第2話
王族からの要請を断れるはずもなく、エースが『お願い』に来た次の日、四つ子はギーレン王国の中心にある王宮に来ていた。
はっきり言ってアースエイクにはやる気がなかった。王国とはいえ領ごとに自治が成り立っているこの国では、王族の役目といったらお膝元の王都の行政、各領の報告を聞く事、そしてこの国の守り木に魔力を注ぐ事だ。
つまり、地位で言えば王族の方が上だが、やっている事は領主一族と何ら変わりない。特殊な守り木に力を注ぐのは王族にしか出来ないが、各領の直系だって生まれながらに領に合った特殊魔法を使える。例えば、年中雪が降っている北領の領主一族は雪と氷が操れるし、何もないところに生成することも出来る、というふうに。王族を敬っていないわけではないが、王都の貴族たちに比べて敬意がないのは確かだ。
「なんで家庭教師なんかやることに……。どーせ殿下が推薦したんだろ。エルディアが王宮に来てくれるからって。俺らは巻き込まれただけじゃねぇか。」
「滅多なことを言うもんじゃありませんよ、アースエイク。それと、今からベルガ王女の元へ行くんですよ? 王族です。お、う、ぞ、く。そのだらけきった態度、部屋に着くまでに直して下さいね?」
リエーヌはダラダラと歩くアースエイクの姿勢を矯正しながら、後ろを振り返った。
「ルジカー。エルディアは大丈夫そうですか? 今にも死んでしまいそうな顔をしていますけど。殿下が授業をご見学なさると聞いてから、元々なかったやる気が更に低下してますね。」
「あ〜。まあしょうがないよね。エルディアが担当してるのは軍事だから、本来なら姫に教えるようなもんじゃないでしょ。姫は兵法の授業も取らないだろうし。魔法の実技は魔物退治でよく使うエルディアが一番うまいけど、俺らで教えられないわけじゃない。それなのにわざわざ四人を指名したんだから、ね? 殿下に付き纏われてるエルディアからすれば、嫌がらせだよねぇ。」
姫の家庭教師という案はあまりにもエースの魂胆が透け透けなのだ。だからこそ、アースエイクほど露骨に表さないもののリエーヌもルジカーも乗り気ではないし、エルディアはひたすらに拒否する。尊敬する父が了承した王族の『お願い』とはいえ、やる気が伴うわけではない。
約束の時間が近づいた事で、ようやく先頭のアースエイクが歩みを速めた。リエーヌは最初からやって欲しかったと言わんばかりにその背中を叩く。アースエイクはリエーヌをひと睨みしたあと、姿勢を正した。
本気を出したアースエイクの立居振る舞いは、この世の誰よりも美しい、とリエーヌは常々思っていた。やろうとすればどんな事でも出来るのに、普段のアースエイクは何に対しても本気を出さない。それが理由で、
「突出したところのない領主候補。」
と陰口を言っている貴族は多い。そんな人を見る目のない馬鹿の言葉を聞くたびに、リエーヌたち三人は歯痒く思っていた。
四つ子は、父がアースエイクを次期領主に考えている、と明言はされていないものの、幼い頃から理解していた。だからこそ、アースエイクはその才を隠そうとする。弟妹にもチャンスを与えたい、と思っているのだろう。
だが、リエーヌもエルディアもルジカーも、次期領主はアースエイクしかいないと思っている。視野が広く、周りの者の動向を予測し、何手も先を見据えて行動できる。言葉にすることは少ないが、家族や領民への愛も深い。普段は手を抜いているが、座学も実技も国で五指に入ると言っても過言ではないほどよくできる。アースエイクほど領主に向いている人物はいない、というのが北領領主一族だけでなく、北領に住まう人々の総意だ。ただ一人、アースエイクだけが納得しておらず、次期領主は決まっていないという体裁をとっている。
(いっそのこと、王族に命じて頂きたいくらいだ。そうすれば誰に対しても強気なアースエイクだって流石に断れない。王族との関わりは今回の仕事で増えるわけだし、頼んでみようかな。)
リエーヌが真剣に悩んでいる間に、四つ子は王族の待つ謁見の間に到着した。それに気づいた騎士が無駄に大きな扉を開ける。
中で待っていたのは、エースとベルガだけではなかった。国王と王妃の姿を認めた瞬間、示し合わせたわけでもなく一斉に跪く。
「クォダクト国王陛下。フィズ王妃殿下。エース王太子殿下。ベルガ王女殿下。お忙しい中お待たせしてしまい、誠に申し訳なく思っております。
こういう挨拶は本来ならば長男であるアースエイクの役目なのだが、他領・他国との外交を担っているという理由でリエーヌが行うことが多々ある。このこともまた、リエーヌの心に重くのしかかる。アースエイクの社交性を示す良い機会を、アースエイクに領主になって欲しいと思っている自分が、奪ってしまっている。何もかもがリエーヌの思い描くとおりにはならない。
国王と王妃はリエーヌの言葉に鷹揚に頷き、満足気に笑みを浮かべて口を開いた。
「遠いところからすまなかったな。エースが無理を言ったようで……。まぁ、其方たちが優秀なのは国中に知れ渡っているからな! 大臣たちも反論しなかった。期待しているぞ! ベルガを頼む。」
「アメールとマイアミが家庭教師を介さず、直々に北領領主とその妻として指導を行ったと聞いています。ギーレン王都学校の特別クラスでの成績も、四人で上位を独占しているのでしょう? ふふ、貴方たちに教えてもらえるなら、ベルガの成績はきっと安泰ね。頼みましたよ。」
国王も王妃も穏やかな笑みを浮かべているにも関わらず、四つ子の頭には鋭い視線が突き刺さっていた。
「っぁ、お褒めに預かり光栄です。我々も、まだまだ至らぬ点が多くある学生の身ですので、王宮の専任講師の皆様には劣るかと思いますが、謹んで拝命いたします。」
冷たい空気が漂う、やけに静かな部屋に、リエーヌの声だけが響く。
「今日は顔合わせと自己紹介だけで良い。じゃあ、私たちはここらで執務に戻ろう。アメールとマイアミにもよろしく伝えておいてくれ。」
「承知いたしました。」
国王と王妃が部屋から出ると、四つ子は同時に息をついた。
その瞬間、視界に入れないようにしていたエースがエルディアの眼前に迫ってきた。先程までの硬い表情から一変、殺気を纏ったエルディアは抱きつこうとしてくるエースを必死に避けている。気の抜けるいつもの光景にルジカーは笑みを漏らした。
「ふふ。いつもだったら面倒だなぁと思うことも、緊張した後に見ると平和な光景だね。エルディアはもっと疲れそうだけど。」
「おい。ベルガ王女の御前だぞ。あんまり会ったことはねぇが、王族に対する姿勢は取っとけよ、ルジカー! 不敬罪だとか言われたらたまったもんじゃねぇ。」
当たり前のようにエルディアを助ける気がない二人は、いつものように会話を始める。
「その発言こそ不敬ですよ、アースエイク。荒々しい言葉遣いは控えて下さい! まったく……。申し訳ありません、ベルガ王女。あまり気にしないで頂けると……。あの、ベルガ王女?」
リエーヌの困惑した声が響き、何事かと三人も目を向ける。そこには足元を見つめ、小刻みに震えているベルガがいた。
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