きょうだいでスイカを食べた話。

御愛

いくつになっても、大きいスイカが食べたいらしい。

 七月下旬。もう夏の暑さだ。今年は例年と比較しても特に夏になる時期が早かったらしい。実際にそんな実感がある。


 そして学生の僕にとって夏を実感させるものとは、何と言っても夏季長期休暇こと夏休み様である。


 最初の三日間は部活の大会が連続で詰まっていて頭おかしいんじゃないかと思うくらい肉体を酷使した。僕の夏休みはもう終わった感があった。それくらい密度の濃い日が続いた。


 そして現在はその疲れを療養している最中である。家族共々リビングに集結し、テレビを観ながら団欒に興じている。疲れ切った肉体と精神には、このひと時が至高だ。


「スイカを切ったから、仲良く食べてね」


 台所から母が顔を出した。そのまま僕らの前に腕が伸び、ドデンと鋭角三角形のスイカが盛られた皿が置かれた。


「やったスイカだ。じゃんけんしよ」


 妹が表情の分からない顔ですぐさまそう言った。


 姉は妹の顔を見て、次に僕の顔を確認する。僕はこくりと頷く。


「「「じゃんけんポン!」」」


 まさに阿吽の呼吸。僕らは一斉に手を突き出した。


 僕がパー。姉がパー。妹がチョキ。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 妹が表情の分からない顔で声を上げた。ついでに指二本を突き出した手を高々と掲げた。


 僕の妹は性格が悪い。姉に負けず劣らず自己中である。大体他人のせいにするし、日常的に煽りマウントをとってくる。


 つまりこういった勝負事の後には、必ずと言っていいほど突っかかってくるのである。自分が勝ったとなれば尚更だ。


「よっしゃ。私勝った。お兄ちゃんざっこ。お姉ちゃんもざっこ。ねぇねぇお母さーん!私一人勝ちしたよー!見て見てー!!私チョキでー、お兄ちゃんとお姉ちゃんがー、パーなんだよー」


 ウザい。


「……弟、勝負だ!」


 姉が無駄にカッコつけてそんな事を言った。手を開いて顔にかざし、指の隙間からこちらを見てくる。


 そして妹は完全無視である。ちなみにこの姉が中学二年生で頻発する病名のある精神状態かと言えばそうではない。


 姉とは漫画やアニメの趣味が合う。しかし僕とは違って飽きやすいため直ぐに他のジャンルに手を出したりする。そのためこのように何の作品かも分からないネタを引っ張り出してくる事があるのだ。アニメキャラにかぶれているのである。


 まぁそれはさておき、ジャンケンだ。


「「ジャンケンポン!」」


 僕がグー。姉がパー。僕の負けだ。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 本当に似たもの姉妹である。勝った時のリアクションがそっくりだ。


「俺の勝ちだぜぇぇぇぇぇぇえ?」


 変顔しながら見下ろしてくる姉。


 まじうぜぇぇぇぇぇぇぇぇえ。


「テレビ変えるよー」


 一人お先に争いから離脱した妹がリモコンの主導権を握りチャンネルを変えた。その手にはちゃっかり一番大きなスイカが握られていた。

 

 サザエさ●を見るつもりである。妹はちびまる子ちゃ●とサザエ●んが好きなのだ。姉と兄には不評であるのだが。


 妹はどちらかと言うと昭和アニメ派。姉と僕はもっと最近のアニメ派である。この二派によるチャンネル争いはいつも血で血を洗う抗争に発展するのだ。


 僕は一番小さなスイカを手に取りそれをシャクシャクと食べ始める。そして一番先に食べ終わった。身が無くなり皮のみとなったスイカを見つめる。何だろう、この虚無感は。


 そんな事を考えていると、突然ぷっ、と僕の顔にスイカの種が飛んできた。


「あ……悪い悪い。とんじった」


 見れば、姉がスイカの種を大皿に飛ばした体勢のまま固まっていた。


 僕は頬についていたものを取る。スイカの種だ。この姉は全く………。


 スイカの種問題は毎回のように発生する。スイカを食べる全員が一つしかない大皿に向かって種を飛ばし合うので、あっちへ行ったりこっちへ飛んだり。そして偶に人の体にぶち当たるのである。


 そう。今の僕のように。


 姉は謝罪の意を表すためなのか食べかけのスイカをすっ、と差し出してきた。要らないよそんなの。


 僕は嫌そうな顔をした。姉はすぐに引き下がり食べかけのスイカを食べ始めた。いったいこの一連の行動に意味はあったのだろうか。


 妹は順調にスイカを食べすすめながらも、その目はテレビ画面の魚類一家に釘付けである。


 姉は不服そうにしながらも、魚類一家を大人しく観ている。スイカを食べる方に夢中なのだろう。やはり食べ物の力は偉大だ。


 ベランダへ続くガラス張りの扉から、夜空が見えた。もう一日は終わりだ。明日は大会終わりにも関わらず朝早くから部活があるし、午後からは文化祭の準備がある。夏休みと言っても、忙しさはそれほど変わっていない気がした。むしろ一日のスケジュールが隙間無く埋められる形となり、これではどちらが休みかも分からない。


 高校生活初めての夏休みは今のところ慌ただしくも忙しく、休む暇も無いが、変わらない家族の団欒は特殊な時間の中でも日常を感じさせてくれた。


 日常。相変わらず僕らきょうだいはジャンケンでモノを取り合うし、順番を決めるし、そういった勝敗を決定させる。今のところ負け越している僕はそろそろ勝ちたいところでもある。


 日常。相変わらずきょうだいは喧嘩をするし、挑発もするし、互いに優劣を決める。きょうだい喧嘩は大体僕が勝つので姉と妹は最近僕に喧嘩を売らなくなったが。

 

 日常。相変わらず皆んな甘いものが好きで、菓子やフルーツが好きで、大きいスイカが好きだ。


 日常。それはかけがえのないものだと僕は思うし、そう思える事ができる幸福をずっと噛み締めている。


 

 そんな、日常。


 

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