、できる程に強力であり、加えて各タレットの背後には衛星とのリンクによって高知県の沿岸部から45キロ圏内の範囲に侵入した敵を、検知、ターゲットすることができる『自動照準器』。

そしてタレットへとつながる『自動砲弾供給ユニット』や数千発もの砲弾が用意されている弾薬庫が設備されている電磁攻撃パルス対策が十分に施された施設まで完備されている。


それが等間隔で高知県沿岸部に数十基配備されているのだ。例え米軍が数百もの軍艦で攻めてきたとしても十分な防衛が可能。やりようによっては全滅させることもできるであろうほどの鉄壁の防御力がそれにはあった。


「 ほれ、坊主。耳を塞いどかないと鼓膜破けるぞぉぉ 」

「 へ?それって・・・ 」


突如、一帯を支配する轟音を超える轟音たち。

それは地面を揺らし、森の木々を激しくゆすりながら天へと多量の黒煙を砲塔から発しながら、水平線の先にいるであろう意想外変異体かれらへと砲撃を開始した。

耳に「キーン」という音を残しつつも慌てて両手で音を遮る。しかし、それをしてもなお鼓膜は激しく刺激されているようであった。


「 あ・・汽笛はタレットが起動する・・・合図なん・・じゃよ 」

「 エッ!!?何?聞こえないッ!!! 」


もはや店主の言葉も全てをはっきりと聞き取ることも難しい。

そんな彼を残し店主は再び店内へと戻ってゆく。


そうして周囲が清音を取り戻すためには約五十秒ほどの時間が必要であった。

轟音が止み、ようやく耳を塞いでいた両手を降ろす。


「 はぁ・・・なんだよ、もうちょっとアナウンスが入るとか、気の利いた合図の出し方考えろよな 」


今だに耳が鳴っているせいか愚痴が自然と零れる。

しかし、そんなことがあったにも関わらず周囲は先ほどとなんら変化がないことから、もはやここに住む者たちにとって今のようなことは日常となっているのだろう。


「 ・・・大変なんだな 」


同情にも似た呟きを洩らしつつも、自分にはさして関係ないことかと思考を切り替え、店内へと足を向ける。

不意に視界の端でわずかに振動を繰り返すタレットが何故か気になったが、早朝から何も食べてなかったからか、鳴き続けている腹の虫に急かされるように、彼は店へと入ったのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る