天魔戦機オウガ

鯖丸

序章:『人間』が『人間』を捨てた日

雲一つない夜空の下、目と鼻の先さえ真っ暗で目視できないそんな路地の壁に、ソレはもたれかかり、遠くで、目を細めたくなるほどの照明が焚かれている表通りへと視線を向けていた。


路地を出てすぐのそこには首都に住む全ての人間が集まっているのではないかと思う程の黒山の人だかりが築かれていて、一群の視線は全てその後ろのビルディングに取り付けられた大型ビジョンへと向けられている。

それはまるで盛大なデモが行われているかのようにも見えるが、そこにいる一群はプラカードを掲げて暴れまわっているわけでも、怒号を連呼しているわけでもない。

皆一様に不安と恐怖をその顔々に浮かべて、ただ時を待っている。


銃ではなく、医療キットのようなボックスを手にしている軍人が一群を囲んでいた。

それらは決して民衆を威嚇している訳ではなく、ただボックスの中から取り出した、何か黒い粘液のようなものが注入されている注射器を列をなしている一人一人に手渡しで配っている。

その光景は大型ビジョンの下に設置されているテントでも行われていた。


軍から配給されているその注射器を拒むものは誰一人としていない。

そしてその注射器もかなりの量が用意されているようで、どれだけの人にそれを配ろうと、物資が底をつくこともない。


人ではないソレの視線に映されているその人だかりは、まるで世界の終わりが告げられることを待っているかのようでも、自らの運命を神に委ね天命を待っているかのようにも見えた。


突如不安を煽るサイレンが一帯に轟き、それが鳴り終わると同時に大型ビジョンにスーツを着こなし、重々しい空気を漂わせた日本の首相が映し出される。


「 国民のみなさん、この映像は全国に同時報道されています。・・・兼ねてよりの報道のとおり、高濃度の毒素が含まれた『STO3ウィルス』は、まもなく日本全土を蔽い、かつて例がない程に未曾有の死者を生み出すことでしょう・・・我々日本政府はこれに対する策を生み出しましたが、これには大きな問題がありました。今皆さまの手元にあるでしょう、この注射器・・・これのことです 」


首相が映像越しに、国民が持っているものと同様の注射器を取り出す。そして、それについての細かな説明を数時間をかけて発し始めた。


注射器の中身。

それは体内に取り込んだものに確実な死をもたらす、殺人ウィルス。『STO3ウィルス』に対する抗体を人体に生み出すためのものであった。だが、それだけのものではない。

薬によって抗体を手に入れた人体は、強制的に急激な変異を起こし、各臓器、筋肉の強靭化、そして細胞の活性化によって『人間』としての本来の肉体を失ってしまうというものであったのだ。最も、肉体を失うとはいえ、その外見が変化するというわけではない。・・・一部の人間を除いては・・・・


首相は話を続ける。この薬は決して『毒』ではないと・・・


「 国民の皆さま。これが我々が作り出したこの現状に対する最も有効的な手段です。もちろん、首相である私もこの薬を使用します。そしてそれによって私は『人間』ではなくなってしまうでしょう。故に国民の皆さまにそれぞれ薬を支給します。それを使い、私の宣言同様に『人間』を捨てるかは本人の自由とさせていただきます・・・・一つ確実にいえることは、生き残るためには我々は『人間』としての肉体を捨てるしかないということです。危険視されている特に薬に対する適合値が低い国民の皆さまは各施設に隔離している為、『ディザイヤ』が現れる心配はありません 」


首相の言葉を耳にソレは小さな呻きを漏らす。

そんなの・・間違いだ、薬を使わせてはいけない。


『 ・・・止め・・なければ 』


ソレの口から発せられた深くこごもった声が左右の壁に反響し、路地一帯に轟く。同時に言葉と共にその口から吐き出された赤黒い血液が、ビチャッという音を出しながらコンクリートの床を赤黒く塗装した。

激しい気だるさ、全身に数百の刃物を突き刺されたかのような耐え難い痛みに襲われながらも、肉体を壁から引き離し、人々が集うそこへと向かう。


首相は今だ言い訳ったらしく長々と話しを続けており、黒山の一群はそれを耳に、思い、考え、ざわめき続けていた。



一歩一歩確実に前へ・・・

よろめきながらも、血を吐きながらもただ前へ進む。

その甲斐あって、表通りの眩い光がソレの持つその赤い装甲を照らし始める。


もう少し・・・もう少しで路地を出る。


思考を、想いを糧に身体に鞭を打つが、もはや大型ビジョンでの報道は終了しており、気のせいか、そこに集まっていた人達も少なくなっている気がした。それでも・・・

例え一人であっても、薬を使うのを阻止しなければ・・・惨劇が巻き起こってしまう。


不意に、まるで今までの激痛が蓄積していたかのように、これまでのものよりも更に強烈な激痛が身体を襲い、耐えられず膝をつく。再び身体の至る所から零れ落ちた赤黒い血液がコンクリートの地面に大きな水たまりをつくり始める。


もう少しだというのに・・・


流れる血液をそのままに、荒れた呼吸を繰り返し壁へと片手をつく。すると、パリンッという響いた音が耳に入った。

視線をスライドさせると、どうやら手をついた壁に丁度鏡が設置していたようで、そこには蜘蛛の巣状にヒビが入った鏡があり、それは表通りの照明を乱反射させている。


『 ・・・・え? 』


不意に痛みと違う衝動が脳裏を襲い、ヒビの入った鏡を思わず直視する。


『 ・・・これは・・どういうことだ 』


鏡に映し出された姿。

一見ではソレは中世で活躍した文献などに記されている騎士が装備しているような、しかし至る箇所に激しい損傷を残した赤黒い鎧を纏っている。

巨人を思わせる全長2.5メートルはあろうかという亭々たる体格と、その巨体からなる威圧感をさらに引き立てる重々しい装甲や装飾。それらにはそれぞれ、歪な文様のようなものが刻まれており、その鎧は悪魔を妄信し、崇拝する異教徒の使者が身に着けるには最適であろう、深淵そのものを纏っているかのように、見るもの全てに暗き恐怖、そして深い絶望を与える、歪なナニカを発しているようであった。


問題であったのは、山羊神を思わせる双方の角が特徴的な兜にあった。その兜は、損傷によって角の一本が欠け、そこから額、片目にかけて装甲が抉れ落ちているのだが、そこから覗くことができる装甲の奥で、それは暗い闇に紛れて眠っていたのだ。


視界に映るそれは、”自分”のものではない、小学生くらいであろうか幼い少年の顔貌。それを目に人ではない”はず”であったソレは驚きを隠せなかった。


『 俺・・・じゃない?・・・・この顔は、誰なんだ・・・・』


数分の硬直。

鏡に映し出された少年の顔に面識があるわけでもない。故に突き付けられた現実にソレは行動、そして思考を硬直せざるを得なかった。しかし、思考を止めながらも脳裏の隅には、この現状に対する一つの仮説が、壁に染み付いた小さなシミの如く浮かびとどまっている。


突如目前となった表通りから狂乱の嵐が巻き起こり眩かった照明が不気味な点灯を始める。表通りに残った者たちはそれぞれに喉が裂けんばかりの悲鳴を上げはじめ、周囲一帯は瞬時にして謎の狂気と恐怖で支配された。同時に、狂乱の渦中から発せられた轟然たる大音響が恐怖にかられた悲鳴をつんざく。


『 間に合わなかったかッ 』


悲鳴を耳に首を動かそうとした瞬間、これまでに感じなかった違和感が全身を襲った。


身体が重い・・・いや、うまく動かすことができない。


まるで、電波線が一本しか立っていない通信状況のように、身体を動かすとぎこちなく、思うように動いてくれない。


『 これはッ・・・ 』


手のひらを見つめ、それを開いたり閉じたりしてみる。

やはり、上手く思い通りの動作ができない。それを確認することによって脳裏の隅にあった仮説が、裏付けられ考えたくはなかった答えが現実味を帯びてくる。その証拠に、肉体だけではなく、だんだんと、精神がまるで底なし沼に足を踏み込んでしまったかのように、ゆっくりと、確実に肉体の奥底へと沈み込んでゆき、思考が薄れてゆく。


だが、体験したことのない自分がなくなってゆく感覚に不思議と恐怖はなく、そこにあったのは「間に合わなかった」ことに対する罪悪感と深い悲しみだけであった。


『 やはり・・・そういう、ことか・・・・・もう、俺は 』


力んでいた身体に脱力がかかり、両膝がガックリと地面へと落ちる。そしてそのまま全身をコンクリートの床へと沈めた。もはや指一つ動かすことができない。


助けたかった・・・もっと上手く事を運ぶことができたなら、多くの命を救うことができたかもしれないのに・・・


薄れてゆく意識で、表通りで今だ発せられている狂乱の宴。その悲鳴を耳に、ソレは流せなくなった涙を心で流した。

拳に力が入るのならば、血が滲むほどに強く握りしめられ、激しく震えていただろう。


けど、もう終わりだ。


意識が闇の中へと沈み込んでゆき、それにともなって視界さえも暗闇に閉ざされる。

そんな状況でありながらも、聴覚と触覚だけは何故かこの世に残され、それはまるで拷問のように、絶え間なく発せられている悲鳴を耳に届け、そのたびに湧き上がる罪悪感に押しつぶされそうになる。

何もできない無力感だけが、最後まで残される、そんな地獄のような体験にソレは身も心も浸されていた。


突如、目の前で大地を揺らす巨大な足音が発せられ、同時に荒い鼻息のようなものが、地面へと沈み込んでいるソレへと浴びせられる。

どうやら狂乱の宴から逃げ出した者を追いかけていたその巨大な存在が、今なお罪悪感に苦しみ消えつつあるソレに気付いたようであった。


だが、それはまさに奇跡であり、またと無い好機であった。


目の前で、恐竜映画で登場する巨大なそれが発するような咆哮があげられ、加えて、その鼻息が身体に浴びせられる。


常人であるのならば、そんな状況に置かれれば震えあがり、恐怖にかられることだろう。

視界が暗闇に閉ざされているのならなおさらだ。

しかし、ソレに残されたわずかな思考は恐怖ではなく、歓喜で満ち始めている。


思わず、僅かな笑みがもれた。


『 ・・・どうやら、運はまだ底を尽きてはないようだ 』


その呟きに答えるかのように、全身に鋭い牙のようなものが突き刺さる感触と、唾液だろうか生暖かいものが降りかかる感覚。

間違いなくソレは瞬時にして巨大なナニカに食われた。だが、その後路地には沈黙だけが流れる。


骨がかみ砕かれ、悲痛な叫びがあげられるわけでもなく。ただ流れているのは路地の外から発せられている狂乱の叫びを除き、沈黙だけであった。


不意に咆哮の主が、まるで子犬の泣き声を連想させる「キャン」という小さな叫びをあげる。すると瞬きをするその一瞬で、それは自らの肉体を四散させ、その中から先ほどまでの損傷などまるでなかったかのように傷一つない、『悪魔』を連想させるソレを産み落とした。


その全身は今や散り散りとなった肉の塊によって特に赤黒く彩られている。耐性のないものなら、その姿を見るだけで嘔吐してしまうものもいるだろう。


しかし、そんなこと気にしてはいられない。


再び手を開いたり閉じたりしてみる。

今だ電波線二本といったところか、動きにぎこちなさを感じられるが、先ほどよりはマシだ。


『 これで・・・少しは動けるな 』


重りをつけられたかのような全身を屈め、両足に力を籠める。そして、十分にそれが蓄えられると同時に開放。先ほどまでの鈍重な動きからは連想するのが難しいほど高速と呼ぶにふさわしい速度の跳躍で瞬時にして路地を出る。


そして空気と狂気の壁を突き破り、宴の場に足を立つと、そこに広がっている光景は”人の世が終わる”その瞬間を現しているかのようであった。


人間の型をした、『人を捨てた』者たちが悲鳴を上げ逃げ回っている。

そしてそれらを、『人を捨て、その型さえも失ってしまった者』たちーディザイヤとよばれる”彼ら”が、肉食動物としての本能のまま捕食している。


ディザイヤ。抗体を注入、その抗体からなる変異に過剰な反応を示し意想外変異してしまった者たちの名称。

政府の公表では、ディザイヤが生まれる確率は限りなく低く、98%の可能性で正常な変異を完了。体内に取り込んだものの細胞を人体が崩壊するまで進化させ続ける殺人ウィルス、STO3ウィルスから逃れることができるはずであった。にも関わらず、そこに広がっている光景、そこにいるディザイヤの数は残りの2%などという少数の数ではない。


大型ビジョンの目の前に集まった者たちの約三割強もの存在が、意想外変異してしまったのだ。その個体数は百に近い程にいる。


まるで人がそのまま巨大化した、伝説などで度々登場する巨人と、絶滅した巨大恐竜を混ぜ合わせたかのような不気味な姿をした”彼ら”は、体長10メートルはあろうかという程に巨大な外見、恐竜のものとは違い、異様に伸びた二つの手には今なお、ドロッとした赤黒い塗装が施されている鋭い双爪がある。爬虫類系の飛び出た口元には見るだけで恐怖を感じさせる牙がのぞけられた。


「 なんで!!なんでこんなことになってるんだ!!! 」


国民を守るはずの存在であった軍人たちが、狂気に駆られたかの如く叫び、人であったそれへと手にしている機関銃マシンガンを乱射している。

しかし、彼らが手にしている89式5.56㎜小銃。毎分380発もの弾丸を撃ち出すその兵器もディザイヤの前では全くの意味を持たず、一帯を漂うつんとくる硝煙のにおいや、そこにいるだけで鼓膜が裂けてしまうのではないかと思える程の大音量の銃声たち、それによって発せられる、直視すれば失明してしまう程に眩い銃口炎マズルフラッシュ、そしてコンクリートの地面に大量の空薬莢をばら撒くだけであった。


発射された弾丸がディザイヤの皮膚に弾かれ路上に落ちていく様を見ていると、軍人である彼らの装備がまるで本物を模して造られた子供用のモデルガンであるかのようにさえ思えてしまう。


「 たっ、助けてくれッ!!あぁ!!! 」


ディザイヤの大群が弾丸の雨をかき分け、爪の一振りで人間の半身をまるで紙を引き裂くかのように分裂させる強靭で凶悪なまでの筋力を振るい、目の前の軍人エサを時に切り裂き、捕食、喰い散らかしてゆく。


そんな地獄絵図ともとれる光景を目にソレの拳は自然と、固められ、ギュッという音を発していた。


待ってろ、今助けるッ


再び両足に力を籠め、それを開放。瞬時にして近くのディザイヤの眼前へと跳んでみせる。そして・・・


『 悪いな、死んでくれッ 』


固めた拳をその額へと振り下ろす。

それによって一帯に響く、それまで発せられることのなかった新たな音。それは強固となった頭蓋骨を砕く音でも、硬質化させた拳がドリルの如く肉を掘り貫いてゆくものでもあり、その音は瞬時に、脳しょうの混じった多量の血肉を天高く噴出させた。


もはやどんな顔であったのかわからないほどにグチャグチャとなったそのディザイヤは、ひどくあっけない、朽ち木の折れるような死を迎える。


『 次ッッ!!! 』


崩れ落ちる死骸の口であったそこから牙を抜き取り、それを次なる標的へと投擲。そしてそれが刺さり怯んだ隙に再び高速跳躍からなる拳を振るい、標的にとどめを刺す。


何百もの弾丸をもものともしないはずのディザイヤが数秒の内に二体討伐された。

ソレの進撃は続く。


時に強力な脚力を持ってディザイヤの胸へと跳躍からなる跳び蹴りを繰り出し、その心臓を貫き。あるいは固めた拳から生やした赤黒い刃物のような爪を振るい、数々の意想外変異体たちを切り裂いてゆく。

その光景は先ほどとはまた違った地獄絵図であった。それはまるで罪を背負わされた無知な民を無常に屠る悪魔の壁画のようであり、現実味に欠けているようにさえ感じられる。


しかし、それは確かにそこで繰り広げられ、悪魔を思わせるソレは目を疑うことなくそこで”無知なる民”であった存在たちを屠っている。

一つ言えることがあるのならば、その壁画には『人間』が誰一人と登場していないということだろう。


「 なんだ・・なんだんだアレは!!? 」


生き残った軍人たちが突如として現れ数々のディザイヤをいとも容易く屠ってゆくソレを目に狼狽していた。そんな彼らも気にせずソレはただ戦い続ける。


不意に街全体に轟く、深く不安を煽るサイレンが鳴り続け始める。それによってそこにいるディザイヤ以外の全てモノの意識が街に走る道路の奥、サイレンが告げている危険が訪れるであろうソコへと視線を向ける。それはディザイヤを屠り続けるソレも同様であった。


「 そんな・・・早すぎる!!予定ではSTO3ウィルスがやってくるのはあと数時間は後だったはずだ!! 」

「 って、撤退ッ撤退だ!!!早くこの場から離れろぉぉぉぉ!! 」


狼狽していた軍人たちが恐怖に駆られて撤退を始める。

しかし、その際にも彼らを標的としてディザイヤが襲い掛かってくるが、それらも瞬時にソレによって討伐されてゆく。


『 もう少し、もう少しでいい。持ってくれッ 』


再び勝手が聞かなくなる肉体に願い語りかけ、もはや獣のものとも、ましては人のものでもない咆哮を空へと発する。そしてただ目の前の標的へと跳ぶ。


突如、軍人たちの撤退が今だ済んでいないにも関わらず一帯を襲う緑の死煙。それは瞬時にして街を蔽いつくしその視界を緑一色に染め上げてゆく。


死煙に包まれたそこに響く音は、ソレが発する呪われし咆哮と、かつて人であったその存在たちの、嘆きのごとき咆哮だけであった・・・・---



そこから数か月もの時間がたった。


かつて首都であったそこは、見る影もなく崩壊しまるで荒れ果てた戦場であった。しかし、そこに人の死体はない。ただあるのはディザイヤの死骸だけであった。


そんな死骸の山の上でソレはぐったいと両膝を降ろしていた。もはや戦う力など殆ど残っていない。

彼はずっと戦い続けていた。


一人で、傷つきながらも、血を吐きながらもただひたすらに・・・


突如音速を超えた速度で44口径の弾頭が飛来してくる。

ぐったりとした肉体から片腕だけを動かしそれを受け止める。しかし、着弾とともにそれは爆散。

纏っていた装甲が削がれてゆく。


弾頭が飛んできた方向へと視線を向けると、数台もの戦車が死骸の山へと向かってきていた。


『 特異変異体は今弱っている。今の内に捕獲するんだ 』


装甲によって強化された聴覚が戦車の中で発せられいる指示を聞き取る。もうここにディザイヤはいない。

彼らの標的は死骸の山で脱力している特異変異体と呼ばれるソレだけであった。


だが、もう抵抗はしない。全て終わったのだ・・・


視界の端でかろうじて音を発しているラジオの音声に耳を傾ける。


『 もはや手はこれしかないのです・・・我々の決断はこれから述べる通りです。我々はこれより日本列島を西日本、そして東日本とで二つに”分断”します。そしてその後西日本にディザイヤを集結させ”閉鎖”します・・・もはや誤魔化そうとは思いません。正直に言います。我々はこの決断により西日本に残った多くの国民の皆さまを”見捨てます”。そうすることでしかこの日本は生き残ることができないのです・・・ 』


ラジオから発せられる声の主はもはや誤魔化すなどせず、ただ事実だけを述べている。


もう終わったのだ・・・


再び戦車から発せられた弾頭がソレを襲う。

強固であった装甲が弾け飛び、四散してゆく。

しかし、ソレはぐったりとしているだけでまったくの動きをみせない。


不意にソレの目の前に一人の少女が現れる。

小学生高学年くらいの幼い顔立ちと身長。しかしその背にはクロスさせた二本の短剣、それは両腰そして太ももにも取り付けられており、計6本の短剣をその少女は装備していた。


埃にまみれたマントを纏ったその少女は、哀れみのこもった眼でソレを見つめている。


『 あぁ・・・蓮、か。遅かったじゃないか 』

「 申し訳ありません、マスター 」

『 いや、いいさ。丁度いいタイミングだ 』


ボロボロのソレを目に、蓮と呼ばれる少女は両目に涙を溜めながらもゆっくりと頭を下げる。そんな少女を目にソレは小さく笑ったかのように見えた。


『 蓮、後のことは頼んだぞ・・・この子のことを鍛えてやってくれ。この子の運命の先には大きな戦いが待ち受けている。それは避けようのない呪いなんだ。だからせめてその時が来たときにこの子が守りたいモノを守れるだけの力をあげてやってほしい・・・おそらく、こうすることもヤツの計画の一つなんだろうがな 』


「 はい・・マスター。この命にかえてもその約束お守りいたします 」


ソレはゆっくりと手を伸ばし少女の頭をなでる。

そして残った手を自らの装甲の奥に潜らせ、その中で眠る彼の手をつかんだ。


「 マスター・・・お別れですね 」

『 いや・・・”また会おう”蓮 』


突如、ソレが纏ったいた禍々しき巨人を思わせる鎧は、まるで塗料が溶け落ちているかのように、ドロドロの液体状にその姿を変え死骸の山に染み渡ってゆく。そして少しして完全に溶け落ちた鎧であったそれの中から現れたのは、巨人の中から現れたとは思えない程にガリガリにやせ細った、少女と同じくらいの身長の少年であった。彼はまるで死んでいるかのように静かに眠りについている。


そして纏っていたそれが溶け落ちたことによって倒れようとしていた少年の身体を受け止めた少女は、その幼い外見からは想像できないほどの跳躍力で少年を背にその場を離れた。


「 さよなら、マスター。また会う日まで 」


こらえていた涙が頬を伝って流れ落ちる。

そして次の瞬間、ソレがいた死骸の山は数十の砲弾によって爆散したのであった・・・--

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