閑話.聖女たちの意思
「はぁっ…はぁっ…!!」
「あれ?姉さんが転移で帰ってくるとか珍しいね?」
ウルスの攻撃から帰ってきた棗は、酷く消耗していた。
余裕ぶった行動の弊害がまさに今棗を襲っている。
「…吸血した聖女が増えたわ」
「え、まじで?はぁーめんどくさぁ…。誰よ」
「福岡支部の、金髪のやつよ」
「あー、あいつか。ウルヴァリスだっけ?」
彼女の言葉に棗は頷き、力なく椅子に座り込む。
「――久々に押し負けたわ。悔しいものね」
「にゃはは。まぁ吸血人と戦うのは初めてだろうしねぇ」
「血の加護を持っていない時に狙ったはずなのに…裏目に出たわね」
ため息を吐き、会話の相手に向き直る棗。
「で、そっちの収穫はどうなのよ、
「ああ。4人ってとこだねぇ。今持ち帰ってオーダー様の餌になってるよ」
「そう。よくやったわね」
帷と言われた少女は、棗の言葉に気を良くして、はにかむ。
そのままその場をくるんと一回転し、棗へと問いかけた。
「この勢いのままさ、支部ぶっ潰しちゃおうよ」
「はぁ?言ったでしょ、吸血人が生まれたって。そう簡単にいかないわよ」
「ボク姉さんだけじゃそりゃ勝てないさ。でもさ――」
動きを止め、不気味な笑みを見せた帷。
「もうすぐあの
「――ああ。あの時期か」
「そ。そこをうまく活用すれば、ボク達だけでもいけるかもでしょ」
「……オーダー様に相談しましょうか」
棗は彼女の言葉に頷き、ここにきて初めての笑みを浮かべたのであった――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一方、夏樹達聖女機関チーム。
夏樹には、宿泊用の一室が与えられていた。
「……俺にはもったいないぐらい広いな」
ベットはダブルベットであり、テーブルセットの質もよい。
アンティーク調にあしらわれたその部屋は、夏樹の経験上もっとも高級感溢れる仕様である。
「ーーあー…」
疲れが体を一気に襲い、抗えぬ倦怠感のままベットに倒れこむ。
そのまま息を大きく吐き、目を閉じた。
(一日で色々ありすぎだっての)
「夏樹ちん、いるー?」
ふいに部屋の外から声がした。
聞き覚えのあるその声に、夏樹は気怠さを押しのけて返事を返す。
「ん、入っていいぞー」
「お邪魔しまー…って、疲れてんね」
夏樹の返事が返ってきた後、間一髪いれずに実里が堂々と入場する。
ベットにうつ伏せたままの夏樹を見て、ケタケタと笑いながら、実里はそのまま近くの椅子に腰かけた。
「そりゃあんだけ色んな事聞かされりゃな…脳がついていかん」
「というより、血吸われすぎたんじゃないの」
「――それもあるかもしれん」
今思えば二度目の吸血だった。
夏樹はふと疑問に思う。
「そもそも二回する必要あったのかあれ」
「あたしに言われてもねえ」
夏樹の質問にそっぽを向く実里。
歯切れの悪い答えに夏樹は起き上がりつつ、少ししかめっ面で言葉を繋いだ。
「何しに来たんだ?」
「いやぁ、あたしの妹が迷惑かけたなーって思って」
「妹……?」
もはや何度目かになる聞き覚えのない言葉に、頭に疑問符を浮かべた夏樹。
その様子を見ながら、実里はニヤニヤと笑い、両手を頭へと運んだ。
そしてそのまま両髪を手で縛り、夏樹へと向き直る。
「じゃーん」
「――ああ!!」
そこにいるのは、つい先ほどウルスと対峙した、静香と言われる少女の顔立ちそのままだった。
「双子なのか…道理でなんか見覚えあると思った」
「そ。髪一緒だと一卵だから見分けつかないっしょ」
「しょーじきまじでわからん」
夏樹自身、テレビで見たことはあるが、双子を実際に見るのは初だった。
なおかつ彼女達は身長の低さもほぼ一緒であり、見分けをつけるのは困難だろう。
唯一を除けば……。
(……胸は妹のほうがあるんだな)
静香の胸はたわわに実っていたが、実里は程よいサイズである。
言葉にすると殺されそうなので、夏樹は口にチャックをしておくことにした。
「悪い子じゃないんだけどさ、ちょっと天邪鬼なんだよね」
「そして負けず嫌い…か?」
「ふふっ、あたり」
夏樹の言葉にケタケタと笑う実里。
「俺、やっていけんのかなあ」
「何が?」
「いや、だって男一人じゃん。普通にきまずくないか?」
夏樹の言葉に、一瞬キョトンとした実里。
しかし、言葉の真意に気付くと、いきなり噴き出した。
「ぶはっ!!ウブだねぇ」
「……こちとら耐性がねえんだ。しょーがないだろ」
「夏樹ちんって何歳だっけ?」
「…今年で19」
「くはっ、まさかのタメじゃん」
更に夏樹の言葉がツボだったのか、笑い転げる実里。
その光景に、少し夏樹は反論したくなった。
「タメには見えないけどな。身長的に」
「容姿をいじっても別に何も思わないよぉ。ウルスだってタメだしね」
「まじか」
同年代がこんなにいることにびっくりした夏樹。
意外にも若い年齢層の組織なのかもしれない。
「あーおかしっ……」
「……?」
一しきり笑った実里は、そのまま少し寂しそうな表情を見せた。
「あたしらさ。親を
「!」
先ほどまでの喧噪が吹き飛ぶような静寂が、部屋の中を流れた。
そういう実里の拳には、少し力が入っているように見えた。
「――だから、どんな手を使ってでもあいつらを殲滅しないといけないの」
「……」
「―たとえそれが、夏樹の力を借りることだとしてもね」
夏樹は気づいた。
彼女達も男を招き入れる事に不満がないわけではない。
しかし、その不満がありながらも妥協しているのだ。
「あたしだけじゃない。ここにいる子はほとんど孤児ばっか。同じような理由でね」
「……すまん」
「いいんだよ。でも夏樹ちんには知っておいてほしかったんだ」
そういう実里の言葉は、どこか少し寂しそうで、触れたら崩れてしまいそうなほど、繊細な一言。
その破片の一片一片が、夏樹の心に突き刺さるようだった。
「だからさ。人助けと思って協力してくれたら……嬉しいな」
「――努力する」
「――――ありがと」
明らかな作り笑いであったが、夏樹はその笑顔をしっかりと脳内に焼き付けた。
実里はそういうと、軽く手を振りながらその場を後にしたのだった。
――再度一人きりになった広い部屋で夏樹は思った。
(俺は今まで逃げる事だらけだった)
人生を振り返る。
まだ19年しか生きていないが、挫折を多く繰り返してきたことを思い出す。
「あんな笑顔見せられたんじゃ…な」
たまには本気で向き合ってみよう。
そう心に誓った――。
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