1.ようこそ――聖女機関へ



「ちょっちょっ!!何してんだ!?」



「すみません、もう少し…もう少しなので…」



暴れそうになる夏樹をたしなめつつ、その行動をやめる様子もないウルヴァリス。



(これ…血…吸ってるよな?)



首筋に伴う確かな痛み。



「――」



「……ありがとうございます」



呆気に取られる夏樹をよそに、首筋からゆっくり口を離す。



「え…なにこれ」



「…?」



本当ならばその言葉を発言すべきなのは夏樹のほうなのだが、


ウルヴァリスが驚きの言葉を上げていた。



「すごい、これならいけます!!!」



「…それはよかった」



驚愕な表情を浮かべ、夏樹の手を取るウルヴァリス。


その様子を見て、夏樹は苦笑いで返す。



(しょーじき何がなんだかわからんが…まぁさっきの様子を見る限りだとこの子も…)



化物。


そう呼ぶにふさわしい行動を棗は見せつけた。


それならば、その攻撃を受け止めた彼女もまた…。



(人外…か。見た目は普通の女の子なんだけどなあ)



「鬼ごっこはおしまいかしら?」



「――!!」



不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。


人外だとわかった以上、より一層不気味に見えるその出で立ち。



夏樹は振り返った先の彼女を見て、やはり思った。


――こいつは人間ではない。



「――ブースト」



「――っ!?早い!?」



次に面食らったのは棗のほうだった。


ゆうに10メートルは離れていたであろう棗との距離を、


ウルヴァリスはたった一駆けで詰めて見せた。



そして先ほどの大きな杖ではなく、拳を棗の顔面に向けて突き立てる。


もはや夏樹には目に見えないほどの速度で行われる攻防に、


ただ唖然として立ち尽くことしかできないことは明白であろう。



一方棗も彼女の攻撃を食らってはいない。


しかし、止まらないウルヴァリスの攻撃には隙が微塵もない。


先ほど突き立てた爪で防御姿勢を取るのがやっとのようだ。



「――この数分で何があったというのよ!?」



「とても調子が良いんです!!教える間もなく型をつけさせていただきますよ!!」



「血の加護…?いや、明らかにいつもより力が向上してる…」



攻撃を避けながら棗は考えをよぎらせる。


ウルヴァリスの力は、自分が知っているものよりも遥かに凌駕している。


そうなると、一つの仮説が彼女の頭によぎった。



「…!!あんた、まさかっ!!」



仮説が確信に変わった瞬間、棗は夏樹の方向を向いた。



「!!」



ウルヴァリスの攻撃の手が止まる。


その原因は棗の視線の先にあった――。


彼女の武器とも言える巨大な爪。


その鋭利な一本が夏樹に向かって飛翔していたのだ。



「うおおおああああ!!!」


必死に身をよじる夏樹だが、飛んでくるスピードを考えると確実に無駄な行為である。


やがて爪が着弾し、砂煙が大きく舞う。



しかし、夏樹の体には痛みなどは微塵も感じなかった。



「大丈夫ですか!?」



ウルヴァリスがとっさにその攻撃を防いでいた為だ。



「お、おう」



ここまでの一連の流れは、時間にして約5秒程度だろう。


そのスピードは、夏樹の頭をフル回転させても到底追いつくことはない。



しかし、考えることをやめた夏樹でも、周囲の変化を感じる事は容易だった。



「――赤い霧が…消えた?」



先ほどまで鬱陶しいほどに視界を覆っていた赤い霧。


目の奥まで出血していたのではないかと思うほどの


視界の悪さが晴れていたのだ。



「――逃げられましたか」



ウルヴァリスのその言葉に、夏樹は少し驚く。


それと共に、もうその場から立ち去ったであろう棗に気付くと、


安堵の感情のほうが強く全面に出てしまった。



「…いやぁ、まじでなんなんだよ」



「ごめんなさい。巻き込んでしまって……あの、お怪我はありませんか?」



「ああ。それより、さっきのはなんなんだ」



ゆっくりと立ち上がり、頭をかきながらウルヴァリスに問いただす。



「そう…ですね。とりあえず、ここではなんですので、移動しましょうか」



「移動?」



「はい。私たちの組織…聖女機関まで招待いたします」



聖女機関。


先ほど棗が口にしていた言葉だ。


おそらく彼女が属している何かしらなのだろうが、聞いたこともない組織である。



「…わかった。どうやって移動するんだ?」



「あ、そうですね…では、少しお手を拝借しても?」



「ん?ああ」



ウルヴァリスからゆっくりと伸ばされる手のひら。


少し疑問を覚えながら、夏樹は手に取った。



「……ふふっ」



「――!?」



少しウルヴァリスの顔が赤かったような気もしたが、


確認することは叶わない。


手をつないだ瞬間から、眩しい光が夏樹の眼を遮ったからであった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





眩しさから目を背けた後、次に夏樹の視界に移ったのは、


巨大な建造物であった。



「…サクラダファミリア?」



「ふふっ、最初に目にした人は大体そう言いますね」



夏樹の生きてきた中ではトップクラスの建造物。


しかし、どこかで見たこともあるような大きい教会風味の建物。


形容するには、サクラダファミリアが一番近しい存在だった。



「えぇーっ!?ウルスが男連れ込んでる!!!」



急な大声に二人は少し面食らう。


声の主は少し離れたところにおり、視線を少し動かすだけで確認できた。



「実里!誤解をされるような発言は辞めてください!」



「いや、だって事実だし」



「もうっ!」



実里と呼ばれた彼女は、ウルヴァリスをからかいながら近くへと歩を進ませた。



ポニーテールが特徴的な赤い髪。


年齢的には成人にはみえない。


それもそのはず、身長が低めな女性だった。


ウルヴァリスは170程度の身長であるのに対し、


彼女は少し持ったとしても160には満たないだろう。



服装は彼女達の共通衣装なのか、修道服を纏っている。



「改めまして、ようこそ聖女機関へ。歓迎いたします」



「よーこそー!……ってなにこれ?どーいう状況!?」



実里の一言は夏樹が一番思っている事ではあるが、


まぁ変に突っ込むのはやぶさかである。


と、夏樹は口をふさぐのであった。

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