第18話 皇子も憂鬱 2
「この程度でよかったのですか?」
パイステアが、湯の中でディオゲネスの肩に頭をのせながら、尋ねた。
領内の有力者の何人かが、彼の館の改修を申し出た、無料でだ。
彼は、快く受け入れたが、実用上不可欠なところと風呂はかなりの改修だが、装飾等はカットして、彼らの申し出た規模より、はるかに小さいもので依頼した。
一種の賄賂とも言えるが、この程度は金持ち税みたいなもので、問題視されることはない。このくらいで利権が動くものではないし、ご機嫌伺い程度に過ぎない。彼が支度金の一部を、貸し付けていることへの返礼の意味もある。彼らは、その金を事業資金として使い、彼に利子をつけて返済する。よくあることであり、代官などは施策に必要な資金ですら、そこから補填せざるを得ない場合すらあるし、その原資は国からの貸与金でしっかり利子をつけて、任期満了後、国庫に戻さなければならない。彼の場合は、経緯が違うので、国庫に戻す必要もないから、利率も低くできたから、彼らの利益も高くなるので大歓迎だった。
また、皇子の狩猟場と引き継がれた帝室狩猟場への山菜などの収穫のための出入り、そこから出てくる獣の捕獲(建前)も以前よりも緩和し、納める税金(現物もあり)も減らした。
要求があれば、民会、コミューンの設置を認め、訴えを聞くため領内各地をまわったが、その際の地元の負担をできるだけ少なくした。
インフラ整備も、直接間接的に関与して、進めさせている。
上手くやっている、上手くいっている、領内は、と思っている、思っていたかった。
「だから、私のために、天国に行けるよう祈ってくれる者が居なくなっては困るだろう?」
ある日、趣味の菜園を政務や武芸の鍛錬、勉学の合間に、巷では傷物ハイエルフ女奴隷奴隷達のイチャイチャの合間に、手入れしている手を止めて、近くの椅子に座り、ウサギ耳獣人の娘を隣に座らせて、静かに諭すように言った。彼女は、元々母の奴隷で、その遺言で解放された後も、彼に従っている侍女だった。小さい時から一緒に育ち、心憎からず思っていた。
それが先程、肌も露わにしながら、
「私ではダメなんですか?」
と言って迫ってきたのだ。
「お前を、妹達以上の妹のように思っていたお前を、私の道連れにしたくはない。亡き母も、そう思っている。」
とまず言って宥めた。彼女の豊満な体、そして可愛い顔に心が、欲望は動いた。しかし、彼女との子供の頃からの思いが、それを断ち切った。彼女達には、幸せな結婚をしてほしかった。
「あいつらは、私に使い捨てにされる奴隷なんだ。お前を、そんなにしたくない。分かってくれ。」
彼女は、ぐずぐずと涙を流しながら、しばらくはそのままだったが、最後は泣き叫びながら走り去っていった。
「責める口実にならないようにしないといけないからな。少し、改修が早まっただけ、良かったと思っている。こうして、お前と湯に気持よくつかれていれば満足だ。」
この言葉も、幼なじみである使用人への言葉は、どちらも本心からのものだった。“つくづく俺は、嘘つきだ。”
そして、
「ハイエルフの女聖騎士だと?」
父、皇帝から合格点のお言葉をもらってから一カ月程たった頃、彼の騎士団長、大柄で逞しく歴戦の騎士でありながら、気の良い、髭面だがなかなかのイケメン、がいかにも困った顔で報告に来た。聖騎士を一人、騎士団に追加することとして派遣する、騎士団長と同格、ソロン公の直属とする等々だった。
「どうしてだ?」
「?」
ディオゲネスも、脇でメモを取ろうとしていたパイステアも、目が点になっていた。
聖騎士は、正騎士中でのエリート中のエリート、精鋭中の精鋭であり、皇帝直属である。それがどうして、辺境の地に、一人で。しかも、ハイエルフの女?
「魔族が、少数とはいえ、突然、密かに境界を抜けて、この地に侵攻したことを重くみての…。」
とは通知に書いてあることだが、時間もたちすぎているし、大体それならば聖騎士とはいえ、一人でと言う問題ではないはずだ。騎士団長は、迷った。しかし、ここで建前ばかり言うのもまずいと思ったので、
「皇太子様の筋からのようです。殿下のハイエルフ女奴隷ハーレムの真実の確認、ハイエルフとの関係はどうか、領内にはエルフも多く、近くにも部族が数多くいますから…、最終的には殿下の監視もということではないかと。何せ、殿下はハイエルフ女に奇跡をおこしましたから。」
「そうか。それでは、丁重に迎えなければならないな。まあ、戦力として大きいし、隠し事はないがな。」
ディオゲネスはそう言うしかなかった。“あのことは隠しようもないし、隠してもいなかったからな。”目を閉じ、背もたれに体を押しつけた。
その夜は、不安はパイステアにも感染して、二人はとにかく貪るように互いに貪り合った。
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