虹色の魔法剣士〜闇を抱える少女と共に魔獣と差別の無い世界へ〜

神武れの

第1話:闇をまとう転校生

 モコス大陸は、古くから魔法と深く関わり合いながら発展を続けた。


 魔法とは人の体内の魔力を変換し、物質や事象を無から生み出す現象を指す。魔法は七種類存在しており、


 炎を発生させる「火」属性


 水や氷を操る「水」属性


 空気の流れを司る「風」属性


 電気を纏う「雷」属性


 岩石を生み出したり大地を変形させたりする「土」属性


 人々を癒し周囲を照らす「光」属性


 あらゆる物を弱体化し暗黒に包む「闇」属性


 魔力は万人がもっているものの魔法を顕現けんげんさせるほどの魔力を保有するものは少なく、それが出来るのは全人類の25%ほどしかいない。


 また魔法の適性には個人差があり、適性のない属性の魔法は使うことができない。


 使い手の数こそ少なかったが、これらの魔法は人類の文明の発展に大きく貢献した。


 やがて魔法を扱うのは人類だけではなくなり、次第に動物も生き延びるために魔法を扱うようになった。


 だがそのうちの一部は体内で魔力の循環が上手く行われず暴走し、目につくものを破壊し尽くす「魔獣」となり人々の生活を脅かしていった。


 人類は魔獣に対抗するための「魔導士」の育成のため魔法の鍛錬を行う「魔法学校」を大陸各地に設置した。


..................................................................


 スペルス王国の中心部に存在するスペルス国立魔法学校では、生徒が己の力を向上させようと必死に勉学や魔法の練習に取り組んでいる。


 スピカ・バルゴスもその一人だ。


 魔法学校の生活に慣れ始めた5月頃、僕が在籍する1年4組の教室では、転入生の話題で盛り上がっていた。


 どうやら転入生は女子であるらしく、男子は浮き足立っていた。


 担任がドアに入ると、喧騒けんそうに包まれた教室はやがて水を打ったようになった。


「みんなはもう知っていると思うが、このクラスに転入生が来ることになった。さあ、入りなさい」


 その担任の一言で教室のドアが遠慮がちに開かれた。その瞬間に、入って来る転入生の姿を見てクラスの全員が息をのんだ。


 ダイヤモンドのように、鮮やかで透明感のある青みの銀髪。


 銀髪に負けずとも劣らない白く透き通った素肌。


 そんな冷涼れいりょうな印象を覆すような、炎の如く赤々と煌めく真紅しんくの双眼がアンバランスながら独特の調和を生み出していて不思議な魅力を感じさせる。制服は彼女の為に用意したと言っても信じられるほどに彼女に合っていた。


「……どうも」


 彼女の一言で僕はようやく呼吸をすることを思い出した。


 それは他のクラスメイトも同じだったようで、そこかしこから息を呑む音が聞こえた。


「アリエス・シェマル。これからよろしく」


 彼女は書いてあることを読み上げているかのような、抑揚よくようのない気だるげな声で挨拶をした。


 流石に内容が少なかったようで見かねた担任が質問を始めた。


「どうしてこの学校にしたんだい?」


 少しの無言の後、


「魔獣を倒して安全な世界にするため」


 と極めて模範的な返答をした。僕はなんとなく今彼女が語った理由は本当ではない……というより本心からの言葉ではないように聞こえた。


 担任は別の質問を彼女に問いかけた。


「魔法の適性はなんだい?」


 その一言で彼女は一瞬顔を歪めた。僅かな逡巡の後、彼女は諦めたように


「……闇属性」


 と弱々しい声で呟いた。その発言の後少しずつ教室がざわつき始めた。


「…………」


 少し前までの和気あいあいとした喧騒けんそうが嘘のように鳴りを潜め、彼女に向けられる目は期待や好感から失望や嫌悪に変化した。


「……もう良いでしょう」


 彼女はそこで自己紹介を切り上げ、そそくさと空いている席に座った。


「……さ、さて、今日も一日頑張りましょう」


 担任は気まずそうに中身のない言葉を連ねて、その場から逃げるように立ち去った。


……………………………………………………


 闇魔法は相手の感覚を阻害したり、自分な隠密性を高めたりというように相手を弱体化させる性質をもつため、昔から暗殺に用いられることが多かった。


 そういった時代背景がある故に、闇魔法の使い手は今なお差別されている。


 近年になって「魔法適性差別撤廃法」が施行され、表向きの闇魔法の使い手に対する差別はなくなった。


 しかし、身内を殺された遺族の恨みや長年の間差別され続けた過去が簡単に拭える訳ではない。


 法と言いつつも、特に何らかの拘束力があるわけでは無いのだからなおさらだ。


 さっきの教室の状況から分かるように、現在にも闇属性の差別は根強く残っている。


……………………………………………………


 今日の授業が終わり、僕は足早に教室を出て学校から南方向へ歩き、五分ほどで目的の施設「ギルド」に到着した。


 ギルドとは依頼を仲介する施設であり、一般市民から公共施設まで万人が依頼を出すことができる。


 依頼には簡単なお使いだったり魔獣の討伐であったりと様々な依頼が集まる。


 もちろん依頼の難易度によって報酬が上下するため、小遣い稼ぎに簡単な依頼をこなす者もいれば、命を懸けて難しい依頼をこなしその報酬で生計を立てる者もいる。


 そのギルドの中央にある依頼が列挙された掲示板には多くの人で賑わっていた。


 自分の身体の大きさのある剣を携えた屈強な男や、豪華な装飾のいかにも高級そうな杖をもった魔術士らしき人物など、色々な人が掲示板を食い入るように見ている。


 僕の通う魔法学校はギルドと提携しており、依頼の達成が成績に反映されるため授業終わりの昼過ぎにはこのようにギルドに多くの生徒も集まる。


 その中でも一人異彩を放つ人物がいた。それは件の転校生、アリエスだった。


 その理由は彼女の容姿が美しいこととか、彼女が闇属性の適性をもっていることなどではない。


 魔獣化した猫である猫又の討伐という難易度8の上級者向けの依頼を受けようとしていたからだ。


 難易度は10段階に分けられており、8から先は国の軍隊が出動する程の危険度の高い依頼である。


 そんな依頼を彼女は一人で受けようとしているのだから、注意を引くのは当然である。


 当の本人は、そんな周囲の様子は意に介さず淡々と依頼の受注を行う。


 依頼を受けるのは自分であるし、それで死んだとしてもそれは自己責任だ。


 だが、目の前で危険に立ち向かう彼女のことを僕は見過ごせなかった。


 目の前の彼女を一人で行かせてしまっては、彼女が魔獣に殺されるかもしれない。


 その可能性を考えただけでいてもたってもいられなくなり、考えるよりも先に体が動いていた。

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