3.圧倒的実力差

人にとって適度な緊張は、生きていく上で必ず必要になることがある。


全員の前でのスピーチ。


部活の試合前。


はたまた受験勉強などもある。



そうした経験を得て、子供から大人に成長し、


社会の歯車に自然と溶け込んでいくのである。



――しかしながら、緊張するものはする。


夏樹は確かな思いを噛みしめながら、大広間のソファに縮こまっていた。



(……なんなんだよこの状況)



実里とウルスと少しは打ち解け、気軽に会話をしていた夏樹。


そんな平和も束の間、あれよこれよと組織のメンバーが帰還。


人数にして総勢10名。


夏樹とウルスが座っているソファを取り囲むようにして、待機をしていた。



(聖女ってだけあってか、皆女性だし、なんか正面に座っている人は怖い顔してこっちみてるし…!」



夏樹は視線が痛かった。


興味深々に覗くもの、まるでゴミだめを見るかのように夏樹を見ているもの。


得に目を引くのは、正面に座っている女性であった。



肩まで伸びた黒い髪。


切れ長の瞳に、蝶々を模した鮮やかな髪飾りが、更に目を引く。


服装に関しては相変わらず修道服ではあるが、


他の彼女達と違い、真っ白な純白の色であった。



「……ようこそ。聖女機関へ。五嶋夏樹さん」



静かに口を開く女性。


夏樹はその言葉を聞いて、挨拶の一言でも返そうとしたが、


そのまま彼女は言葉を繋ぐ。



「私はこの聖女機関の聖母マリア…リーダーを努めています。影虚かげうろと申します」



「…変わったお名前ですね」



「誉め言葉としてとっておきましょう」



本名かもわからない名前を聞き、夏樹は軽口を言ってみるが、相手にもされなかった。



「まずは今回事件に巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした」



「いや、こちらこそ助けてもらって感謝しています」



「――本来であれば棗嬢の結界には、半吸血鬼しかまともに動くこともできない力があります」



淡々と話す影虚。


一挙一動がお淑やかを感じさせる彼女だが、


逆にその裏に何が潜んでいるかは、夏樹には読み解くことはできない。



「俺の体がなんか特殊…ってことですよね」



「そうですね。吸血の件のお話も既に聞いていらっしゃると思います」



吸血以外で新たに得た新情報。


少しばかり夏樹は動揺しながらも、影虚の話を続けて聞く。



「単刀直入に申し上げます。聖女機関に入っていただけませんか」



「っ!?」



夏樹自身の血が特殊という事は聞いており、


何かしらの協力を仰がれるとは思ってはいた。


しかしながら、まさかの勧誘。


組織自体に入れというその驚愕の話に、夏樹は驚きの声を上げた。



「ちょ、ちょっと聖母!!何言ってるのよ!!」



驚きの声を上げたのは夏樹だけではなかった。


周りの彼女達にも、動揺の声が上がっていたのだ。



「聖女機関は半吸血鬼しか入れない!それになによりこいつはお・と・こ!!」



「わ、わたしも…男の方はちょっと」



次々に出る文句の言われよう。



(まぁ、女子高に男子が入学するみたいなもんだしな)



夏樹とて健全な男子。


とても10人の女性に囲まれて生活など、あまり好ましくはない。


どちらかといえば、精神的には好ましいが、何かやばい気がする。



「――彼の力を借りれば、上位吸血鬼にも勝てるかもしれません」



「!?」



「ウルスから話を聞いたのではないのですか」



「そりゃ、聞いたけど…眉唾ものだし、調べるのに協力とか、そんなんじゃだめなの?」



影虚の話に、何か不満げで答える少女。


青色のツインテールが特徴的だ。



「話しを聞く限りでは、棗嬢はウルスの異変に気付いていました」



ウルスの戦闘力は、棗を凌駕していた。


それゆえに、彼女は逃げ出したのだ。


夏樹は納得の表情を浮かべた。



「だとしたら、いずれは夏樹さんのところまでたどり着くでしょう」



カップに入ったコーヒーらしきものを静かに飲み、影虚はそのまま続けた。



「ここで夏樹さんを帰してしまうと、逆に危険。匿ったほうがよいでしょう」



「それは…そうだけど…だからって組織に加入なんて」



「秘密裡の組織に、長時間の見知らぬ人物を置いておけるわけないじゃない」



秘密組織に部外者がいるのは、確かに破綻している。


だったらいっそ、加入してもらうのが手っ取り早いわけである。


それならば、組織の一員として在住することになるし、秘密は守られる。



「私の決定事項です。それとも…まだ何か?」



「……うぅー!!だったらウルスと手合わせさせてよ!」



「…なるほど。まぁ実際に見てもらったほうが早いでしょう」



「え!?」



突然の宣戦布告にウルスが驚きの声を上げる。


ツインテールの彼女は得意げに、そのまま夏樹を指出して声を張り上げた。



「もちろんあんたは吸血をした状態よ!その状態でぼっこぼこにしてやるんだから!」



「えぇ……」



まさかの巻き込み事故に夏樹は困惑の表情で呟く。



「私は構いませんが、夏樹さんのほうが…その」



「いや、まぁ別に俺も構わんが……」



「ほ、ほんとですか!?」



夏樹の返答になぜか目を輝かせるウルス。


その反応に夏樹は少し引きつり笑いで言葉を繋ぐ。



「そ…そんなに俺の血美味しかった?」



「――ハッ!い、いえ…そんなつもりでは」



顔を真っ赤にして呟くウルス。


余程夏樹の血を気に入ったのだろう。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




模擬戦闘の場所は教会の外。


ここで夏樹は疑問に思っている事を口に出す。



「なあ、見た感じここは地下なのか?」



空を見上げても一向に見えない青空。


あたり一面は岩肌が覆っていた。



「ですね。ヤフードーム…ああ、今は PayPayドームでしたか。その真下に位置してます」



「まさかの場所だった」



影虚の言葉に驚きを隠せない夏樹。


まさか某有名野球チームのホームグラウンドの地下に、


このような巨大な施設が存在するとは。



「そろそろ始めるわよ。準備しなさい!」



ウルスの向かいに立ち、声を張り上げる彼女。


その手には、先ほど説明を受けた小瓶が握られていた。



「あれが血の加護ですか」



「ですね。彼女たちの身体能力を大幅に向上させるものです」



「夏樹さん…よろしいですか?」



「―っ!……ああ。控えめで頼む」



「――心得ました」



心配そうに見つめるウルスに対して、夏樹は頷く。


そのまま夏樹の後ろに回り込み、ゆっくりと首筋に口付けた。



(んー…別にそんなに痛くもないし、血を飲まれてる感覚もないんだが)



吸血行為の中、夏樹はそんなことを思うが、


やはり慣れないものは慣れないものである。



その向かい側では、小瓶の液体を対戦相手が一気に飲み干しているのが見えた。



「――ぷはっ。ありがとうございます」



「ほう。やはりすごいですね。能力の上昇値が段違いです」



「いつつ……わかるんですか?」



ウルスを見つめながら、穏やかな表情で呟く影虚。


一目で見抜く彼女に対して、首筋を押さえながら、夏樹は疑問を問いかけた。



「私は戦闘聖女を束ねるものとして、能力の上昇量が視認できる力を持っています」



「へぇ」



「血の加護を飲んでいる静香に対し、ウルスの上昇量は圧倒的ですね」



静香というのは、対戦相手のツインテールの少女のことだろう。


性格的には全く名前劣りしている感じは否めないが、夏樹は余計な事を言わないように口を紡んだ。



「まずは力比べからいくわよウルス」



「――望むところです!」



特にこれといった合図もなく、戦闘が始まった。


ある程度離れた距離があったはずだが、ウルスはやはり一蹴りで静香との距離を詰める。



「ぐぅっ!!!!」



ウルスの手には、棗との戦闘で見せた杖が握られており、


静香は、その小さい体には似合わない大きな槌で、ウルスの一振りを防いでいた。



「ウルスも静香も、能力としては身体強化系の能力」



「色々能力があるんですか」



「ですね。血の加護の効果を加えるとしたら…単純な力だけでは静香のほうに武があります」



ウルスよりも一回り小さい体であるが、パワー系らしい。


しかし、現在はウルスのほうが押し気味にも見える。



「舐めるなぁっ!!!!」



声を張り上げ、槌を思いっきり振り上げる静香。


鍔迫り合いが解け、空中に浮かび上がるウルスに対し、更に追撃を行う。



が、彼女の振るっている槌は、ウルスは最小限の動きで全て避けてしまう。



「なんで当たらないのぉ!?」



「いつもよりスピードが遅く見えますよ。静香」



そのまま空を蹴り上げ、再度静香のほうへと向き直るウルス。



「なーんか普通に空中ジャンプしてるように見えるんですが」



「聖女の中では基礎ですからね」



「そんな人間離れしたシスターなんて聞いたことねえわ」



どうやら聖女機関という組織に一般常識は通用しないらしい。


影虚の言葉に呆れながらも夏樹は言葉を返した。



そんな会話をしている間に、決着がついてしまうようだ。


静香の戦闘力の象徴とも言える槌を、ウルスは弾き飛ばしてしまった。



「決着ですね」



「圧倒的だな」



模擬戦とはいえ、今の戦闘の中に混じっていたら一般人は普通に死ぬだろう。


静香は床に座り込み、うなだれるように息を切らしている。


一方ウルスは、彼女の前に悠然と立ち、相変わらず息の一つも切れていない様子だった。



「―――負けた」



「力比べで、久々に静香に勝てましたね」



「――ぐぅううううう!!!せこいわよ!!」



笑いかけるウルスに、理不尽な言葉で咎める静香。



「私もあいつの血飲む!!」



「は!?」



「そ、それはダメですよ!!」



飛んだとばっちりを食らう夏樹。


それを必死に嗜めるウルス。


そんな会話の収拾をつかせたのは、影虚の言葉だった。



「彼の血液の解析が終わるまでは、吸血は禁止とします」



「えぇーーー!??」



静香が驚きの声を上げたが、なぜかウルスも驚きの声を上げていた。



「まぁそれはそれとして、実力差が分かった事でしょう」



「……まぁ、それはそう」



「今から彼は聖女機関の一員です」



「……」



夏樹は特に返事をしたわけではないが、勝手に一員になる事へと命じられた。



「…まぁ恩は返さなきゃだし、ちょうど仕事もしてないしな」



「まぁ。それは丁度よかった。もちろんお賃金も支払うつもりですわ」



「やります」



「えぇっー!!!」



なおもあきらめの悪い静香の叫び。


安堵するウルス。


笑顔を崩さない影虚。


そして即答する夏樹。



様々な感情が渦巻く中、夏樹の聖女機関への就職が決まったのだった。



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