第6話 お前の居場所はなくなるかもな

 翌朝、3人のハイエルフ奴隷騎士達は、主の朝食の世話が終わる(彼女らもともに食べた)と、メランタとアンチシラが、主と自分達の天幕を手早く片付け、アステュアナは主と自分達の馬の準備を手際よく始めた。ちなみに、ディオゲネスの食事は、騎士達とあまり変わらないないものだった、多少品数が多く、素材が上等なものだったが。

 そこは従者として、彼のような立場ならそういう従者がつくのは問題がないし、彼女らの働きは、その任をキチンと果たしていた。ゴブリン掃蕩、盗賊退治でも、彼女達の剣、アステュアナは弓矢、魔法での戦いぶりは、平均以上だったとエルフの聖騎士は見ていた、聖騎士のレベルから見ればあまりにも劣っているが(正騎士としては合格点だったが)。そう思っていても、彼女は彼女達の昨晩の行動も含めて、まとめて非難すべき対象でしかなかった。

 整列する騎士団のまえに、ディオゲネ皇子は立った、3人のエルフを従えて。騎士達は、あれこれと囁きあっていた。

「皇子も元気だよな?」

「しかしなあ。あんなのが…。」

「蓼食う虫も好き好きだと言うからな…。」

「まあ、美人の若い村娘をかどわかすなんてのよりは、ずっとましだがな。」

「人それぞれさなあ。」

 悪意のある非難は、あまりなかった。それも不満だった。3人に囲まれた彼は、彼女達が長身でもあったが、頭一つ高かった。黒い髪の穏やかな、或いは平凡な顔立ちの若者でしかなかったが、よく目立った。体つきは、それなりに鍛錬した感じではあった。どちらにせよ、皇帝に相応しいオーラも、文武の才が豊かだという感じも全くといってしなかった。出発の訓示をして背を向けようとした時、ハイエルフの聖騎士が

「殿下よろしいでしょうか。」

と声をかけた。

「何かね?言ってみたまえ。」

「昨晩のことです。一部の者に特別の情愛を与えるのは、士気にかかわるかと思いますので、お慎みなるべきかと。」

 他の騎士達が、ニヤニヤ或いはいい加減にしろよという顔立ちをしているのを確認して、

「諫止ありがとう。しかし、彼女らは私の奴隷騎士だ。それ以上それ以下でもない。正式な戦いの功績には彼女らは関係ない。私個人が彼女らに報償を与えるだけであり、皇子として、領主として正式に名誉を与えるのは、君達であって、彼女らではない。私の奴隷である彼女らを侮辱させないが、あくまで彼女らは私の奴隷であり、君達より優先などしない、そういう存在だ。」

 彼は、皆に聞こえるように言った。エルフ聖騎士は引き下がった。彼女にとっては、怒りをぶちまけたかったから、皮肉の一つでも言えば十分だった。

 一行が出発すると、領主の館まで半日行程であるから、途上で地元の有力者なりがやって来たりしたが、3人のエルフ騎士奴隷達は、間に入ることもなく、主の護衛として一歩引いた位置にいた。それは、このゴブリン掃蕩等の間も同様だった。彼に常に寄りそい、世話する姿は甲斐甲斐しくもあり、微笑ましい、苦笑してしまうものだったし、護衛する姿、戦う姿は颯爽としたものだったし、戦士、騎士の顔だった。彼女も、そう感じた。それだけに、

「性奴隷に成り下がったダークエルフども!」

と心の中で罵倒していた。3人は、皆ハイエルフである。しかし、ハイエルフにとっては、ハイエルフと他のエルフとのハーフがハーフエルフであり、それ以外はダークエルフである。さらに、ハイエルフであっても、不純なものがあればダークエルフなのである。

 領主の館は、この地域唯一の都市の近くにあり、王領地代官の館をそのまま利用していた。

「主様。お帰りなさいませ。」

 玄関で、ディオゲネを真っ先に迎えたのは、剣を帯び、副官風のハイエルフの女だった。少し目立つ傷跡が顔にあるが、3人の騎士奴隷達と比べればないに等しいくらいだ。。ただ、片腕片脚、脚の片方は義足である。

「3人を抱いていたぞ、お前の主は。大分気に入っていたようだぞ。もう、お前の居場所はないかもな。」

 彼女の耳元で、女ハイエルフ聖騎士はすれ違いざまに囁いた。

「どうした?」

 執務室の椅子に座ってうたた寝をしてしまい、慌てて起きたディオゲネの目の前に、机を挟んでだが、バイステアが無言で椅子に座り、彼を睨むように見つめていた。片脚が義足である彼女には、この場合でも、椅子に座ることを許している、というより命じていた。

「いえ、あまりにも気持良さそうにしておられたので、起こすのは…と思いまして…。」

 半分しかない左腕にメモをのせて、そのための装具を着けている、留守中の案件などを説明するはずが、何故か躊躇している、何か言いたげな感じだった。それでも、意を決したかのように説明を始めた。軍人、副官の装いだったが、彼女の胸や肌がチラリと見える造りになっていた。本来ならでるだろう非難は聞こえては来ない、ディオゲネスの意志、命令なのだから。当然彼の視線は、彼女の説明を聞きながらも、その部分に向けられていた。彼女の説明は淀みなく、的確なものだった。

「…。以上ですが、明日は会合や面会はなさいますか?」

「目いっぱいやろう。週末はゆっくりしたいからな。」

「わかりました。」

と一旦頭を下げてから、

「この後は、誰を呼びますか?」

「は?いつも通り、私のそばにはお前だろう?」

「ご無理をしなくてもいいのですよ。彼女達の方がよかったのでしょう?私のような、片腕、片脚の醜い女などは…。」

“3人は、お前を羨ましがっているんだがな。”と思って彼女の顔をみた。理知的な美人なのだが、拗ねているようにも見えた。それが、面白くなった。

「焼き餅を焼いて拗ねているお前は可愛いが…。」

「は、そんな…何を。」

 立ち上がった彼は、素早く彼女に駆け寄ると、すかさずお姫様抱っこで抱き上げた。片脚が義足である彼女は対応が遅れてしまった。

「な、何をするのですか?こんな所で!」

「これ以上は許さない、お前は奴隷なのだから。」

「は?」

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