第5話 過ぎ行く夏の日(2/13)
■シーン4■ レストラン サウスウインド
日山食品本社ビル最上階のレストラン
窓際の席に啓吾と茉莉。夜景が見える。
茉莉 :「そういえば、あの子元気?」
啓吾 :「え!? ‥‥あ、ああ、彩香? 元気だよ」
茉莉 :「(笑み)あの子、面白いわね。私を見て『啓吾さんにお世話になっています』って」
啓吾 :「え!?」
茉莉 :「ぺこんって頭下げるの。可愛い(笑)」
啓吾 : 笑み
茉莉 :「ああいう可愛い子。啓吾、好みでしょう?」
啓吾 :「え!?」
茉莉 : フォークを置き、ナプキンで口元を拭く。
ボーイが皿を下げる。
啓吾に笑いかける。
「好きでしょう、あの子の事?」
啓吾 :「(ややむきになって)そんなんじゃないよ!」
茉莉 :「そーお?」
ボーイが啓吾の皿を下げる。二人のグラスにワインを注ぐ。
啓吾 :「あいつは、ほんの子供だよ?」
茉莉 :「(啓吾を見つめて)女の子は、子供じゃないわよ」
啓吾 : 絶句
「そ、そりゃそうだけど‥‥、あいつは妹みたいなもんだよ」
茉莉 :「そう思おうとしてるだけだったりして」
啓吾 :「(強い口調)そんな事はない。本当にあいつとは何でもない」
茉莉、口元に手を当て、肩をすくめる。
啓吾、絶句
茉莉、いたずらっぽい笑み。
啓吾 :「か、からかったの?」
茉莉 :「さあ、どうかな? やきもちかもよ」
啓吾、再び絶句。
何か言おうとして、しばし逡巡する。
茉莉 :「(笑い)なあに?」
啓吾 :「いや、‥‥実は、あいつは記憶がないんだ」
茉莉 :「え!?」
啓吾 :「分からないんだ。自分がどこの誰なのか、とか、どういう状況で俺に助けられたのか、とか」
啓吾、茉莉の反応を待つ。何も言わないので続ける。
啓吾 :「あいつ、結構能天気に振る舞っているけど、随分心細くもあるんだと思う。自分の事が分からない上に、こんな異世界に迷い込んじまって。だから、さ‥‥」
茉莉、しばらく無言でいる。急に笑い出す。
啓吾 :「(驚いて)え!?」
茉莉 :「ごめん。でも、『異世界』だなんて。たかが、小田原から東京に来たくらいで」
啓吾 :「え!? (笑い顔を作って)ああ‥‥、そうだったな。『異世界』はないよな(笑う)」
茉莉 :「でも、その事は鳴海さんは知っているの?」
啓吾 :「うん。彼女と翔は知ってる」
茉莉 :「そう。それでなのね‥‥」
啓吾 :「え!?」
茉莉 :「あの人、吉田君との半同棲を解消したんでしょう?」
啓吾 :「(心底驚いて)え!? そうなの!?」
茉莉 :「なに? 啓吾、知らなかったの?」
啓吾 : 絶句
茉莉 : 笑い出す。ケラケラ笑う。
「啓吾って、本当に人が良いんだか、悪いんだか分からない人ね。本当に知らなかったの?」
啓吾 :「(呆然と)知らなかった」
茉莉 :「だって、あの二人を知ってる人なら、大抵気づいてたわよ」
くすくす笑う。
啓吾 :「(絶句。急に合点がいった様に)あ、そうか! それでか!」
茉莉 :「(笑いながら)ええっ!?」
啓吾 :「いや、あいつが、やたらと俺と彩香をくっつけたがるから」
茉莉 :「吉田君、怨んでるわよぉ」
啓吾 : 頭を掻く。舌打ち。
「まいったな‥‥」
茉莉 : ひとしきり笑って、
「でも、とにかく鳴海さんに任せたんだから、当面は心配ない訳ね?」
啓吾 :「え!? (逡巡しながら)ああ‥‥、まあ」
茉莉 :「ねえ。啓吾も知っていると思うけど、うちの会社では、3年目研修で事実上、将来の幹部候補とそれ以外とに振り分けられるわ。今がどういう時期か分かるでしょう?」
啓吾 : 肯定も否定も出来ずに黙る。
茉莉 :「およそ、向こう半年でクラス分けがされる事になるわ。よその女の子の世話もいいけど、自分の足元を固める大切な時期よ。そうでしょう?」
啓吾 :「(苦笑して)俺に、食品会社の営業なんて向いてないよ」
茉莉 :「なら‥‥、何なら向いているの?」
啓吾 : 苦笑。
「きついな‥‥」
目を逸らす。
茉莉 :「啓吾は、営業成績も悪くないし、販売店の受けもいいし、もう少し貪欲になって頑張れば、きっと今以上に伸びるわ。余計な事に手を出さなければ」
啓吾 :「(真顔で茉莉を見て)余計な事っていうのは‥‥、俺が4月に出した意見書の事?」
茉莉 : 目を逸らす。再び、啓吾を見つめて、
「会社の意思決定に、外部の人間を関わらせる訳には行かないわ。
社外取締役制度が、近ごろ注目を浴びているのは私も知っているけど、性急過ぎる。
でも、環境への配慮は会社でも積極的に進めているし、啓吾の意志を会社に反映させる方法は他にあるはずよ」
啓吾 : 落ち着かなげに視線を動かす。
茉莉 : 啓吾を見つめて、
「私、啓吾のためなら何でもするわよ」
啓吾 : 驚いて茉莉を見つめ返す。
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