第1話
手入れが行き届いている庭園。暖かな木漏れ日が差し込み、草花を彩っている。そんな穏やかな雰囲気の中で、まるで絵画のように男女が向き合っていた。
「エルディア……。強く美しい君に一目惚れしたんだ。ぜひ俺と結婚してくれないか?」
男は女の手を取って片膝をつき、伺うように顔を見上げた。素晴らしいプロポーズを受けた女は歓喜からか肩を震わせて———
「お断りします。いい加減にしてください、殿下。」
いるわけではなかった。むしろ怒りで震えているように見える。だが殿下と呼ばれた男はめげることなく、服が汚れるのも意に介さずエルディアの腰に抱きついた。
「何故だ?! 俺はこの王国唯一の王子で、特殊魔法学の成績も良い! 君には及ばないかもしれないが剣術だって嗜んでいる! しかも、他の令嬢たちが放って置かないほどの顔立ちなんだぞ?!」
「ちっ。殿下、離れて下さい。他の御令嬢たちが放って置かないほどだと言うなら、その方々のところに行けば良いでしょう? 褒めそやしてくれる令嬢を妃にお望みなら、真っ先に私を候補から外して下さい。殿下がこのように惨めに求婚をしていては示しがつきません。」
言葉こそ丁寧だが、一国の王子に対する言い回しではない。美しい顔を歪めたエルディアは男の腕から逃れようと試行錯誤していたが、男の執念は凄まじいと気付くと、しょうがないと諦めたようだった。途中、腰に差している剣を抜きそうになっていたのは仕方のないことだろう。
ぎゅうぎゅうと抱きつかれ、無駄な押し問答を繰り返すこと数分。複数の足音が二人の方へ向かって来た。
「エース王太子殿下、ようこそ北領へ。歓迎します。と言いたいところですがまずは妹を離していただけますか? 限界が近いようです。王子が縋っているというのも外聞が悪い。」
「なんでそんなにエルディアに執着してんだか……。毎度毎度よくやるよなぁ。」
「そりゃあ、顔よし! スタイルよし! 性格よし! 学校の成績もよし! 仕事も出来る! の才色兼備だからでしょ!」
近づいて来たのはエルディアと同い年の兄弟だった。にこやかに先頭を歩いて来たのは次男のリエーヌ、額を抑えてため息をついているのが長男のアースエイク、エルディアを褒め讃えているのが三男のルジカー。皆、抱きつかれている四つ子の紅一点であるエルディアを助けに来たようだ。
だが、エースはそんなことで諦める男ではなかった。
「離れて欲しいなら結婚を認めてくれ! 俺の義兄・義弟になるんだろう?!」
「「「なりません。」」」
無理矢理エルディアから引き剥がされたエースは文句を言いつつも乱れた服を正し、四つ子に、
「今日は北領領主、つまり君たちの父君に用事があって来た。そろそろ約束の時間になる。君らも同席して欲しい。一緒に来てくれ。」
と告げた。王族が用も無しに北領に訪れないだろうと思っていた四つ子も、父に用事があり、自分たちも同席することになっているなんて知らなかった。動揺した四つ子はスタスタと先を歩くエースに追いつけなかった。
応接室に着くと既にエースも父である北領領主も席についていた。完全に出遅れてしまった四つ子は居心地が悪そうにそっと定位置につく。四つ子に目を向けた領主は顔を顰めた。
「お前たち、仕事着のままで来たのか? 王太子殿下の御前だぞ? 特にエルディア。軍服のまま来るんじゃない。」
「申し訳ありません。しかしお父様が事前におっしゃってくださっていれば、ちゃんと時間を作り、着替えて参りました。」
「ん? 今日のことを言ってなかったか?」
「ええ。伺っておりません。」
「それは悪かったと思うが、殿下がいらっしゃった時点で気づいただろう?」
「父上もエルディアも落ち着いてください。殿下はいらっしゃってすぐにエルディアに会ったのでしょう。その後いつも通りの流れになったのかと。実際、僕らが止めに入るまでエルディアは動ける状況にありませんでした。」
ヒートアップしそうな親子喧嘩の仲裁に入ったのはリエーヌだ。いつも通りの流れ、というのはエースがエルディアに対して熱烈なプロポーズをし、断られた後に縋って身動きを取らせないことだ。
エースはエルディアと初めて会った日から、結婚するならエルディア以外いないと豪語し、誰の縁談も受け付けず、エルディアに会うたび今日のようなプロポーズをしている。
本来、今年18歳になる王太子に婚約者がいないということはあり得ないのだが、周囲の人はエルディアへの熱量を見て妙に納得している。エルディアなら家柄も、王妃としての仕事も問題ないだろうと会議で認められていた。国王陛下でさえも好きにさせているのだから相当だ。外堀を埋められ、逃げようがないエルディアには迷惑な話だが。
「またですか殿下。いい加減、娘にしつこく言い寄るのはやめ頂きたいですね。エルディアも今年で17。結婚相手を決めなくてはならない時期なのに、婚姻の申し込みが全く来ない上にこちらから打診しても断られる始末。王子に言い寄られているという噂のせいでエルディアの将来が危うい……。」
「エルディアは俺と結婚するんだから大丈夫だ。そろそろ義父上にも認めてもらいたいと思っているんだが?」
無言で立ち上がりエースに掴み掛かろうとする父を、流石に王子を殴るのは不味い、と四つ子は必死に止めた。部屋に殺気が満ちている中、ゆっくりとお茶を飲んでいたエースが口を開いた。
「全員座れ。今日の本題に入りたい。」
真面目な顔になったエースに従い、すったもんだしていた親子五人は座り直した。
「今年、俺の妹のベルガが四人も通っているギーレン王都学校の特別クラスに入る。特別クラスの学習は三学年合同だろう? そしてベルガの学年には、西領を治めているウェスルフト家直系の者がいる。上級生の成績と比べて劣るのは仕方がないが、同級生の者と比べて王族がそこそこの成績ではいけないんだ。そこで! 四人に入学までの1ヶ月間、ベルガの家庭教師をお願いしたい! 他の三領の直系に比べ、幼い頃から領主直々に指導を受け、既に執務を担っている君らなら、きっと誰よりも向いている! 頼まれてくれないだろうか?」
お願いの形をとってはいるが、王家からの『お願い』は実質命令。断ることは出来ない。深い深いため息をつきそうになるのを堪え、愛想の良い笑みを浮かべた北領領主は一言、『是』と答えた。
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