第7話 対決の夜(11/12)

       啓吾、彩香を見る。

       泣き続ける彩香。


       啓吾、しばらく炎を見つめる。

       火かき棒を足元に置く。

       膝に肘をついて、拳にあごを乗せて、じっと炎を見つめる。


       啓吾が入れた小枝に火が燃え移る。ぱっと炎が上がる。


       啓吾、手を伸ばすと、いきなり彩香を抱き寄せる。


彩香   :「ひっ!」


       彩香、驚いて抗おうとするが、あっという間に啓吾の胸に抱き寄せられる。

       彩香、啓吾の肩にあごを置いて目を見張る。


啓吾   :「(ぽつりと)茉莉が、好きだった」


       啓吾の腕の彩香、驚いた様にさらに目を見開く。


       啓吾、彩香を抱きしめたまま、


啓吾   :「好きだった。苦しいくらい好きだった」


       彩香、にがい表情で顔をしかめる。


       啓吾、地面に膝をついて彩香を抱いていたのを、パイプ椅子に座り直し、彩香を膝に抱き上げる。彩香の頭を胸に当てて夜闇を見つめる。


啓吾   :「お前、聞いてんだよな? あいつと俺は大学の同期なんだ」


       彩香、啓吾の胸に抱かれながら、苦し気に眉根を寄せる。

       涙が頬を伝う。


啓吾   :「初めて会った時のあいつ、イカしてたなあ。あいつ、中学から高校までアメリカにいてさ、英語なんかペラペラなんだ。その上、おんなじ大学のおんなじ学部なのに、メチャクチャ勉強出来て、美人でしかもスタイル良くて。伊東の山奥で木剣振り回すしか能のなかった俺にしてみれば、一種のカルチャーショックだ。それこそ、天女様に見えたものだった」


       彩香、顔が苦痛にゆがむ。新たな涙があふれる。


       啓吾、夜闇を見つめて、


啓吾   :「でも、それだけだった」


       彩香、かすかに驚いたように、眉根を開く。


       啓吾、夜闇を見つめて、


啓吾   :「俺とあいつは、お互いに相手を理解する努力をしなかった。あいつは俺の表面しか見ていなかったろうし、俺も、」


       彩香、啓吾の言葉に注意を向ける。


       啓吾、夜闇を見つめたまま、


啓吾   :「俺も、多分そうだった。俺も、あいつが何を考えているかとか、考えたり、寄り添おうとしたりなんてしなかった。そんな事、考えようともしなかった」


       焚き火の火がかすかに揺れる。啓吾の入れた枝が燃えて二つに折れる。


       彩香の頬に焚き火の火影が揺れる。


       啓吾、彩香の頭を抱きしめ、髪に頬を強く押し付け、


啓吾   :「お前さ、なんだかんだって俺を知ろうとしてくれたじゃない! 俺を信じてくれたじゃない!」

       泣きそうな笑顔で、

      「こそばゆかったけど、嬉しかった。この夏、お前がいてくれて、俺は嬉しかったんだ! すごく嬉しかったんだ!」


       彩香、啓吾を見上げる。夜闇に顔を逸らす。火影に、涙の筋が照らし出される。


彩香   :「あたしは、本当はどこの誰かも分からない、素性も知れない女の子なんですよ?」


       彩香、やや激して啓吾を押しのける様にして叫ぶ。


彩香   :「あたしは、啓吾さんと知り合うまで、何してたかも知れない女の子なんですよ!?」


       啓吾、彩香を見つめる。

       彩香、啓吾から顔を逸らしたまま。涙が流れ出す。

       啓吾、怪訝な表情で彩香を見つめる。


啓吾   :「何か‥‥、思い出したのか?」


       彩香、啓吾から顔を逸らしたまま。


彩香   :「分かんない‥‥、何なんだか‥‥。でも、あたし、自分の事を思い出すのが、(激して)怖い!」


       啓吾、彩香を見つめる。

       力を入れて、彩香を胸に抱きしめる。


啓吾   :「だから、どうした!? 彩香が彩香である事に、変わりないだろう!」


       啓吾、彩香の肩をつかんで顔を覗き込む。

       彩香、すがる様に啓吾を見つめる。

       啓吾、再び彩香を抱きしめる。


啓吾   :「俺のそばにいろ。この世界でだって、やりたい事を目いっぱいやって、いい女になれ! 俺が見ててやる。彩香が好きだ。誰よりも一番好きだ」*2


       彩香、瞳が揺れる。体を伸ばして啓吾の首に腕を回して抱きつく。

       啓吾の腕が彩香の上体を抱き締める。


       情景俯瞰。炎が燃える。パチパチという音。ランプが二人を照らす。

       啓吾と彩香、体を離し見つめ合う。唇を近づける。


       たき火の炎。

       リーン、リーンとスズムシの声。枝の弾ける音。

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