第27話 その日の前
5組の結婚式は、田舎のさほど大きいとは言えない再洗礼派教会で行われたが、それなりに華やかなものだった。3組の予定だったが、ディオゲネスに仕えるオーガの解放奴隷とハーフエルフの解放奴隷が、やはりオーガの解放奴隷の女とハーフエルフの解放奴隷の二組が加わったのである。恋仲だと知って、ディオゲネスがその2人の女を買い取り、解放したのである。ならと、一緒にと考えたのだが、すったもんだと色々な問題が出たが、何とかこの日に持ち込んだのである。
「ディオゲネス様。有難うございます!」
5人の花嫁は、最高の笑顔浮かべて、彼の前に立った。お世辞にも豪華ではないが、特に飛び入りの2人はあり合わせとしかいえなかった、それでもやはり華やかなものに見えた。
パノストラをはじめ、ハイエルフ奴隷達も、羨望の眼差しを見つめていた。しかし、その顔には複雑な表情も浮かべていた。
もう1人、
「本来ならば、お坊ちゃまの…。」
侍女長だった。彼女は涙を流していた。彼女は、彼と彼の元婚約者が挙げていただろう豪華な結婚式を思い浮かべていたのである。
「それなら、あたいが結婚式をあげてやろうか?」
「私の方が、映えるよ、ねえ、侍女長様?」
「何を言っているの、奴隷の分際で!」
自分より、多分確実に年上のアテネサとパノストラに揶揄われた、人間から見て30代半ばに見える2人は実際には80歳くらいには成っているし、結婚生活の経験がある、侍女長は声を荒げて叱りつけた。2人は、悪戯をした悪ガキが怒られた時のように反省した風情も見せず、そっぽを向いた。ただ、2人なりに彼女の気持ちを察しての心づかいではあった。
“御母上様も、良き娘に育ってくれた、と喜んでおられた。それが…。”彼女の死の三ヶ月前、王立女子貴族高等学院の卒業試験結果を報告に来たディオゲネスの婚約者に、彼の母は上機嫌に言葉をかけたものだった。成績が良かったからだけではない。学園生活は、しっかり調べさせていたが、まったく問題はなく、彼女が直々に会っても申し分ない娘だと確信を持てたからである。息子のディオゲネスとは、子供の頃から、仲はよく、互いに当然結婚する相手だと思い込んでいた。“さすがに、主様はお目が高かった。”と思ったものだった。女性としては長身だが、可愛い感じの金髪の美人の婚約者は、ディオゲネスに似合いの相手だと思っていた。悪戯した2人を叱ったこともあり、2人の婚約時から知っている彼女にとっては、2人の結婚式は夢だったし、自分の仕事の完成ですらあった。帝国第一の貴族、公爵家の令嬢と将来の皇太子、皇帝の結婚式は、豪華で華やかなものになるはずだった、彼女の頭の中では。
彼の失脚後、駆けつけて、離れませんとすがりつく婚約者をどうしたらよいかと心配したものだが、そういうことは、幸いにも?なかった。公爵は、ディオゲネスとの結婚式に準備していたものを利用して、他国の王子と結婚式を挙げさせた。“悲しんだろう”とも同情しながら、君子豹変して他の男を選んだことに失望もしていた。“坊ちゃまは、言葉には出さないけれど…。”
「公爵令嬢としての務めを果たすために割り切ったのだ。そのような娘だからこそ、母上が選んだのだ。」
「…。」
「それに、不幸で、毎日泣き明かしていたら、私のほうがやり切れないだろう?」
「…。」
ディオゲネスが言っても、彼女は割りきれない思いだった。“まあ、俺もだが。”赤ん坊を婚約者だと言われ、わけも分からなかった、可愛いからとあやせば、乳母や母親でも泣き止まない時ですら泣き止み、彼のそばにいると幸せそうな表情を浮かべる彼女と、ずっといたいと思い続けていた。その彼女に思う複雑な気持は、彼の乳母、侍女長と同じだった。
“あいつらも同じだ。”パイステア達から流れ込んでくる、初恋或いは奴隷になる直前までの恋人、思い人、婚約者への思い…。それに憐れみと同情、自責の念、嫉妬、疑問が絡みあう、ディオゲネスではあった。“あいつらも、似たように思っているのかもな。”
それから10日ほどだった、理由も、説明もない、帝国政府から行事の自粛の通知が届いたのは。
よくあることである。内密にしていたが、そろそろ公表してはどうかという声が強くなっているものの、まだまだ多数派にはなっていない、どうしようもないところまでいっていない時にやる手段である。国の側は、上手く隠せているつもりというか建前だが、庶民は何かしらあったりと、色色推察し、それが大体当たっている、かなり尾ひれがつくが。この場合、国事が関係しているから、皇帝か皇太子、皇后クラスしかあり得ない。だから、皇帝が病気かなんかで倒れたていうことで、色色な話が広がっていた。
「半月後には、皇帝の平癒を、臣民全てが祈るようにとの通知が出るだろうな。」
ディオゲネスは言ったが、ほぼ正確だった。送られてきた通達には、地方の知事、諸侯、皇族は任地を離れず務めを果たすようにとも記されていた。
「宰相と皇太子に、見舞いに行くことを許して欲しいと嘆願書を出すぞ!」
“九分九厘駄目だろうがな。”
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