2.この世界の理について

「ふむふむ…なるほど……」



先ほどの状況を実里へと説明するウルヴァリス。



「なーるほどねぇ。ってなるほどじゃないよ!?」



お手本のようなノリ突っ込みを見せ、そのままウルヴァリスに詰め寄る。



「吸血したの!?まじで!?」



「え、ええ…だってブレッシングが手元になかったんですもの…。ちゃんと入れておいたはずなのですが」



「はぁああん…まさか福岡支部の初吸血がウルスとはねぇ…」



「まったまった」



理解できない話を延々と聞いているほど、夏樹は優しくはない。


少しは話に混ざりたい、というより聞きたいことが山積みなのだった。



「さっきから吸血だとか、色々言ってるけど、まずあんたらは何者で、襲ってきた女はなんなんだ?」



「んー……ここまで知っちゃうと、教えないわけにはいかないかなあ」



「私の失態ですし、しょうがないかと思います…。聖母には私から報告いたします」



夏樹の問いかけに顔を見合わせ、なんとも言えない表情で呟く二人。


説明責任自体はしっかりと把握している為、そのまま向き直って自己紹介を始めた。



「まず、私はウルヴァリス・ハーマンと申します。ウルス…と呼んでください」



最初に出会った少女が、そう深々と頭を下げた。


相も変わらず綺麗な少女に、夏樹は少し見惚れる。



「あたしは此代実里このしろ みのり。みのりって呼んでよ」



五嶋夏樹ごとう なつきだ。よろしく」



実里から手を差し出され、少し面食らいながらも握手を交わす。


その後、念のためにウルスとも握手を交わしておいた。



「単刀直入に言うけど、あいつ…棗って言ったか。何者なんだ?」



「……吸血鬼ヴァンパイアとでも思ってください」



――吸血鬼。


民話や伝説などで古来より語られる存在であり、


不死の存在とも言われている。



「……なるほどな」



「あら?やけに聞き分けがいいね?」



「あんだけ怖い目にあったんだ。信じないほうが馬鹿げてる」



特に棗は吸血鬼らしい動作とも思える行為はしなかった。


しかし、人間ではなにかという印象を決定付ける行動は行った。


ましてやおとぎ話の話。


現実に存在したとしても、同じ形容をしているとは限らない。



「というと、あんたらも吸血鬼なのか?さっき俺の血を吸っただろ」



「いえ。私達も近しいものではありますが、吸血鬼などではありません」



「――というと?」



半吸血鬼ハーフヴァンパイアとでも名乗っておきましょうか」



聖母のような優しい笑顔で返すウルス。


その顔は少し悪戯めいているように、夏樹には見えた。



「はは、安直な名前だな」



「ですね、ふふ」



少しばかりの内容は掴めた夏樹であったが、


まだ肝心の事がわかっていない。



「で、あんたらはなんで奴らと争っている?」



「……五嶋さん…いえ、夏樹さんは毎年何人の人が行方がわからなくなっているか、ご存じでしょうか?」



「――8万人以上、っていうのは把握してるな」



「おっ、博識だねぇ」



行方不明といっても、警察に届け出をされた数である。


届け出すらされていないものまで数えると、更に増えるであろう。



「彼女達吸血鬼は、人間を食すのです」



「食べる!?」



「ええ。血を吸うものとばかり思われておりますが、食べます」



「食べますって…あ」



『私の今日の朝ごはんにちょうどいいじゃない』



棗の発言を不意に思い出す夏樹。


言葉の真意に気付くことで、今更ながら身の毛がよだつ。



「行方不明って、まさか」



「――彼女達に食された人間がほとんどです」



あまりに現実離れした話に、頭を抱える夏樹。



(そもそも今日一日だけで信じられない出来事が起きすぎだ!!)



明らかに人外ではない女に、その攻撃を軽々と受け止める人外。


というよりそんなものが今目の前にいる。


正直帰りたい気持ちが夏樹を埋め尽くしていた。



「ここ、聖女機関はそんな吸血鬼なるものを殲滅する為に編成された部隊なんです」



「ちょっと待ってくれ!君らも半吸血鬼なんだろ?だったら人間を食うのか?」



「食わないよー。人聞きの悪いこと言うなあ、もう」



夏樹の焦った表情に、実里は少しむっとなりながらも答える。



「――私達はみんな元は人間ですから」



「え?」



「吸血鬼に対抗する為に生み出された生物兵器…とでも、思っておいてください」



呆気からんにこたえるウルスであったが、


その表情はどこか寂し気であり――。


そして、夏樹を気遣いながら答えていることに気付いた。


その表情を見せられた夏樹は……



「―――すまなかった」



「えっ、頭を上げてください!?」



「いや、気分を害したのはこっちだ。助けられた恩を仇で返すような真似をして悪かった」



「…巻き込んでしまったのはこちらですので」



なおも夏樹を気遣おうとする姿勢に、彼女達に敵意も悪意もないことがより一層伝わる。


深々と下げた頭を上げ、覚悟を決めた表情で、夏樹は二人に伝える。



「もっと教えてくれ。君たちのこと」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





聖女機関。


対吸血鬼用に建てられた戦闘用組織。


国の混乱を招かないように、秘密裡で動いている戦闘のプロ集団である。



全国各地で活動しており、ゆえに所属人数はかなりの数となる。


拠点は全てで5個。


この地福岡は、3つ目の拠点なのだ。



吸血鬼。



彼らに対抗できる人間は、この世に存在しない。


ならば生み出せばよい。


吸血鬼の力と同等レベルの力を持つものを。



それが彼女達。


聖女機関に属している半吸血鬼の集団。



通称『戦闘聖女バトルシスター』なのである。



「とまぁこんなかな」



「なるほど…」



少しばかり疑問は残るものの、夏樹の大半の疑問は解消された。



「ん?あと1点説明がないものがあるよね」



「吸血…のことですね」



ウルスが夏樹に対して行った行為。


彼女らは人間は食さないと言ったが、あの行為に何の意味があるのか、夏樹にはまだ解けていない。



「私達半吸血鬼は、食事に関しては人間から摂取しなくても生きてはいけます」



協会の大広間の一角で、ソファ越しに対面しているウルスと実里、そして夏樹。


ウルスはいったん言葉を区切り、腰元から何かを取り出した。



「……これは?」



「人間の血液を加工した、身体強化剤。通称『血の加護ブラッドブレッシング』と言われています」



小さい小瓶の形状に入った真っ赤な液体。


どことなく不気味さがある。



「身体強化剤…か」



「ええ。私達はこれを摂取することで、一時的に本来の吸血鬼の能力を得ることができるんです」



「それが手元になくて、棗との闘いの際に夏樹ちんから直接もらったわけ」



「夏樹ちんて」



不釣り合いな実里からの呼び名に、夏樹は苦笑いを返す。



「本来であれば、加工前の人間の血液を摂取する事は、原則禁止されています」



「何か問題があるのか?」



「ハーフである私達に血の原液は濃すぎるんです。過剰摂取にて自我を失った事例もあります」



吸血鬼本来の力を引き出すのは人間の血液。


こちらは民話の通りの話のようだ。



「ですが、なぜかは知りませんが、夏樹さんの血液は…その」



「…その?」



ウルスの言葉の先を聞こうとしたが、夏樹と瞳があった瞬間、恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。


その様子を見て笑みを浮かべる実里。


何がなんだかわからない夏樹。



「とても…おいしくて、力がいつも以上に…湧いてきたんです」



「…んー。想定外ってことか」



「そうですね…。私もその、初めてだったものですから」



「よし、その言い方は誤解を招くからやめよーか」



顔を赤らめながら答えるウルスに、静止の手を上げる。


状況を知らないものから見ると、痴女のもつれか、はたまたカップルの会話か…。



「つまりは、夏樹ちんの血液次第では、今後優位に戦えるかもしれないってこと」



「…まぁ、そういうことなら納得はいく」



「ウルスの初体験を奪った責任をとってもらおうか!」



「余計誤解が増えそうな会話をするんじゃないよ!!」



実里にビシッと指を刺された夏樹であったが、


誤解が更に深まりそうであったため、とりあえずは否定をしておいた。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「で、その客人は?」



「今客室で休んでもらってるよー。聖母が帰ってきたら本格的に協力の依頼をしようと思って」



「そうか」



実里に答えを聞いたものは、軽く息を吐き、ソファにゆっくりと腰かける。



「………」



しかし、その様子はどこかそわそわしており、落ち着かない様子であった。



「――なになに、やっぱりエステラも気になっちゃうわけ?」



「――ばっ!馬鹿を言うな!!ただ私は、来たるべき時の参考に…その」



エステラと呼ばれた彼女は、実里の発言に慌てふためいて答えた。


取り繕ってはみたが、そのバレバレな反応に実里はより一層悪い顔をする。



「でもさ、実際どうなんだろーね」



「…そうだな。純粋に気になる…。ウルスに後ほど問いたださねばならないな」



二人は顔を見合わせて、ゆっくりと頷きながら答えた。




――吸血した相手を好きになるっていう、吸血鬼の習性――。

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