第2話 森の最奥の魔獣


「その依頼危険度がかなり高いが大丈夫か?」


 そう声を掛けると彼女は話しかけられるとは思ってもいなかったようで驚いた様子で振り返った。その後彼女は警戒するかのように身を一歩引いて突き放すように


「……あなたには関係ない」


 と言い放った。取りつく島もない態度だったが食い下がる。


「そいつは現役の軍隊員でさえ倒しきれなかった大物だ。本当に大丈夫なのか?」


 アリエスが受けようとしていたのは猫又の討伐依頼だった。


 猫又は猫が変化した魔獣である。


 猫が魔獣と化すことは稀だが、魔獣化すると七属性すべてに適性をもつため、その脅威は計り知れない。


 その危険性から人々の間で"絶望の虹"と呼ばれている。


 しかし、彼女は平然と答える。


「ご忠告どうも。……だけど、私がこの程度の魔獣に屈するわけない」


 彼女のその傲慢ごうまんささえ感じられるような自信に溢れた態度を見るに、決して強がりなどではなく本心で"この程度"と思っているようだ。


 だが、過信が一番危険だ。


「僕で良ければついていく。一人より二人の方が安全だろ?」


「……必要ない」


 彼女はつれなくそう言った。


 だがここまで来たら僕も引くに引けない。


「それじゃあ、僕は個人的にその依頼を受けようと思う。それなら良いだろ?」


 そんな強引な言葉に彼女は怪訝けげんそうな表情を浮かべ


「……どうしてそこまでするの?私を助けてもあなたに何のメリットもない」


 と問うてきた。


「女の子が死ぬ危険がある場所に向かうって言うのにみすみす見逃すわけにはいかないだろ」

 

 なんだかめちゃくちゃ気障きざったらしい言葉を言ってしまった。ある意味本心ではあるものの、空気の読めない発言をしてしまい恥ずかしくなってきた。


「……勝手にすればいい」


 彼女はそんな歯が浮くようなセリフに特に反応することなく淡々と返答した。


 猫又がいる場所はギルドから見て東の方向にある"シェルドの森"らしい。


 彼女は僕がその依頼の受注をするのを待つでもなくすぐにその森の方向へと向かって行ったので、置いていかれないように素早く手続きを済ませて彼女の後を追った。


————————————————————


 シェルドの森は鬱蒼しており、昼過ぎの時間だというのに夜中の様な暗さだった。葉っぱの間隙からうっすらと漏れる陽光だけがこの森をうっすらと照らしている。


 アリエスと僕は注意深く周囲を警戒しながら、猫又が発見されたとされる場所に向かっている。


森はとても暗く足元がおぼつかないので僕は右腕に意識を集中させ


「周囲に光を与え給え、<光明ライト>」


 詠唱し、辺りが明るくなる……と思ったがその前に光は闇に飲み込まれた。


 一瞬何が起こったが分からなかったが、アリエスの不快そうな表情を見て、彼女が魔法の発現を止めたのが分かった。


 アリエスが詠唱なしで光魔法を打ち消す闇魔法を行使したというその練度の高さに驚いた。


「……こんな暗がりで光なんか出したら魔獣が寄ってくるに決まってる」


「……すみませんでした」


 意気揚々いきようようと、危ないからついていくよと言った矢先にこんな当たり前のことを失念してしまい恥ずかしい。


 しかし彼女はそんな僕の心情を知ってか知らぬか、彼女は突然思い出したように僕に問いかけた。何故光魔法の適性をもつのに私を毛嫌いしないのか、と。


 光魔法は暗闇を照らしたり人々を癒したりする属性だ。


 周囲を闇に包み込んだり傷を深くしたりする闇魔法と対をなす属性のため、光魔法の適性者は他の六属性の適性者に比べて、闇魔法に対する敵対心は強いことが多い。


 そんな背景があるため、僕が光魔法に適性をもつのにも関わらず彼女に普通に接していることを不思議に思ったのだろう。


「確かに僕は光魔法を使える。だけど魔法の適性で差別するような人間にはなりたくないんだ」


 そんな偽善的にも聞こえる言葉を返した。


 別にその言葉自体嘘では無いが、本当でもない。


 僕も魔法の適性のせいで差別されてきたから、というのが本当の理由だった。


 アリエス自身も闇属性だからという理由で差別されてきたのだから、アリエスがを知ってもそれで差別することは無いだろうが、だからといって敢えて言う必要もないだろう。


————————————————————


 そんなこんながありつつも、猫又が発見されたと報告を受けた場所にたどり着いた。


 そこは森の奥深くであり魔獣同士が争ったときにで出来たと思われる抉れた地面や、中型の魔獣の低いうなり声が聞こえるなど入り口付近に比べ殺伐さつばつとした雰囲気がただよっていた。


 これまでは運良く一度も魔獣に出会うこと無かったが、ここへ来てついに魔獣と遭遇そうぐうした。


 それは魔獣化した兎であり、グロテスクな姿をしていた。


 魔獣は血のよう赤黒い目でこちらを睨みつけると同時にこちらへ口から炎を吐き出した。


 こいつは火属性か。


 一直線に飛んでくる炎を見て、僕はそれを打ち消す為に咄嗟とっさに魔法の準備をした。


 しかしその前に、こちらへ向かって来た炎は眼前で闇に包まれて消失した。


 アリエスが闇属性の防御魔法、<シャドウシールド>を展開して炎を打ち消したのだった。


 僕は炎の放射が終わったタイミングを見計らって剣に手をかけながら兎に飛びかかり、そいつの首を跳ね飛ばした。


 僕はアリエスにお礼を言うが彼女は険しい顔をして


「……礼を言うにはまだ早い」


と苦々しく言葉を零した。


「ギャオアアアアアア」


 獣の声を聞き周囲を見回すと、今の戦闘の騒ぎを聞きつけた魔獣が四方八方にいた。その数はだいたい小型中型含め二十匹ほどで、最悪なことにその中には件の猫又もいた。


「……任せて」


 アリエスは大きく一呼吸して集中を高め、魔法の行使に全力を注いでいた。魔獣の大群が彼女に襲いかかる寸前に彼女の口が開いた


「万物を眠りに誘い給え<催眠アズリープウェーブ>」


 その瞬間に黒い衝撃波がアリエスを中心に展開され、それを受けた小型の魔獣らは朦朧もうろうとした様子で体を地に伏し、中型の魔獣も動きが鈍り始めた。


 流石に大規模な魔法は身体に堪えたようで、彼女は弱々しく地面に膝跨ひざまずいた。


 すぐにでも彼女の側に駆け寄りたいところであったが、その隙に魔獣が再起してしまっては彼女の苦労が無駄になる。


 僕は魔獣たちの集団に飛びかかり、大きい魔獣から順番に剣を振るった。


 彼女の魔法の甲斐あって、動きの鈍った魔獣を殲滅せんめつするのは簡単だった。


 だが当の猫又はアリエスの魔法にも全く怯む様子は無かった。


 猫又は周りの魔獣の死骸しがいには目もくれず、地に腰を下ろしたアリエスに向かって魔弾を浴びせた。


「くっ……」


 大規模な魔法を使った反動は大きいらしく、アリエスは魔弾を避けきれず掠ってしまった。


「っつう…………」


 その後も猫又はもてあそぶように、いたぶるようにわざとゆっくりとした魔弾を彼女に放ち続けた。


「くっそ……やめろ!!」


 僕は弱っていたとは言え十匹以上の魔獣を倒したことによる疲労により身体が思うように動かず、ただ声を上げることしか出来なかった。


 不意に猫又はその戯れを止めて、僕の二倍ほどの大きさの魔弾を生成し始めた……それは明らかにアリエスを殺すつもりだと分かった。


 その魔弾は七属性全ての魔法が内包され虹色に輝いていた。


 アリエスは急いで避けようとしたが、動き出すよりも前に魔弾が放たれた。アリエスは逃げるのが間に合わないことを悟り魔法での防御に移行した。


 疲労した状態で即席で作った魔法の盾は、先ほど僕を守ってくれたものよりも目に見えて練度が低かった。


 そんな盾では全ての属性の魔法を含有する膨大ぼうだいな魔弾を防げないことは火を見るよりも明らかだった。


 その瞬間、時間がゆっくりと流れ始めた。必死で魔法を展開しようと歯をくいしばるアリエスを見ながら僕は……


————————————————————


 スローになった世界で、ただ僕は絶望に打ちひしがれていた。

     

 また僕はのように、自分の弱さ故に誰かを見殺しにしてしまうのか。


 アリエスが依頼を受けようとした時に引き留めていれば。


 僕がもっと強かったら。


 こんなことにはならなかったんじゃないか。


 自嘲の思いは胸中を埋め尽くす。


 ……だが絶望に飲み込まれそうになったそのとき、ある一つの希望が浮かんできた。


(そうだ……これなら助けられるかもしれない……)


 しかしその方法が上手く行く保証は全くない。なぜならそれが成功しうる根拠はあくまで僕の経験しかないからだ。


 だがここで何もせずに黙って死ぬくらいなら最後まで足掻あがいてやろう。


 憂いを断ち切るように棒のようになった脚で力一杯地面を蹴る。


 そして魔法を詠唱しながらアリエスの前に立ちはだかって……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る