第3話
何か粗相があったのかもしれない、と四つ子の顔がこわばった。
やはりアースエイクの言葉遣いが、いやリエーヌの胡散臭い笑い方が、やっぱりエースに対して騒いだエルディアが、これはルジカーの発言が、と視線だけで責任の押し付け合いを始める四つ子。
そんな中、エースだけは冷静だった。
ツカツカと足速にベルガの元へ歩み寄り、その手を思いっきり掴む。
震えている妹にそんなことをするなんて、と四つ子が止めようとした瞬間、ベルガが勢いよく顔を上げた。
「お兄さま、やっぱりエルディア、いえ! お義姉さまは最高にお美しいです! 初めてこんなに近くでお顔を拝見しましたが、想像以上の美貌でした! お兄さま、頑張って下さいね。私、義姉はエルディアお義姉さま以外認めません!」
ベルガはエース並みの熱量でエルディアを褒め始めた。心配していたはずの四つ子の頭には、ああ、そっくりな兄妹だなぁ、という呆れしか浮かばなかった。
ベルガの言葉を聞いたエースも負けじと声を上げた。
「ベルガなら分かってくれると信じていたぞ! エルディアは美貌だけではなく、勉強も運動もできるんだ。家庭教師になってくれるんだから、エルディアの素晴らしさをしっかりと目に焼き付けておけよ!」
「はい! もちろんです! ずっとこの日を楽しみに過ごしていたんですから!」
見たくないものを見たからか、盛り上がっているエースとベルガから少しずつ距離をとった四つ子は、部屋の隅に固まった。
「おいおい、どうなってんだよ。エースだけじゃなく、王女までエルディアに惚れ込んでるじゃねぇか!」
「変な言い方しないで下さい! ただ、まぁ、そうですね。ある意味惚れ込んでいるか……。これは予想外です。王子だけではなかったんですね。ああいう人って。」
「ちょっと! アースエイクもリエーヌも、
「ん〜、きっとエース王子だろうねぇ。社交デビューしてない妹に、暇さえあればエルディア語りでもしてたんじゃない?」
ルジカーの何気ない言葉を聞いた瞬間、他の三人はゾッとした。あり得ないと言い切れないことが怖い。むしろ楽しそうに語っている場面がありありと想像できてしまう。
「どーすんだよ。あの感じだと、この仕事はだいぶ面倒なことになるぜ。主にエルディアが。」
「被害者がエルディアだけなら別に良いんですよ。例えば、僕が授業を行っている最中にエルディアが部屋にいたら、僕の授業に集中してくださいますかね? あの様子ですと勉強に力を入れてくださるようには見えませんが。」
まだまだ語り足りないのか、興奮気味でエルディアの話で盛り上がっている王家兄妹を横目にアースエイクとリエーヌの懸念は止まらない。
「王子はエルディアと結婚するための外堀を埋めておられるんじゃないでしょうか。王女はもう染まってしまっているようですし、このまま国民へのアピールでもしようという魂胆では?」
「あり得る……というより、そのためな気がしてきたな。やっぱ俺らはとばっちりじゃねぇか。」
二人の話し合いはどんどん雲行きが怪しくなっている。エースの被害者であるはずのエルディアは、自分へ責任転嫁される前に話をすり替えようと試みた。
「今日は家庭教師としての顔合わせと、授業の計画を立てにきたんでしょ? 早く済ませて帰るよ。」
「帰りたいから早く済ませるの間違いだろ。ちなみに言うと、俺も早く帰りたい。おっし、ルジカー! 行ってこい! そのほんわかした喋り方であの兄妹にマウントでも取って黙らせろ!」
「よしきた、任せろぉ!」
話のすり替えに上手くいったのか、失敗したのか、喧嘩腰のアースエイクに命令されたルジカーは、嬉々として返事をするといつもの穏やかな笑顔で歩いて行った。
数分後、ルジカーに何を言われたのかは知らないが、悔しそうに顔を歪めた兄妹が壁際に固まっていた三人を呼んだ。
エースとベルガに呼ばれたにも関わらず、先にルジカーの方へ歩み寄ったアースエイクはルジカーを小声で褒め称えた。
「ルジカー! さすが俺らの弟だ! エルディア話のマウントでお前の右に出られる奴はこの世にいねぇだろうよ!」
「当たり前でしょー? エルディアのことを1番よく知ってるのは僕らだよ。他の奴らに負ける気はしないね。」
アースエイクに褒められて嬉しそうに答えるルジカーには、隣で頭を抱えるリエーヌとエルディアが見えていないようだった。褒めてくれる兄に擦り寄る姿は子犬のように可愛らしく、誰も咎められなかった。
「おほん。そろそろ話しても良いか?」
エースのわざとらしい咳払いでようやく周りの状況に気がついた二人はそっと離れた。
「ベルガの授業は春の入学までの一ヶ月間、出来る限り毎日行って欲しい。忙しければ一人でもいいんだ。誰が何の教科を担当するか決まっているか?」
「担っている仕事と同じような分担にしました。つまり、アースエイクが経済学と国の仕組みなどについて、僕が外国語と各国のマナーについて、エルディアが特殊魔法学と魔法学について、ルジカーが法についてお教えさせていただきます。」
未成年の学生である四つ子だが、幼い頃から領地運営のいろはを両親から学んでおり、すでに北領の運営の一部を担っている。
北領は他領と違い領主が全ての運営の責任者ではない。領主の仕事を、内政部・外交部・軍部・裁判部・研究部の五つに分け、それぞれアースエイク、リエーヌ、エルディア、ルジカー、マイアミが責任者だ。領主は領主にしかできない仕事をするので仕事量は全員平等になっている。
北領の前領主が、領主の負担を減らし後継を育てるために、この制度を作り上げたらしい。
他領の子息令嬢に比べて北領の四つ子が優れている理由は、頭の良さだけでなくこの制度にある。今回家庭教師に選ばれたのも、すでに大人と同等の仕事をこなしている実績があるからだ。
全国的に北領の運営の方法は有名で、エースも確認のために形式上尋ねただけである。
「そうか、ならば安心だな。よし! これで今日の用事は終わりということだな! エルディア! 一緒に城の庭でも散歩しないか?」
王子としての繕った顔から一変して、満面の笑みになったエースは逃げられる前にと、素早くエルディアの手を取った。相手は王族だということを気にすることなく、深い深いため息をついたエルディアは、腕を引かれるがままにエースに着いて行った。
後ろで笑いを堪え、助けようともしない兄弟を睨むことを忘れずに。
北の四つ子 千蘭 @sennrann
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