第5話 過ぎ行く夏の日(4/13)

■シーン6■ 啓吾のアパート


       土曜日。

       電線にスズメが3羽。1羽がチチと鳴いて飛んで行く。


       BGM、斉藤由貴の『悲しみよこんにちは』、イントロ。


       2階建てアパート外観。2階部分で啓吾が窓を開ける。


       室内。

       6畳間をほうきで掃く啓吾。鼻歌(斉藤由貴の『悲しみよこんにちは』)。*2

       啓吾。古雑誌を紐で束ねて、ダイニングの隅に積み上げる。

       部屋を見回して、


啓吾   :「さぁて。こんなもんかな‥‥」


       啓吾、時計を振り返る。時計は9時25分を指す。


啓吾   :「10時の約束だから、ちょっと早いかな。でも、まぁ、そろそろ行くか」

       呼び鈴が鳴る。

      「(不機嫌に)何だよ?」


       啓吾。玄関のドアに手を掛ける。


啓吾   :「(ややいらいらと)はあい。どなた?」


       ドアが開くと、和子の姿。


啓吾   :「母さん!?」


       和子、鞄を抱えて室内に入ってくる。


和子   :「ああ、やっと着いた。この辺りは何度来ても分かりづらいね」

       鞄を床に置き、啓吾を見て。

      「元気そうだね? あれから連絡がないから心配してたよ」

啓吾   : やっと我に返り、

      「母さん!? 何しに来たの!?」

和子   : ダイニングを抜けて六畳間から振り返り、

      「何しにはないだろう!? 息子の様子を見に来た母親に向かって」

啓吾   : 和子を追って6畳間に入り、

      「たって‥‥」

和子   : 床に座り荷物を開き始める。

      「ああ、しばらく泊めてもらうよ」

啓吾   :「(あわてて)な、何で!?」

和子   :「秋の個展の打ち合わせがあってね」

       鞄から紙包みを取り出し、

      「これ、白樺のおじさん所の紅茶とジャム」

       放って寄越す。

啓吾   : 思わず受け取る。

和子   :「それと、友達の展覧会がいくつかあるから、まとめて見ておこうと思ってね」

啓吾   :「で、うちに泊まるの!?」

和子   : 啓吾を見上げて、

      「何だい、何か不都合でもあるの? あんたは昼間は会社だろう?」

啓吾   :「いや、ま、そうだけど、実は今日、今から客が来るんだよ」

和子   :「(いかにも驚いた風情で)お客!? あんた、この汚い部屋に人を呼ぶの?」

啓吾   :「汚いってどこが!?」


       机の上


和子   :「机の上は、書類の山だし、」


       ダイニングの隅


和子   :「古雑誌は、部屋の隅に積み上がったまんまだし、」


       調理台


和子   :「コンロの周りは埃だらけだし、よくこれで人が呼べるね?」


       和子、ポンと手をたたく。


和子   :「ああ! 茉莉さんね!? 母さん、外に出ててあげようか?」

啓吾   : ガラス戸にもたれて嘆きのポーズ。あわてて顔を上げて、

      「茉莉じゃないよ! いて良いよ!」

       背を向けて玄関に向かう。

       玄関で靴を履きながら、

      「とにかく、俺、ちょっと出て来るから、母さん、出掛けるなら鍵掛けてって」

       キーを6畳間に放る。


       外に出る啓吾。ドアを閉め、靴の踵を引き上げて、


彩香   :「おはようございます」


       啓吾、顔を上げる。あんぐりと口を開ける。

       彩香が2階通路に立っている。手に紙の手提げ袋。


啓吾   :「彩香!!」


       啓吾、通路を遮るような素振りで立つ。


啓吾   :「あ、彩香! お前、一人で来ちゃったの?」

彩香   :「(機嫌良く)はい」

       前に進もうとする。

啓吾   :「(彩香を妨害しつつ)よく来れたな?」

彩香   :「(可笑しそうに)だって、最初の晩に泊めて頂きましたもの」

啓吾   :「たって、たった一度で、」

彩香   :「あたし達は、地上の人達よりも地磁気や電気に鋭敏なんです。一度来た道は迷いません」

       通路を進もうとする。

啓吾   : 遮る。

彩香   : 怪訝な顔で啓吾を見る。啓吾の背後を覗き見る。


       啓吾の背後に和子。


和子   :「なるほど、こんなお嬢さんが泊りに来るんじゃあ、そりゃあ、母さんは邪魔だねえ?」


       啓吾、絶望的表情。


和子   :「上がって頂きなさい、啓吾。母さんにもご紹介頂こうかね?」

       室内に消える。


       彩香、目をパチクリ。


       啓吾、空を見上げて、


啓吾   :「さんざんだ!」

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