第5話 過ぎ行く夏の日(7/13)

■シーン14■ 三軒茶屋の住宅街


       遊歩道(烏山川緑道)から抜けて街路に出る。

       いつもは二人が分かれる辻を曲がって、優香のマンションに向かって歩く。


彩香   :「啓吾さん、本当に気づかなかったんですか? あたし、すぐに気づきましたよ」

啓吾   :「うっせいな。気づいてたら言えよ。ったく‥‥」

彩香   :「(笑い)啓吾さんて、おかしい‥‥」



■シーン15■ 三軒茶屋、優香のマンション前


       優香のマンション前まで来る二人。

       向かい合う。


彩香   :「ごちそうさまでした」


       啓吾、笑みを浮かべる。

       右手で、彩香の髪をクシャクシャとなでる。


啓吾   :「じゃあな!」

彩香   : 伏せていた顔を上げて。

      「啓吾さん」


       行きかけた啓吾、動きを止めて。


啓吾   :「ん?」

彩香   :「前からお願いしたかったんです。それ、止めて下さい」

啓吾   :「ん?」

彩香   :「その、頭をゴシゴシなでるの。あたし、そんなに子供じゃないです」


       啓吾、ちょっと驚く。苦笑する。肩をゆすってクックと笑う。


啓吾   :「もっともだ!」

       上体を軽く曲げて、彩香の顔を覗き、

      「悪かった。じゃあ、どうしよう?」


       彩香、小首を傾げて考える。


       啓吾、彩香をしばし見つめる。

       彩香の頭に手を置くと、そのまま引き寄せて、両腕で包み込む。

       小田原でした様に、彩香の背中を軽くトントンと叩いてすぐ放す。

       どうだ、という様に顔を覗き込む。

       彩香、やや上気して、でも、目はしっかりと啓吾を見つめて、


彩香   :「茉莉さんに、叱られますよ?」

啓吾   :「(照れ隠しに憮然と)ややこしいヒヨコ天女だな」

       彩香の髪を、やはり、クシャクシャっとなでる。

       身を翻す。

      「さっきの、考えておけよ」

       歩き出す。


       彩香、乱れた前髪をちょっと見上げる。

       手櫛で軽く髪を直し、視線を戻して、


彩香   :「酔っ払い‥‥。やっぱり、子供扱いしてるじゃない!」


       啓吾、拳を作って、自分の頭をコツコツ叩いて見せる。

       通りの向こうで振り返って手を振り、角を曲がって見えなくなる。


       彩香、軽く肩を上げて下ろす。

       大目に見るような、可笑しがるような笑み。

       マンションに入りかける。

       ふと表情を強ばらせる。唇に指を触れる。考え込む。

       「キーン」という金属音。こめかみに手を当てる。


彩香   :「痛いっ!」



■シーン16■ フラッシュバック

*シーン16-1* 天上界、屋敷内


       彩香、白い小袖に若草色の表衣姿。お下げ髪。

       背後から抱きすくめられる。

       無理やり振り向かされる。

       もがく。抗う。



*シーン16-2* 三軒茶屋、マンション前路上


       「キーン」と金属音。


       彩香の持っていた紙袋が路面に落ちて倒れる。

       彩香、両手で頭を抱える。



*シーン16-3* 天上界、屋敷内


       小袖表衣姿の彩香。寝台に倒される。

       男の影がのしかかり、彩香の表衣を剥ぎ下ろし、執拗に彩香の唇を求める。

       彩香、口を引き結んで顔を背ける。



*シーン16-4* 三軒茶屋、マンション前路上


       彩香、頭を抱えてその場に膝をつく。片手をつき、小さくうめく。

       金属音。


       彩香、アップ。顔を強くしかめる。

       金属音が極限まで高まり止まる。


       彩香、表情を歪める。

       息を荒げ、肩で息をする。



第5話(後半)に続く(10月2日に公開します)


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