第7話 盾はお前が一番だから

 こんな哀れな格好で、しかも、まだ日が高い時間である、バイステアはさすがに真っ赤になって、動けなくなってしまった。

「坊ちゃま…。」

 エルフ奴隷をお姫様抱っこして執務室を出てきたディオゲネを見て、侍女長、彼の子供の頃からの侍女である、が大きなため息をついたが、直ぐに立ち直り、

「この後は、どうなされますか?お風呂ですか、お食事になさいますか?」

 ディオゲネスは表情を変えることなく、当然といった顔で、

「食事を先にするよ。でも、その後に風呂に入るから、準備しておいてくれ。」

 侍女長は、それを聞くと振り返って、後ろに立つ、二人のハイエルフ姉妹侍女奴隷に指示を、声を高くして、出した。彼女達二人は、無表情の顔で聞き、ノロノロと動き始めた。

「全く…。」

 彼女は、彼女達の背を見て舌打ちをした。

「まあ、かえって面倒くさいだろうが、我慢してやってくれ。あいつらは、私の運命に似ているような気がしてならないんだ。」

 侍女長は、彼の言わんとすることが分かり、胸が少し痛くなった。

「わかっておりますわ。せいぜい少しは、私が楽になるようにしますから。」

と弁解するように言った。

「できるだけ、そうしてくれ。」

 彼の穏やかな微笑みに、自分をできるだけ楽させたいという彼の心情と政争に敗れて、奴隷に落とされ、正気を失うほどに凌辱された元ハイエルフの王族姉妹に、自分と境遇を重ねて同情していることをあらためて感じた。“比べることのできないくらいの小国のに…。お優しくなられて…。”と嬉しく思った。しかし、それはそれであり、また、ため息をついて、

「少しは、自重なさってくださいませ。」

とたしなめるように言った。その言葉にさすがに苦笑しながらも、彼はそのまま自分の寝室に入った。

 ドサッとベッドの上に倒れ込むように、バイステアを仰向けに寝かした。そして、

「嫉妬するお前は可愛いが、拒むのは許さないからな。」

 上になって、唇を重ねた。“わかっているわよ。奴隷だからしかたがないのよ。”と彼の舌が入ってくると積極的に絡め、唾液を吸って、片手を彼の後頭部をあてて、より強く唇を押しつけた。争うような長い口づけが終わり、二人は唇を離した。

「私の代わりに彼女達の…。」

 ディオゲネスは最後まで言わさなかった。

「お前に彼女達の代わりはできないし、あいつらにお前の代わりは務まらない。」

 “確かに、戦場で駆け回って、ご主人を守れない、ご主人のために勝利を呼ぶこともできない。”と少し思うとともに、“私の代わりを勤められるのはいない。”と目いっぱい思った。

「あいつらは、頭もいいが、私の秘書、側近、副官奴隷はできない、お前ほどにはな。」

 彼女の思っていることを、主は言ってくれた。

「でも、彼女達の臭いが…。」

「だから、お前の臭いを擦り付ければいいだろう?より強い臭いを。」

「そんな言い方!まるで私が臭いようではないですか!そりゃ、主様のいない間、風呂には、入っていませんでしたが、ちゃんと体は拭いてました…。」

 主以外は、使用人は三日に一度くらいだが、彼女は彼がでている間は、彼が野外で風呂に入れないだろうからと自分も入っていなかった。

「バイステアの臭いと私の臭いか…。」

 そう呟いて、彼女を抱きしめて押し倒した。服を開けさせて、胸をもみ、舌を這わせると、直ぐに喘ぎ声が上がった。裸体でない、服を着けたままで、不完全に露出した状態の営みは、かえって新鮮で興奮を二人は感じていた。

「あん。」

「う。」

 後背坐位で、二人の動きが完全に止まった。彼女は、彼に胸を強く握りしめられながら快感の余韻に酔っていた。彼の目には、涎を流し、ぼんやりしている彼女が見えた。どちらからともなく、唇を求めて重ねた。

 それからしばらくして、

「今、暗殺者が乱入したらお前は、そこの短銃を手に取って引き金を引き、そこの剣を手に取って、魔法詠唱を唱えながら飛び出す、私が剣と銃をとる時間を稼ぐために。そして、身を挺して私を守る。いよいよとなったら、私は、お前を相手の方に突き飛ばして、盾にしてでも生き延びる道を選ぶ。常に、それができるためには、お前は愛人として、秘書として、副官として、側近として、身辺護衛として、私の傍にいなければならない。その役をこなせるのは、お前しかいない。」

 彼は、感情を押し殺したような口調で言い含めるように話した。

「奴隷ですから、わかっています。」

 彼女は、何を今さらと思いながら答えた。

「しっかりとお前のエルフ、ハイエルフ臭を着けられたな。」

 彼の顔は、既に笑顔になっていた。

「いい加減に、私が臭いように言わないでくださいませんか?」

 彼女も微笑みながら、睨み、文句を言った。

「いいではないか、私はお前のハイエルフ臭が好きなのだから。」

「もう…ひどいですわ。」

 彼女は完全に笑顔になっていた。

「食事の準備が整った頃だろう。腹が減った。行こうか。」

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