第8話 天上への光(10/13)
■シーン7■ 三軒茶屋、優香のマンション
*シーン7ー1* マンション、リビング
置時計が、午前5時を示す。
ダイニングのテーブルに優香、一人で肘をついて座る。
テーブルにはポットと急須、二組の茶碗と茶托。
ノックの音。
玄関ドアを開ける優香。玄関の外に風花。
優香 :「来たわね? どうぞ」
風花、部屋に上がる。
部屋の中央に立ち、優香を見る。
風花 :「どういう事なんですか? 天女のわたしより、地上人のあなたの血が彩香に合うって!」
優香 :「(風花に、笑顔で)座って」
優香、ポットのお湯を急須に注ぐ。
しばらく待って、茶碗にお茶を注ぐ。茶托に乗せて風花に差し出す。
風花、不思議そうにそれを見る。
優香、自分の茶碗を手に取り、お茶をすする。
風花、優香を見て茶碗を取り口をつける。一口飲み、再び茶碗を眺めると、今度はすーっと飲み干す。
優香。風花がお茶を飲み干すのを待って、茶托を引き取り、もう一杯注いで差し出す。
風花。優香の手が目の前に茶托を置く。風花、茶碗を見て笑みをこぼす。指先だけで拍手。嬉しげに手に取る。
優香、自分の茶碗を手にして、しばし他所を見る。ようやく風花に顔を向けて、
優香 :「わたしね。天上人の娘なの」
風花 :「(驚いた表情)えっ!?」
優香、両肘をつき、両手で茶碗を弄びながら、一人で納得するように何度かうなずく。
風花、しばし目を瞬き。口をパクッと開き、また閉じる。
優香、ふっと風花を見て笑いながら、
優香 :「わたしの父親ってひどい奴でさ、母とそういう事になっときながら、あっと言う間に天上界に帰っちゃったのよ。最低でしょ?」
風花、優香を覗き込むようにして、
風花 :「本当‥‥、なんですか?」
優香、茶碗を茶托に戻して、
優香 :「本当よ。母から何度も聞かされた。あなたも彩香ちゃんも、左手に腕輪をしてるじゃない? 『九耀の腕輪』っていうの? あれと同じものも、うちにあるわ。ちゃんと「帝釈」って文字も浮かぶやつ。父親の形見だって」
風花、しばらく風花の顔を見つめ続ける。ふと気付いたように、
風花 :「あの‥‥、失礼ですけど、優香さんはお幾つですか?」
優香 :「25よ」
風花、はっとしたような表情を浮かべる。
優香、風花を見つめて、
優香 :「なんか、わたしの父親について知っているって顔ね。言って、何でも」
風花、しばらく逡巡ののち、
風花 :「あの、これは飽くまでわたしの推測ですけど、優香さんと彩香は姉妹です」
優香、軽く数回点頭する。
風花 : 不審な様子で優香を見て、
「驚かないんですね?」
優香、風花を見て、
優香 :「始めから、そうじゃないかと思ってたから」
風花、声も出ずに優香を見つめる。
優香、お茶を飲む。茶碗を置く。
優香 :「彩香ちゃんを一目見てね、それであの腕輪を見た時、すぐに『あっ』て思ったの。この子の記憶が戻ったら、わたしの父親の事も解るんじゃないかなって。そんな気持ちもあって面倒みてたのよ。母とわたしを捨てた奴はどんな奴かなあって。啓吾君を騙(だま)してたみたいで、ちょっと気が引けるわ」
風花、しばらく優香をうち眺める。用心深げに、
風花 :「あの、優香さんは‥‥、お父様の事を恨んでおいでなのですか?」
優香 :「(少し驚いた様子で)えっ!?」
風花 :「『九耀の腕輪』は、普通、娘が産まれた時に父親から、その家系に合わせて贈られるものなんです。特に、帝釈天家の『九耀』なんて、簡単に手に入るものではありません。優香さんのお父様は、優香さんとお母様を愛されていたと思いますよ」
優香、少し微笑む。
優香 :「ありがとう。あなた、いい人ね?」
茶碗を置く。
「ただ、わたしの場合、恨んでたってよりも、はなから信じていなかったのよ、天人だの天女だなんて。
そんな家庭の割には裕福だったから、きっと、父親はどこぞの御曹司で、それで名前を出せなくて、そんな話をしていたんだと思っていたわ。だから、啓吾君から彩香ちゃんが天女だって聞かされた時には、びっくり。晴天の霹靂ってやつよね」
風花、優香を見つめる。
優香。ちょっと笑ってみせて、
優香 :「中学3年の時にね、母に聞いたの。『お願いだから、本当の事を教えて』って。ところが、母親がやっぱり同じ話をするものだから親子ゲンカ。そのまま家飛び出して、親戚の家を転々として、以来、一度も帰っていないの」
お茶を飲む。茶碗を置き、身を乗り出すようにして、
「話してくれないかな、わたしの父の事」
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